帰り
行きが電車なら帰りも当然電車。駅のホームに到着した俺たちは、何も変化なくいつも通りの風采で電車を待った。
「あんたホントに荷物大丈夫?少しは持つよ?」
俺の両手は購入した品物で埋まっている。重いかと聞かれれば重いと答えるくらいの量で、それらは全て俺が持つと言って引かなかったから提げられている。それを未だに心配する碧は、今日初めての優しさを見せた。
「大丈夫。1番疲れたお前に持たせるくらい弱々しくないからな。ここは紳士に任せてくれたらいいんだよ」
「途中で倒れたりしないでよ?」
「心配してくれてるのか?」
「うん。あんたはどうでもいいけど、クッキーとか崩れると嫌じゃん?」
「……やっぱりお前は最高だ」
優しさに触れたと思えば心配の矛先を変える。ツンデレの碧が意図的に素直にならない時の辛辣だ。俺の心配をしてくれているのは本当でも、口で言葉にされると疑心暗鬼になるのも仕方ないだろう。
「絵面は最悪ですけどね。両手に袋を提げた男子と、バッグだけを持ったり提げたりしている女子4人。傍から見ると優しくない女というイメージが付きそうです」
「そういうイメージ持つやつは心が狭いんだろうな。ポジティブに考えないと」
今の俺を見て、持たされていると思うか、持ってあげていると思うか、自分のを自分で持っていると思うかの三択がある。
この4人の価値観だと、持たされていると思われていると思っているだろう。自分をネガティブ視点で見る人たちなので当たり前なのだが、いつかそれが消えてポジティブに周りの視線すら気にしないようになってくれたら上々だ。
「下僕としては素晴らしいけれど、友人としては良くないわ。誰かに持たせるというのも普通にしていいと、貴方も考えていいんだから」
4人がネガティブなだけじゃない。俺もまた問題を抱えている。それを指摘した莉織。俺の中に根付いた自己犠牲のような精神を持ち続けてはいけないということなのだろう。それもそうだ。
「そうだな。今後無理をしない程度にお前たちを頼るとする」
「女子に荷物持たせるとか最低だね」
「まず1番にお前に持たせるからなクソガキ」
「ふんっ!かかってこいゲス野郎」
ファイティングポーズを見せて無防備な俺に対抗してくる。両手が自由でないなら俺は負ける。しかし、荷物は地面に置けるので手から離して重力に乗せて落とした。
「あっ……それは話が変わってくる」
桎梏のない俺は強い。それは碧も知っているので反抗する気力も失せる。降参と言わんばかりに両手を挙げた。
「丁度電車も来たな。ここで殴り合いしなくて良かった。人の視線は私も苦手だからな」
「本当にそうです」
ただでさえ容姿の整った4人なんだ。人からの視線を集めないようにするには、それなりの気配を消す必要がある。苦労を増やしたくはないだろう。
電車が来てそれに乗り込むと、すぐ横に優先席でもない少しだけの備え付けられた席を見つける。電車に乗るなら俺がイチオシするところだ。隣に座る人も少ないし、必ずと言っていいほどどちらか片方の隣に人は座らない。それだけの席の長さだから気楽なのだ。
「ここにしましょう」
それは莉織も同じだった。
「ここ?」
「最近電車内での盗撮、痴漢が増えているそうなので、こういう端っこの方が私は好きです」
「確かにそうだな。私もその方がいいと思う」
学校でさえ盗撮被害を受ける2人の言葉だ。それを聞いて座らない選択肢はない。
「座れる?」
「詰めれば何とかだな。俺は吊り革と握手するから、多分ギリギリ座れるぞ」
普通なら座れて3人。それでもスタイル抜群の4人なら余裕で座れるだろう。
特に1人は小柄だしな。
「……何か嫌なこと思いました?」
「ん?全然?」
「そうですか」
心の声が聞こえていたようでヒヤッとさせられる。状況と目線で察知したのだろう。流石の秀才だ。
「貴方も座れるわよ?反対になるけれど、立つより楽よ?」
「もし人が混んでお前たちの前に変人が来たら嫌だからな」
類は友を呼ぶ。変人を呼び込んだ時、変なことをされると今度こそ俺は自分を赦せなくなる。だから莉織のためにも、俺のためにも吊り革と握手したいんだ。
「疲れたらいつでも言って。千隼が代わるから」
「ああ。いつでも代わる」
「お前こんな純粋な千隼をイジメんなよ」
「そうよ。優し過ぎて本気で私がイジメたようになったじゃない」
「え?私が1番大きいからそういう意味でも理にかなっていると思ったんだが?」
「可愛い。千隼好きー。そういうとこがあんたのいいとこで、男子からエッチな目で見られる原因なんだよーん」
眠いのがよく伝わる発言だった。
千隼の感じる視線の7割は男子からだと言っていた。なのでそれを思い出しての発言なんだろうが、眠そうな主張が強くてよく頭に入らなかった。
「冗談よ。疲れたらいつでも代わる……いえ、貴方なら代わろうとしても拒否するわね。だったらもうそこでずっと立ってなさい」
もう出会ってから結構な時間を共に過した。だから分かっている。
「そうさせてもらう」
そしてドアが閉まって電車は走り出す。ここから再び1時間弱の移動だ。その間何を話すんだろうと気になっていたが、その興味も徐々に薄れていった。理由は単純。碧を筆頭に、4人共に眠そうにしたり瞼を閉じていたりしたからだ。
だったら俺から話しかけることはない。疲れただろう4人を見守りながら、この時間を俺だけのものにするため見張りとして起きる。莉織も信じているから任せた見張り。そして全員が信じてくれているから成立する見張りだ。
「……ここでも最優になれそうだな」
それだけ呟いて、莉織は結に、結は千隼に、千隼は背もたれに、そして碧は千隼に寄りかかって肩に頭を乗せているところを目で見て記憶した。どこで撮った写真とも比肩しない、唯一無二とも思える4人の寝顔と素の姿を記憶にだけ残すのもエモーショナルというものだ。