人生ゲーム
俺から時計回りに始まった人生ゲーム。少し進むとそれだけで差が生まれた。最もお金持ちなのは千隼で、最も貧乏なのは結。その間に上から俺、莉織、碧の順で並んだ。既に結の手持ちは1000円を下回っている。
順番は4周目の千隼。人生を決める大事なルーレットを回した。
「おっ、【副業が成功。報酬5万円を貰う】だそうだ」
「人生ゲームも千隼の味方してるの?有り得ないんですけど」
最下位手前だからある不満。やる気出して1位を狙うと言ったのに、控えめな千隼に1位を取られそうで現在お困り中だ。
「では次私ですね」
現在最下位でも始まったばかりだから困ることは何もない。これから大逆転なんて普通に起こるし、実力でどうこうする遊びでもないので、焦りも恐怖も皆無。勝負とはいえ、今はまだ楽しむフェーズなのだろう。
「【エンジニアとしての転職に失敗。過労に耐えれず退職したことによって5万円を失う】ですか。ふふっ。このクソゲー作った人マジくたばれ、です」
そんなこともなかったな。結は結で、最下位だからある不満は爆発を抑えることが無理だったらしい。一応普段通りの言葉遣いでも、破壊力は言い方伝え方に依存するので、言わずもがなの邪悪なオーラがそこにはあった。
「あんたマイナス?」
「はい。借金ということになりますね。無縁だと思ってましたが、そうでもありませんでした」
「日頃の行いの悪さが影響しているのよ。その証拠が貴方たち2人が下に居ることね」
「真ん中が1番つまんないけどね」
「安全圏から貴方たちの醜態を見れるのは気分がいいわよ?だからほら、もっと足掻いて私に届かない借金の沼にハマりなさい」
「ホントに莉織は悪女が似合うな。七生くんの言うように女王だ」
「だろ?」
喋り方と雰囲気がワガママでイジワルな人間の面影を見せる。千隼も感じたそれは、俺が日頃から感じている女王気質の一端だと思ったのだろう。こうして俺と同じ価値観で目の前の莉織を捉えている人が居ることは、やはり千隼をこのメンバーの中に加えて大正解だと思わせてくれた。
「覚悟しな。これで私はあんたを追い抜くから」
勢いよくルーレットを回す。5が出て進むと、そこには現在莉織との9万円差を縮めれるか否かの答えが出ていた。
「【会社が倒産。10万円を失う】だって。もう止めようかな。今日は不運だったってことでおやすみー」
寝転んでもうやる気なんてないんだと、そういう意思表示をした。
碧はルーレットを回す前に8万円を持っていた。なので見事に結の仲間入りを果たしたということになる。借金の世界へようこそだ。そして莉織の言った沼にハマり始めたという悲しいパンチを受けることに。
「覚悟しないといけないのは貴方だったようね。無様に散ってくれて嬉しいわ」
「仲良く借金返済の旅に出ましょう」
「運がないのか。それとも私があるだけなのか。どっちが普通なのか分からないな」
圧倒的1位の千隼は29万円を持っている。多分それは初体験の俺にも分かる、普通じゃない金持ちなんだとは理解していた。だって2位の俺でも当たり続けて20万円だから、豪運を超えた運の持ち主には神が味方しているのか。
「ここでも異常なのは流石だな」
「やっぱりこれは普通ではないのか」
「貴方も早く借金の沼に落ちてくれると嬉しいわ。追いつけなくなるのは困るから」
「そう言っても、私はしたくて稼いでいるわけではないから、どうしようもできないんだ」
「一度は言いたいセリフだな」
「二度とそんなこと言えないように私が下克上しますよ。見ててくださいね。ここから大富豪になってゴールしますから」
気合いでどうにかなる遊びではないが、その気合いに神が味方してくれるといいなと思いながらも人生ゲームは進んでいった。ゴールが近づくにつれて負けを確信する者や、逆にまだ勝ちを狙えると運頼みする者も居て、最後まで誰が勝つのか一切分からず進んだ人生ゲームだった。
そして決着がついたのは、碧が最下位でゴールした時だった。
1位は一度としてその座を譲ることのなかった千隼。着順2位で5万円貰って合計54万円。2位は莉織で、着順1位で10万円貰って51万6000円。3位は結で、着順3位で3万円貰って42万2000円。4位は俺で、着順4位で1万円貰って21万9000円。そして5位は碧で、着順最下位で獲得順位賞金も貰えず借金4万5000円。唯一の借金で終えた敗北者となった。
「順位さえ違っていれば私の勝ちたったのに」
「危なかった。最後に1にいく余力が微かにでも残っていたら、私は負けていたんだから。力加減と運に感謝だな」
「まさかこんな追い上げられるとは思ってなかったから、シンプルに凄いな」
「いえ、私はルーレットを回しただけですから。偶然の産物は凄いと賞賛には値しませんよ」
闇の結は姿を消して、ただ3位に満足したような相好を浮かべていた。そして。
「次何する?もう人生ゲームとかしょうもない遊びはしないとして、私たち全員が楽しめる遊びしようよ」
気に食わない結果ながらも、それを態度で表して顔には出さない高度なテクニックを披露した。内心では悔しさから暴れだしたいだろうに。
「敗北者に選択権はないわよ?借金も返済できない人間に価値はないんだから」
「はぁ?次やったら私勝つけどね」
「勝ち逃げさせてもらうから二度と貴方が私に人生ゲームで勝つことはないわ」
「そんなんでいいの?」
「勝利を掴んで終わりたいから、別に構わないわよ。どうせ次やっても私が勝つし、時間の無駄よ」
「……くっそぉ……」
一度勝てば、その後も勝つということを手札に相手を上から煽ることができる。だって実際勝ったのだから、奇跡でも偶然でも、その事実が揺るがない限りは負けが勝ちに対して反論はできない。それを利用して悪質に上から見下ろした莉織。結に匹敵する悪女だ。
「というか、こんなことをしてる私たちだが、思えばまだお風呂にすら入ってないだろう?そんなに汗もかいていないから気にしていなかったが、そろそろ入るべきでは?」
勝者は既に今の結果に満足して次のことを考えていた。そして、誰もが疲れてしまって入ることを忘れていたことを思い出させようと発言もした。
「あぁ……忘れてたぁ」
「そうですね。いつでも寝れるように着替えたいですし」
「ならそうしましょう。でも全員で一気には無理だから、2人ずつでいいかしら?」
「いいよーん」
碧の間延びの返事で全員の承諾になる。その後順番とパートナーを決めて、先に莉織と結が入ることになった。俺は最後だ。
「それじゃ、先に行くわ」
「いってきます」
杖をついてゆっくりと進む莉織に追随するよう結もドアの外に出て行った。