リン、薬屋イバで働く 1
薬屋イバの店主は、ゴンばーの死を悼んでくれた。今日からでも住み込みで働いていいと言ってくれた。10歳の自分にできることは、少ないだろうけど、一生懸命に働こうと思った。
奥の家の女中頭に紹介された時は、身が縮む思いだった。
「知り合いの子供だ。親が死んで行くとこが無い。しばらく預かることにした。躾も仕事も教えてやってくれ」
女中部屋に案内されてそのまま掃除や洗濯、台所の下働きなど色々やらされた。
「あんた、どこかで働いていたの?奥の家の掃除と洗濯をしなさい。メメ、この子リンというの。掃除や洗濯の事指導してね。部屋も一緒だからよろしく」
赤毛を後頭部でお団子にしたそばかす顔の先輩女中さんが、リンの担当になった。
「わたしメメ15歳。ここに来て半年、行儀見習いに来てるの。あなたは?」
「初めましてリン10歳です。両親が亡くなったので、しばらくここで働くことになりました」
「ふ~ん、10歳。年の割にしっかりしているのね。妹のアンと同い年だけど全然違う。ここはね、仕事はきついけどご飯も食べられて、寝られるところもあって、お給料も出るの。
朝早いし、掃除や洗濯で追われるけど、他に比べたらすごく良い所なの。私は半年後にお嫁に行くけど、それまで一緒に頑張りましょうね」
リンにとって友達などいない。ゴンばーと支えあって生きていくだけだった。ゴンばー以外の人と暮らすのも初めてだった。心やすいメメのおかげで、思いのほか仕事にも街の生活にも馴染んでいった。
街では洗濯の方法が違う。綿の服、麻の服や寝具、手ぬぐいなどはリンでも知っていた。井戸の近くで大きなたらいに水を汲んで、洗濯の実をつぶして泡立てて洗う。足で踏みつけたり、棒で叩いたり、石にこすり付ける。
それ以上の良い布は、大切に手洗いしなければならない。さらに特殊な洗剤を使う。急がないと一日で乾かない。早朝からずっと洗濯する。
掃除も場所によって雑巾さえ違う。午後になれば洗濯物を取り込む。きれいに畳んで、それぞれの場所に届ける。
洗濯物の畳み方にも物によって違う。覚えることが沢山ある。リンは、ゴンばーの死を悼むことを終わりにした。これからの自分のために、働くことを優先した。半年たって、メメは仕事を辞めてお嫁に行った。
新しい女中が入ったがリンが一番下だった。稼業の仕事を見習うなら10歳でもおかしくはない。一般に庶民は、15歳で成人の儀式をする。成人になると結婚もできる。丁稚奉公に入って15歳で一人前の扱いを受けるらしい。10歳ぐらいから神殿で読み書きを教わったり、家の手伝いをする。
嫁入り前の行儀見習いは箔が付くからと女の子には、人気がある。外に働きに出るのは、大概15歳くらいだ。リンは、しばらく下働きから卒業できない。
メメが辞めてから半年たった頃、床に落ちていた注文書の計算が間違っているのに気が付いた。側に居た事務所の叔父さんに書類を手渡しながら伝えた。
「ここの計算と薬草の名前違っています」
店主のイバさんと同じくらいのおじさんに肩を掴まれた。
「字が読めて計算できる。薬草に詳しい?」
と聞かれた。その場で計算問題と読み書きをさせられた。
11歳で下働きから薬屋のお店の方に勤め先が変わった。
「新人が使い者にならなかったから、どうしようかと思っていたんだ。子供だから店先には出せないけど、中の仕事をやって欲しい」
庶民で字が読めて書けるのは少ない。一桁の足し算くらいはできても、それ以上は難しい。薬草の名称は似たようなものも多い。一文字違うだけで、毒草になる物もある。
リンは、女中の下働きからお店の書類係に昇進した。リンの書く文字がきれいで読みやすいと、取引先に出す手紙や発注書の清書係になった。
子供が出過ぎては、大人は気分が良くない。せっかく勝ち取った職を手放せない。指示されたことだけを隅の机で黙々と仕事をして過ごした。
言葉遣いも慣れるまでは、無口なふりをした。周りを見て、言葉も行動も違和感のないように務めた。 先輩を見本にしてお茶出しなどもするようになった。たまにお駄賃だとお菓子を貰った。食事をちゃんと食べていたら、背が伸びてきた。少し大人に近づいた。
貰った給金は大切に使った。主に薬種カードにためている。色々の知識を詰め込んでいくためには本が必要で高価だが先行投資として使った。知識は、荷物にならないと、ゴンばーが言っていた。
「能ある鷹になれ。爪は隠せ」
リンは背が伸びた。服を買い替え、髪を整えた。化粧はしない。美人になる必要はない。どこにでもいる好印象な普通の娘であることが大事。
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