透明な板と部屋の侵入者
薬師殺しの部屋の器材棚から見つけた透明な板を胸元に隠しリンは部屋に戻った。誰も気にしていないのについ後ろを気にしてしまう。いつもより早く部屋に向かう。部屋の入口に魔力を流す。入りぐちの戸は静かに開いた。滑り込むように部屋に入り戸を閉める。
「なんか違う」
思わず声が漏れた。香水ならすぐわかるがこれは違う。部屋の周りの物が動いていないか、取られたものはないか目で探す。居間の椅子もテーブルの上も朝出かけた時と変わらない。もともと何も置いていない。
小さな台所も朝使ったコップが水きり台にある。持ち手の方向も変わらない。忍び足で音を立てず工房に向かう。工房のドアに耳を当てる。人の気配はない。静かに工房の戸に魔力を流すと、戸はの抵抗もなく開いた。昨夜試作していたあざを消すクリームはちゃんと収納棚に入っていた。錬金窯に魔力を流す。
錬金窯からさび付いた戸のような音がわずかにした。いつもはキーンという澄んだ高音がする。誰かが魔力を流した証拠だ。父の錬金窯で間違いがないかそこのを持ち上げてみた。父の錬金窯は底の片隅に小さな傷がある。リンはその傷を魔法粘土で埋めてある。そっと指を底に這わせる。リンの魔力を流すと魔法粘土が解けて傷が現れた。
「ドンドン、リンさん、無事ですか?」
リンは慌てて工房から飛び出し部屋の入口に向かった。
「どうしました?」
「寮に忍び込んだものがいるようです。部屋の中は大丈夫ですか」
リンは深呼吸して静かに入口の戸を開けた。そこに立っていたのは慌て顔のリッツだった。ここはすべて魔力認証になっているので、そう簡単に押し入ることはできないと調剤長が行っていたはず。よほど似た魔力であっても危機管理の高いここでは入り込めないはず。
「本当ですか?私の部屋の中は変わりありません」
「本当に?良く調べて」
「先ほど戻ってきたばかりですから、必ずとは言えませんが」
「寮の部屋の入り口の戸を片っ端から魔力を流して開けようとしたらしい。警報が鳴って、警備が向かったらけど誰もいなかった。驚きだよな。それとも機械の故障か今調査している。結果が出るまで食堂で待機だそうです」
「分かりました。身支度して寮の食堂に、「いや、調剤棟の食堂に」分かりました。すぐ向かいます」
リッツの慌てた様子に不安を感じたが、今は言われたとおりにした方が良い。一度入口の戸を閉めた。胸に入れた透明の板を魔法カバンに仕舞う。魔法カバンはリンが手持ちで持ち出そう。錬金窯の底は魔力粘土に再度魔力を流し傷を隠す。錬金窯を持ち出すとリンが侵入に気が付いたと気づくかもしれない。錬金窯はこのまま工房に置いておくことにした。
工房の器材棚の奥に上手く映るか分からないが撮影の魔道具を置き網をかぶせる。これは見た儘をうつしとる。両親や私がまるですぐそこにいるように絵が動く魔道具。貴族の家にはあるものなのか分からない。
父は何処で知識を得たのか不思議な魔道具をいくつか作っていた。セレスタの調剤棟を出る時持ってきた魔法カバンの中に仕舞われていた。魔法カバンは重さも容量も分からないので、中にまだ何かが入っているかもしれない。
今回のことはきっと父のことに関係している気がする。この香りが何か考えながらリンは調剤棟の食堂に向かった。
「驚きましたね。リンさんの部屋は何事もなかったですか?」
リンは突然小柄な女性シャルルに声を掛けられた。シャルルはベルたちが辞めた後に補充された薬師で、金色の髪が奇麗な童顔の女性だった。本人は隠しているようだが貴族の出のようだ。無理して言葉を紡ぐので、ちぐはぐな感じがしていた生粋の貴族にしたら平民だと思うかもしれない。
「シャルルさんのお部屋はいかがですか?」
「私の部屋なんて、貴族の方と違って貴重品などないです」
「私の部屋も特に何もないと思います。貴重品といったら錬金窯くらいですから」
「あっ、そうよね錬金窯は貴重品ね。わたしは大丈夫だったわ。きっと機械の故障ね。大騒ぎになっているから調剤長が叱られるのかしら?」
シャルルさんは『調剤長』と言い切りだった。『錬金窯』さえ貴重と思っていない。それに今まで話したことがないのに声を掛けてくる。絶対シャルルさんは貴族に違いないのに平民のふりをするのはなぜ?身元調べはしっかりしているはずだから調剤長も分かってのことか?ということはエスぺラン侯爵家が関わっている。
後継と言われていた父が遠く離れた地で結婚をした。父の動く絵には陰りのある顔などなかった。母と笑顔でお茶を飲み、幼いわたしを抱き上げほほ笑んでいる。リンは知らぬ間に暗き部屋に足を踏み入れた気持ちがした。
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