隠された扉 1
ジュリアが仕事に来なくなり、ベルナテッドまでが退職した。貴族の内情はリンには分からない。一時ざわついたがすぐにいつもの日常が戻った。
リンは調剤棟の食堂で昼食が取れるようになった。お昼のジュリアたちの高笑いが聞こえないのは少し寂しいかもしれない。
リンは新規商品が通過したことで安堵していた。ジュリアに渡した商品は時間をおいてから商品化しようと考えた。一度ジュリアの手に渡っているから盗用したと言われてはたまらない。
薬師殺しの部屋を使用してるうちにリンは不自然な引出しに気が付いた。普通の引き出しだが、よく見ると外見に比べ引きだしの深さがわずかに浅い。誰もいないことを確認して引き出しの中の物を全部取り出す。引き抜いた棚の底を軽く叩く。他の棚の底と同じしっかりした造りになっている。ひっくり返しても何も出てこない。
それでも指の厚さ分底上げされている。そこは周りと一体になっている。何かを収めて、特別に棚を作り直したか?
「何してる?」
リッツさんの声にリンの肩がはねた。
「引き出しの中に薬草の粉が入ってしまったから掃除してるところです。この部屋を使うようになって部屋の中は掃除してたけど引き出しの中は掃除してないのに気が付いたわ。自分の部屋なのにだめね」
「業者にやってもらおうか?」
「いや、自分でやります。他人に部屋の中を触られるの好きではないから」
「えっ、もしかして寮の部屋も自分でやっているの?」
「当然です」
「もしかして、洗濯とかも?」
「自分の服は自分で洗いますよ。リッツさん洗濯の魔道具を知っていますか?」
「選択の魔道具?」
「違います。服を洗う、洗濯の魔道具です」
「何それ?」
「リッツさんも良いとこの貴族の家の出ですね。まだ安くはないですが魔道具で生活はとても便利になっています。温かいものを暖かく保つ保温の魔道具が付いた板。食べ物を冷やして保管する食糧庫、お湯を出す水がめなんてあるんですよ」
「食品を冷やす食糧庫は家の厨房にあるがとても大きい。個人が持つような小さいものは出来ているのか?」
「ありますよ。私が以前勤めていた調剤棟にありました。そこを辞める時、退職金が払えないから好きなものを持って行って良いと言われましたので。遠慮なく貰ってきました」
「随分太っ腹の家主だね」
「家主は調剤に興味が無かったから、どんな設備があるか知らなかったんだと思います。売れば赤字が助かったと思うけど助言はしませんでした。物の価値は使う人によって違います。無価値なものを説明しても聞いてはもらえませんから」
「それはそうだ、錬金窯なんてその最たるものだな。高価なのに使わない人にとっては邪魔なだけだな」
「そういうこと。貴族の人は自分で掃除や洗濯しないからそんな魔道具あっても必要ないから知らなくて当たり前ですね」
「そう言われると世間知らずが分かってしまう。恥ずかしいな」
「既定の商品は出来ています。箱詰め済みです。わたしはもう少し掃除を続けます」
「おお、分かった。ところでベルのことは聞かないんだな?」
「ベルナテッドさんも貴族ですから、お家の事情ではないですか?」
「どうも次期後継者として仕事を覚えるために辞めたようだ」
「薬師の資格まで取って、次期後継者・・もしかして薬種商会でも持っているのですか」
「いいや、なんでだろうな?ジュリアにしてもベルにしても遠回りの様な気がするな」
ひとり言のようにリッツさんは呟いて出来上がった規定薬の入った木箱を運んで出て行った。どうにか誤魔化せたようだ。鋭いところがあるリッツさんだから用心に越したことはない。
引き出しにはどこにもつなぎ目がない。他にも同じような細工された戸棚がないか、掃除がてら点検をしていく。薬草棚は問題がない。器材棚も……右隅が少し狭くなっている。そこに小さなへこみがあるが爪で引き抜くこともできない。
あっ、両親の部屋の鍵は魔力で開いた。ものは試しとリンは僅かにへこんだ所に魔力をごくわずか流した。静かに内扉が開きそこには透明な薄い板状のものが入っていた。透明な板に何か書かれている。リンはその透明な板を取り出すと静かに内扉が閉まっていった。
リンの心臓が早鐘を撃つ。今日はこれを部屋に持ち帰り調べてみよう。
「ガタン」
リンの部屋の外から音がした。リンは調剤服の胸ボタンをはずしその中に透明の板を隠し掃除を続ける。人は隠し事をすると挙動不審になるようだ。大きく息をして気持ちを整える。他の棚を掃除しながらも、気持ちだけは胸にある板に集中していた。
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