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協力関係




 3秒にも満たない発言が、中々情報を多く処理しろと脳に訴えてきた。音川は分かる。成川とは誰だ?幼馴染?俺が架け橋?この世界に来て最も情報量の多い3秒だった。


 「……つまり、昔は仲良く幼馴染していた2人の関係が悪くなって、今は不仲っぽくなった音川と成川って人の関係を、俺っていう最近現れた音川の付き人に何とかしてほしい、ってこと?」


 こういう時、混乱しないで整理する俺の優秀な脳は助かる。


 「はい。そういうことです」


 「なるほど……幼馴染か」


 聞いたこともない。友人すら居ないのだから、幼馴染なんて大切な関係になりうる関係を築いていたとも思っていなかった。


 そんな話を聞いたこともないから当然か。


 「それで?俺にどうしろと?悪いが俺も音川と会って1ヶ月の関係だから、久下や成川って人と比べて大差ないくらいの関係値だ。できることは限られるぞ」


 「そこは問題ありません。逆にそれを聞いて更に安心しました。これまで誰とも一緒になりたがらなかった音川さんと、たった1ヶ月で信頼されるような、隣に立っても跳ね除けられないような関係を築けたのなら、きっと大丈夫ですから」


 「そう考えるとそうだな」


 1ヶ月の期間では無理だと考えているだろう久下。だったら、普通ではない関係、それこそ脅しだったり強制的だったり、嫌々関係を築かされているのでは?と思っても普通なのに、それをないと言い切るのは人を見る目に長けているのだろうか。


 実際金持ちの子供として、英才教育を受けるのならそれなりに卓越した才能を育む人は多いだろう。その1つを久下が持ってたっておかしくない。


 昨日のあれだけだと信頼されてるとは見抜けないと思うけどなぁ。あいつもそう匂わせる発言とかしてないし。


 「ですが、これに関しては多くを長坂くんに頼むことになります。その上で聞いてください。まず、長坂くんは聡明な人だと昨日の盗み聞きで把握しました。なので、音川さんと成川さんにそれぞれ接触し、お互いを今どう思っているかを聞いてきてくれないかなと頼みたいです。先に言いますが、私は過去に同じことをしたので怪しまれる可能性が高いです」


 「なるほどなるほど。その時はどう言ってたんだ?お互いのこと」


 「成川さんは、嫌い、関わりたくない。あっちが私を遠ざけたんだから、と。音川さんは……残念ながら会話すら成立しませんでした」


 予想通りといったとこだ。


 音川が原因で軋轢が生まれたのは多分そうなのだろう。幼馴染ということは仲のいい時もあったが、自分の足を気にし始めた頃から変わって音川が一方的に遠ざけた、といったとこか。


 なるほど。それならまだ繋がる気配は残っていそうだ。


 「女子の関係は難しいと聞くし、一筋縄じゃいかないだろうな。でもまぁ、一応付き人としてしないといけないことの中に、その成川って人との関係改善も含まれるだろうから、引き受けない選択肢はないかな」


 「ということは、引き受けていただけますか?」


 友人として、いや、成川の親友として嬉しいのだろう。眩しいくらいの目の輝きはそれを伝えようと必死になっていた。


 どこか見たことあるって思ったら、クラスメイトってよりかは昨日の食堂だ。そうなると成川って人は多分……睨んでた人……か。


 音川と俺のように向かい合って食事をしていた2人。背中だけだったが、確かに薄い金髪のロングヘアは記憶に残っている。間違いなく隣で外を眺める久下という少女だ。


 「引き受ける。それに、多分この件なら音川が昔のようになって、これまで成川に対して拒否していたことを謝罪したら何とかなりそうだしな」


 少なくとも仲のいい時はあって、それは音川が素の時期。つまり今の優しさがあって、今より数段魅力のあった時期ということ。その時に関係を築いて幼馴染となっていたなら、成川もきっと振り向いてくれるだろう。それくらい、音川莉織は異常レベルに人がいいのだから。


 「そうですか!ホントにありがとうございます!」


 「いえいえー。あっ、気になったんだけど、なんで久下が音川と成川の関係気にしてるんだ?お前も仲良くなりたいとか思ってたりするのか?」


 「私は成川さんの友達です。だから分かるんです。常日頃から音川さんを何度も見てること。少なくともまた仲良くしたいと思ってるんだろうなって。でも素直じゃないので、それは背中を押す必要があると思って、こうしてバレないよう暗躍してるんです」


 素直じゃない。これは似た者同士ということか。類は友を呼ぶ。最近独学で知ったこの国のことわざとやら。その通り、面倒な女の友人は面倒な女というわけだ。楽しくなりそうな予感しかしないな。


 「いいやつだな」


 「ありがとうございます。そして私も仲良くなりたいかという質問ですが、それは迷いなく『はい』です。そして私は長坂くんとも仲良くなりたいと思っているので、ぜひこれから仲良くしていただけると嬉しいです」


 ニコッと、何度目か忘れる癒しの笑顔。可愛い顔してもクールな雰囲気の抜けない音川では絶対に出せない、純度100%の可愛い笑顔。これは……ヤバい。


 「それは俺としても嬉しいな。よろしく頼む」


 「はい」


 面倒は面倒を引き付けた。だが最も大きなのは、優しさを持つ人間が優しさを引き付けたこと。成川はどうか分からないが、今から繋がろうとする久下は、音川に匹敵する優しさの持ち主。どうも俺はこの世界に来て恵まれた側の人間なんだろうな。


 「そろそろ時間ですし、戻りましょうか」


 「だな」


 俺がすぐに承諾することを知っていたから、残り少ない昼休みの短時間で声をかけたのか。久下のことは何も知らないが、こういう礼儀正しく男子に人気ありそうな女子の、鷹揚として底の見えない感じは実に好みだ。


 「久下って、男女関係なく、結構な頻度で可愛いって言われないか?」


 戻りながら話すことを探すと見つけて問うた。


 「はい。言われますよ。ありがたいことです」


 自覚していて、でも鼻にかける様子はない。容姿について言われることを嫌悪した様子もなく、さっきと変わらない本性で答えてくれた。


 絶対いい子だ……しかも絶対人気だろうな……。


 特に男子はこういう可愛いを好む傾向にある気がする。勝手なイメージだが。


 「それがどうかしましたか?」


 「反応を見て、性根の良さを知ろうとしただけだ。結果は当然いい人」


 「そういうのも分かるんですね。いい人だと思われ続けるよう頑張ります」


 跳ね除ける音川と素直じゃない成川をくっつけようと頑張る人が悪人なわけないだろう。


 だが。


 「そうしてくれ。でも、いい人でも嘘はつくんだな、とは思ったけど」


 「……え?」


 たった1つだけの嘘。見抜けなかったことはないだろうから、唯一と言える善人久下の嘘。それを指摘すると久下は驚いた。


 先程偶然と言ったが、クラスのゴミはホームルーム前の掃除で既に教室担当が捨てていた。だからゴミ袋を持って捨てに来ることはない。クラスメイトの部活も、音川の通うクラスとして事前に把握してて、久下と成川も無所属。あの場に居る理由はない。ホントに偶然だったのは、俺たちが先輩と話している放課後、玄関で会話してるのを見たことだろう。そして後ろをそっとついて来た。


 そんなとこだろう。


 「……まさか、気づいていたんですか?」


 久下も、ついた嘘が唯一だから思い当たったようだ。


 「全然。気づいたのは偶然俺たちを見たって言ったとこだな」


 「そうでしたか。すみません、ついて行ったことがバレてしまうと嫌な印象を持たれると思ったので嘘をつきました」


 止まってペコッと。


 盗み聞きをしたと言った時の罪悪感を感じたような雰囲気と、今の雰囲気はほぼ同じ。なら尾行については隠さなくて良かっただろうに。もしかすると、俺がそれに気づくか否かの判断をしようとしていたのだろうか。それならこれは上手くしてやられたものだ。


 思って感じてるより、久下は悪い側の人間だったりしてな。


 「それもまた自由だし気にしないでくれ。今のは俺が久下にそういうイタズラは有効か確かめたかったから言ったことだ。どちらかというと気にしてないのに責めるよう言った俺が悪い。それに、久下が人を傷つけたり嫌な思いをさせる嘘をつくとは思ってないから」


 なんならそういう嘘をついてほしい。その方がなんか可愛いと思うから。


 「そういうことでしたか。私は真面目な部分が強いらしく、どうも冗談を受け取ることが苦手なんです。もし不快にさせたら申し訳ないですが、慣れていきたいとも思っていので見守っていただけると助かります」


 「それはもう見守らせていただきますよ。不快なんて感じないし、今の久下が俺が好印象を持った久下だから、何にでもいつまでも付き合うつもりだ」


 「ありがとうございます。長坂くんは優しいです」


 「いやーそんなことないですよー」


 癒しは威力が強い。普段味わえないからこそ、より強く感じる。久下は音川と関わる上で大切な人だ。音川とは違うが、守りたい対象には含まれた。


 そんなこんなあって、トイレが長引いたことに何の罪悪感もなく教室に戻った俺。入った瞬間に感じた寒気は、その5秒後に誰から発されたものか理解した。


 「遅い」


 「誠に申し訳ありません」


 待って会話をしようとしてくれていた音川は、授業が始まる1秒前まで文句を言い続けたのであった。

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