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もしかしたら




 「それとも、別の作戦でくっつけるか?」


 「……どうせ貴方が私から離れるって言うんでしょう?」


 少しずつだが、俺が何を言おうとしているのか先読みするくらいのことはお手の物らしい。いや、今回は似た発言をし過ぎたことが原因っぽいからまだまだかもな。


 「正解。そうしたら、碧ちゃん好きーって戻ってくれるかもしれないしな」


 「でもその場合、貴方はこの家からも居なくなる。衣食住は大丈夫なの?」


 最大の脅しとも言える俺の最低限度の生活が危惧される状況。手離したくないと思う気持ちは嬉しいが、下僕として寂しいという気持ちがそう言わせているなら、悲しいを通り越して泣きたいくらいだな。


 「そん時は別の部屋を借りて、過ごさせてもらうことにする」


 「お金は?」


 「バイトする」


 現状は音川莉織を守るということで、それなりに自由可能なお金は貰っている。しかし、それもなくなるならバイトするしかない。まだ不慣れな世界で知らない仕事なんてしたいと思わないが。


 「ダメよ。貴方は私に二言はないかと聞いて、私はないと答えた。だったら貴方も私の付き人から逃げることは許されないわ」


 久しぶりに付き人と言われた気がする。


 「だったらどうするのが正解か、今自分で答えの選択肢は絞っただろ?」


 「別に?私は貴方が居ればそれで十分。逃げられないのなら増やす必要もないわ」


 「油汚れと同等の頑固者だな。一応言うが、俺がこの場に居るのは偶然の賜物だ。出会ってなければ今もお前は自分を嫌悪して自暴自棄になってたかもしれない」


 「でも出会ったわ」


 「そうだな。でもお前はなんで、どこから来たかも分からない胡乱で偶然出会っただけの俺が、いつまでもお前の隣を悠々自適に歩いていると思ってるんだ?奇跡として出会った俺たちだからこそ、またいつどこに行くか分からない心配はないのか?」


 俺はこの世界にどうやって来たのか何も知らない。だから、またいつどこで、元の世界に戻ったり、もしくは別の世界に誘われるのかも分からない。


 そんなことは音川に伝えてないから心配が薄くても、どこから来たかも知らないような、同い年の病弱を克服した程度の過去しか知らない付き人が、これからも一緒という保証はどこにもない。


 「それは……でも貴方は私と約束をした。契約をした。それを果たさないで私の前から居なくなることはないと思うわ。貴方の性格がそう言ってる」


 「それは確かにそうだ。約束は守る。だけどな、俺だってその約束を守れる保証はどこにもない。また病気が再発して病院生活をするかもしれないし、ギフテッドの代償をいつか払う時が来るかもしれない。そんな時、お前を支えてくれる人は誰も居なくて、また過去の孤独な音川莉織になる可能性が高くなる。それでもいいなら、俺はもうお前に友人に関する話で増やせとか余計なことは言わない」


 薄々気づいていたことだ。俺は今の俺の状況を理解していない。だから守る約束はしても、永遠の約束は無理だ。いつか()()()が来て、迎えだと俺をどこか別の世界に転移させたら、約束は一方的に破られてしまう。


 記憶がなくなってくれるならいい。しかし、音川が1人ということに変わりはないのだから、今のうちに1人でも多く友人と戯れることを望むのは、俺の少なからずの願いだからだ。


 と言っても、正直また別世界に行くことはないと思っている。ギフテッドの代償だとしても、俺は確実にあの日死んだ。死ぬことが発動条件なら、俺はこの世界で老衰で生涯を終えれるだろう。その自信は確かにあった。


 それに、病弱体質も完全に感じないしな。


 だが、それを知るのは俺だけ。音川は俺の心配を聞いて少し黙った。そうだよな、と。何も知らないよな、と。そんな寂しそうで悲しそうな目をしていた。


 似合わない目だ。


 「……貴方は……いつか約束をなかったことにしてどこかへ行くの?」


 弱った声色だった。でも、予想通りだ。


 「まっーったく、そんな気はない。今のは極端な話だからな。端的に言って、俺は人間でいつ居なくなるか分からない存在。だからもし何らかの理由で消えた時、お前はまた孤独で過ごすのかって聞いてる」


 少しというか結構イジワルを言い過ぎただろうか。どうもセラシルの時も今も、仕える人の負の感情を正面から受け止めると胸が苦しくなる。


 だからここは、安心させようと発言することが正しい。


 「それに、病気に関しても再発は99.9%ないと言われてる。残りの0.1%は病気も何もかも、生きる上で絶対じゃないってことからの保険の数値だ。俺が居なくなるとしたら、お前のワガママに辟易した時くらいだな」


 俺の意思で居なくなる時は、だが。


 「そう……そうよね。貴方の話を聞いていると妙に不安に駆られたけれど、大丈夫よね。ね?」


 心配は大きくなって、安心を求めて言質を取ろうと口を動かした。その姿が可愛く思えて、そしてやはり今は寄りかかる壁として俺が居ないとダメなんだと思った。


 「そりゃそうだろ。俺って寛大な心の持ち主だし、お前のひねくれた性格知って付き人になるって決めたんだしな。だけどな、それにいつまでも縋ってたら、お前は確実に未来で後悔する。だからこれは友人としてのアドバイスだ。無理にとは言わないが、少しでも戻りたいとか思う関係があるなら、その思いに素直になる方がいいと思うぞ」


 「……そうかもしれないわね」


 「とは言っても、俺もお前の幼馴染には興味あるし、どんな会話をお前とするのかも興味あるから、これは俺にとってもぜひ元に戻ってもらいたい関係だ。頼んだぞ」


 「貴方が私と碧を繋げたい最もな理由ってそれ?」


 「かもなー」


 そんなことはない。最もな理由は、音川が偽りではなく本当の音川莉織になるとこを見たいことだ。笑顔だったり発言だったり、冗談を言い合ったりと、今では考えられない音川を見たいのが本懐だ。


 「……まぁ、真実か嘘か、私には分からないから考えないことにするわ」


 「成川と仲良くする気になったか?」


 「まだよ。でも……近いうちには」


 「なら大丈夫だな」


 お互いが跳ね除けた関係。音川だけが悪いのではないからこそ、音川が素直になって幼馴染として関わりを戻せるか不安なのは仕方ない。それでも戻りたいと強く願うことで、何とか自分を変えようと必死になっている。それだけで未来は決まった気がした。


 時間の問題だな。


 「考えを改めれたなら、もう何もしなくても頑張れるだろ。それなりに俺も努力するけど、頼り過ぎるのも良くないからな」


 もう聞きたいことは聞けた。だからソファから立ち上がってそう言った。


 「分かってるわ」


 「だったらよし。俺は聞きたいこと聞けたから、後は1人ゆっくりさせてもらう。お前も久しぶりに長い時間歩いただろうから、その分足のケアとか忘れるなよー」


 「待って」


 振り向いてドアに向かおうとした時、部屋を出ることに珍しく抵抗してきた。


 「ん?」


 「……よければ、もう少し話していかないかしら?」


 その雰囲気や相好を見て一瞬で分かった。俺のイジワルが相当精神的にキてるのだと。最近浴びた安心の雨が、油断した今になって不安として体を震わせる。


 俺が居てイジメから助かったことで、心のゆとりが生まれた。同時に依存に近い安心を貰った。だから今朝、水筒もタオルも何もかも、ワガママが酷くなって声色は昨日より良くなっていたんだ。


 けれど今、そんな存在が消えるかもしれないということに気付かされて一気に心は悄然とした。結果、自分を保っているが、不安は見え見えの精神状態になっていた。


 それを見て、そんなになるまで自分を殺していたのかと改めて分からされる。


 優しすぎだぞ……お前は。


 「はいはい。悪かったな、お前を傷つけたいと思って言ったんじゃないんだ」


 ベッドに据わって俯く音川に寄って、頭をそっと撫でる。俺が生まれて異世界に来て17年くらい。初めて仕える主の頭を撫でた。


 「話はさっき、お前のマシンガントークで聞き飽きたからまた今度な。今日は愛おしい俺の手の感覚を覚えて、『下僕のくせに生意気。でも好きー』って思って我慢してくれ」


 応えることは簡単だ。しかし、依存になるのは良くない。ここは厳しくも、離れることが賢い選択だ。


 「……そうするわ」


 「弱々しいお前は似合わないぞ。ワガママ言って俺をこき使うくらいの気力で、早く笑顔見せてくれるようになってくれ」


 「ワガママを言う私は嫌いじゃなかったの?」


 「今のお前より何倍も好きだな」


 「っそ。分かったわ。元気になってこき使うことにする」


 「そん時は都合よくこのこと忘れてるから、お手柔らかに頼む」


 「さぁ、それはどうかしら」


 元に戻りつつある表情に安心する。今はまだ寄りかかったままだが、いつか俺という壁無しで立てるように、心のケアをしないとだな。


 「んじゃ、俺は戻るから、何かあったら俺の部屋に来てくれ。話がどうとかは聞き受けないからなー」


 「それは残念。でもありがとう」


 本心からだろう。届いた感謝は心地いい。


 「またね、長坂くん」


 「うぃー」


 別れ際にそう言われ、貴方ではなく名前を呼ばれる時は気分がいい時と知っているので、呼ばれたことに笑顔になりつつ俺は部屋に戻った。

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