50ベルナテッド・ラフォン
ベルは父の思惑に振り回されず、薬師になって、本家エスぺラン侯爵家に母と共に戻ることを決意した。父などいないものと思う。そう思わなければ、臭い薬草を触ったり、水仕事をするなどできなかった。
さらに驚いたことにジュリアまでが薬師になると言い出した。ジュリアもいずれは本家に戻るのかもしれないと思えてきた。貴族学院卒業し共に薬師資格を取って薬種商会テトに就職できた。二人ともお祖母様の手助けがあったからだ。この時点で私もジュリアもお祖母様の期待に応えていると確信した。
しかし、仕事を始めてみれば、いかに自分たちが名前だけの薬師資格だと分かってしまった。ここにいる薬師たちも当然貴族ではあるが次男、三男と継承権のない人たちだからか、すごく真剣に仕事に取っり組んでいた。わたしとジュリアはエスぺラン侯爵家の息のかかった薬師の手を借りてどうにか規定薬の自力ではランクB⁺しかできない。自力など考えられない。
ジュリアは同じ薬師のリッツに声を掛けて、仕事を減らしてもらおうとしたが失敗していた。それより調剤の指導を受けさせられていた。リッツは仕事ができるし調剤長の覚えもめでたいが、男爵家の次男らしい。わたしたちの婚約者には格下過ぎる。ジュリアは何を考えているのか分からない。
ベルは自分の腕を上げるより、腕の良い婿を探した方が良い事に気が付いた。エスぺラン侯爵家が欲しいのは腕の良い薬師だと思う。わたしでなくても良いのではと思えてきた。ベル自身薬師の腕を上げれないことが分かっていた。
そんな時、お祖母様が新しく来た薬師と面談したと聞いた。調剤長が色々世話をしたことも相まって、エスぺラン侯爵家のゆかりの者ではないかと噂話が流れて来た。さらにあの薬師殺しの部屋でさえ高ランクの調剤技術を持っているらしい。
ジュリアでさえ気に入らないからと裏で色々やっている。さすがに調剤棟で騒ぎを起こすのは身の破滅。ジュリアはそういうところが貴族としての思慮に欠ける。まあ、大事にならないように調剤長が取り計ったようだ。
「今度新製品の申請をするから特級の試験免除勝ち取るわ」
「特級の試験?」
「えっ、知らないの?務めて一年後に特級の試験があるの。合格できないと他の部署に異動もあるんですって」
「薬師資格があっても?」
「ここでは薬師資格は標準資格。それ以上の技量を求めているから、特級試験で、振るい分けするの」
「知らなかった」
「この間、調剤長から説明あったでしょ」
「あったけど、わたしたちは特例でしょ」
「いつまでも特例扱いはしてくれない。お祖母様の意向らしい。わたしたち薬師としては腕が、、、でしょ。今回の就職だってお祖母様の口添えに仕方なくらしい」
「お母様たちがお祖母様に言った、娘たちのお願いをお祖母様が一度は聞いてくれたってこと?」
「ここは実力主義だからね。わたしたちが長居するには手段が必要なの」
「ジュリアはここでずっと働くの?」
「分からないけどここで、商品開発に力を入れておくのはいい方法だと思うわ」
「もう出来ているの?」
ベルの問いに、にこりとジュリアはほほ笑んだが、何も言わずにベルから離れて行った。その後ろ姿はやけに堂々としている。新商品で腕を評価されれば、エスぺラン侯爵家の覚えもいい。
ベルの背中に冷や汗が流れた。もしかしたらジュリアのお母様も侯爵家に戻るつもりかもしれない。疑心暗鬼になったベルはその一日仕事に集中できなかった。ベルは母に相談しようと家に帰った。ベルの帰宅を待っていた侍女長がベルを居間に案内した。
「ベル、お帰り。今日から共に暮らすモンゴメリーとユリエットだ」
父が家族がで過ごす居間でベルに新しい家族を紹介した。あの時の二人だった。母は何処に?思わず目で探した。
「ベル、ハボットは家から出て行った。俺の有責もだが、あいつもあいつで執事のアルマンと浮気のうえ横領していた。その責で離婚した」
「えっ、お母様が、、そんな事あるはずがないわ。アルマンは信頼できないって言っていたもの」
「これがハボットからの手紙だ」
ベルは挨拶もそこそこに自室に戻り母の手紙を読んだ。
愛するベルへ
先に家を出ることを許して、父親がどう説明したか分からないけど決して、アルマンとは浮気はしていない。お金は少しずつ蓄えたけど横領と言われる所以はない。ベル、母は離婚してもエスぺラン侯爵家に戻れない。次期侯爵が決まったらしい。だから、思い切ってアルマンとやり直すことにした。アルマンは、男爵位を持っているからまだ貴族でいられる。
ベルは頑張って、立派な薬師になって、高位貴族に嫁いで、わたしを迎えに来て、待っている。
こんな手紙欲しくなかった。母だけ貴族籍を保って、わたしの嫁ぎ先に居候するなどあり得ない。わたしは父の意向で、平民に落ちる事さえあるのに。何のために薬師を取って仕事に就いた。このままでは仕事さえ失う。ベルは手紙の内容に戸惑いながらも父の書斎に向かった。
「お父様、母の所業申し訳なく思います」
「ベルのせいではない。わたしとて外に家族を作った。威張れたもんではない。だが、ハボットはこの結婚が嫌で嫌でたまらなかった。そう言われたらハボットを愛せなかった。
ベルに寄り添いたくともいつもハボットが間に入ってしまう。ベルはハボットといると幸せなら嫌いな父親はいないほうが良いと思った。しかしベルの人生を縛るのは間違っていると注意をしたらこんなことになってしまった」
「お父様、少し年を取っていますが良い縁を探してください」
「もちろんだ。ベルがその気なら、いくらでも探してくる」
「できれば高齢の後妻は、、」
「何を言ってる。この家を継ぐのに俺より高齢者を選ぶわけないだろう」
「えっ、あの子に」
「ユリにはここを継がせないよ。ベルに決まっていただろ。これからは女主人としての仕事を覚えなければならない。婿に来てくれる良い人を探さないと。それともベルは嫁に行きたい人がいるのか?父が目を光らせて良く見てやる。とんでもない男にベルはやれない」
「うふふ、薬師の勉強でそんな人いません」
「無理して薬師を続けなくて良い。ベルはハボットに似て頭が良い。仕事を続けたければそれに合う人を探さないと」
「お父様、薬師の仕事と女主人の仕事は同時には無理です。仕事は明日辞めてきます。これから家のことを学んでいきます」
優しく微笑んだ父の顔を初めて見た気がする。いつも母の後ろから父を見ていた。分かり合える機会をなくしたのはベル自身だ。新しい家族と分かり合えるか分からないが、父はベルの存在を認めてくれた。それだけで、母に縛られていた体が解放されたように感じた。
しばらくして、ジュリアが仕事を辞めたと聞いた。手紙を出したが返信は来なかった。母からは高位貴族に嫁に行けと催促の手紙が届くがベルは無視することにした。家の書類仕事は父とアルマンの字しかなかった。ジュリアと私は、何もかも母の手の上で踊らされていたのかもしれない。
ベルは自分の目で、頭で、確かめて、人の目も借りて、大切なものを守っていこうと思った。母の様な人生は送りたくない。いつか出会うであろう伴侶を大切に思える人になりたい。
誤字脱字報告ありがとうございます。




