ベルナテッド・ラフォン 1
ベルナテッド・ラフォンは、『赤い大薔薇』と呼ばれるほどの艶やか(派手)な容姿をしていた。本家エスぺラン侯爵家のお祖母様から見たら外戚の孫にあたる。見た目は大祖母様に似ている。お祖母様は跡取りの叔父様に薬種商会を全て任せず、今でも経営に口を出している。薬師の資格を持ち今でも屋敷の工房で仕事をしていると聞いている。
ベルからみたら貴族令嬢が第一線で仕事をしているとは考えられない。ただ経営から退きたくないという我が儘だと思う。叔父様は薬師の資格がないから強く出れないだけだ。母からも仕事ができる話は聞いたことがない。
ジュリアの母の妹に当たる母ハポットは、とても穏やかで、気性の激しいジュリアの母と姉妹とは思えない。そんな母が初めて、ベルに薬師になってくれないかとお願いしてきた。本家に薬師がいないからベルがなってくれれば、大奥様がそれなりの地位をくれると言ってるらしい。ベルが直接言われたわけではない。
父はラフォン家の切り盛りがあまり上手くない。母がほとんどの書類仕事をこなしている。貴族学院でも母は優秀だった。政略結婚だった両親が仮面夫婦だと知ったのは私が15歳の時だった。街に友人たちと人気のカフェに急な休講に出かけた時だった。友人たちと楽しくお茶を飲んでる横を家族連れが奥の個室に入っていった。
「パパ、今日はケーキが食べたいな?」
「いいよ、好きなだけ食べなさい」
「あなたは、リコに甘いから、夕飯が食べれなくなるから困るのに。うふふ」
「君と食べる食事は別腹だね、リコ。ママが心配することはないよね」
「リコ、パパとママと一緒ならたくさん食べれる」
「あらあら、お腹が膨れてパンクしてしまうわよ」
「リコの分はパパが食べるから心配ないよ」
明るい楽しい幸せな家族の声。でもベルはパパと呼ばれた男を見たことがあった。自分の父親だった。ベルは一人娘、妹などいない。一緒にいた女の子は5,6才だろうか。女性はきれいに着飾ってはいるがしぐさが貴族らしくない。
ベルは悶々としながら月日を過ごした。家にいる時の父の様子を改めてみていれば母が話しかける以外に父は母に話かけない。母の話は仕事と実家の話しかしていない。ベルが声を掛ければ普通に話してくれるが、あの女の子に向けるような笑顔はなかった。疑いの芽は日に日に膨らんでいった。
そんな時貴族学院はいる前に学院卒業後薬師の資格をと勧められたのは母が実家に戻るためかもしれないと思えた。この話を父は何も知らない。一人娘のわたしがラフォン家を継がないでどうするのかと思った時にあの女の子の顔が浮かんだ。
ベルは貴族家の籍を管理する役所に出向き学院に必要な書類でラフォン家籍を見たいと申請をした。驚いたことに父はリコといった女の子を特別養子縁組の手続きをしていた。母親は男爵家の者だった。特別養子縁組とは実の子と同様の権利を得ることになる。つまりベルの妹として、ラフォン家を継ぐことができる。あまりの衝撃にふらりと体が揺れた。
家に帰り執事のアルマンを問い詰めた。きれいな身なりから見ても生活費を十分に渡している。母が許すわけがない。アルマンの話では、祖父の個人遺産を父は母に知らせず自己管理していた。そこから街に家を用意して三人で暮らしていることが分かった。
父が夜いるかなんてベルは関心がなかった。夕飯後父は紳士会だと言って出かけていた。そのまま帰宅せず朝方戻ることもあった。いかにベルが家族に関心がなかったか呆れてしまった。母は、特別養子縁組の申請はご存じですとアルマンに言われた。ベルの知らない所で何かが動いている。
父のいない夜に母に父の浮気を伝えた。
「ベルが知ってしまったのね。学院卒業したら話そうと思っていたの。今屋敷の南に別邸を作ってるでしょ。新しい家族のためですって」
「えっ、」
「おじいさまの遺産で作るから妻の許可は要らないらしいわ」
「お母様が一生懸命ラフォン家を切り盛りしているのに」
「そういう人なの。あの子供にここを継がせたいのではないかしら」
「わ、わたしは?」
「あなたはどこかに嫁に出されるわね。わたしは離縁はできないだろうから名義的にあの子供の実権のない母親になるのね」
「どうして?」
「いくら妻が頑張っても家の当主は旦那様だから、最終継承者は旦那様が決めるの。だから黙って特別養子縁組を自ら出かけて申請してきたのよ。ずっと黙ってるつもりだったようね。旦那様は詰めが甘いの。申請が通ったという書類が家に送られてきたわ」
「お父様惨い」
「だから、ここを出て行く準備をするわ。わたしが離婚したいと言えば簡単に書類に名前を書くわ。あの娘の教育のことを考えると10歳には別邸に越してくる。あと3,4年てとこね」
「アルマンは旦那様の味方だから信頼できない。家のために持参金を使った私はバカみたいね。旦那様はやりくりが大変な時も自分の遺産は何も出してはくれなかった。やっと余裕ができた頃にはこの仕打ち、見限られる前に見限ってしまうつもり。少しずつ、お金を貴金属に変えて、資産を増やしてそれらをもって出て行くつもりよ」
「ここを出たら貴族籍は?」
「ベルは大丈夫。実子だから勝手に除籍できない。それに成人に達しているから本人確認もいる」
「お母様は?」
「そうね、どうしようかしら?エスぺラン侯爵家に戻れば侯爵籍に戻れるかしら」
「そのための薬師の資格なんですね。ここに残っても父が私に良い人を見つけてこれるとは思えない」
「さすがにベルは私に似て、頭の回転が速い。二人で戻ればベルは、侯爵令嬢になれるわ」
母の『侯爵令嬢』という言葉にジュリアの顔が浮かんだ。ジュリアの悔しがる顔をベルは見たいと思った。
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