ジュリア・レーガン 2
ジュリアは、下働きから手に入れた三つの商品を三名の侍女に使わせてみた。爪に塗る液はそのものの色でなくうっすらと薄桃色の上品な色の発色で指先が華やいで見えた。手を洗ってもしばらく色は残るが少しずつ退色していくので、色剥げのようにはならない。思わずジュリアもつけたくなったがここは、辛抱することにした。塗ったまま仕事には行けない。
唇に塗る軟膏は、深い赤い色をしているが、唇に塗ると鮮やかな赤い色、潤い、艶、ふっくら感があり、大人の唇を演出していた。ジュリアが薄く塗って、夕食のテーブルに着けば、母は目ざとく気が付き、とても素敵だと褒めてくれた。紅茶のカップに色移りがしない。完璧だった。
夜入浴の際、悩んだが先の二つが出来が良かったので、思い切ってジュリアは洗髪液を侍女に手渡した。侍女は、泡立ちが良いことをとても喜んだ。どうしても香油を塗るので、その油を落とすのにお湯だけでは落ちない。従来の石鹸をお湯に溶いて使うより手軽で、細かな泡が髪を包む。短時間で十分濯ぎまでできた。ジュリア本人も負担が少ない。その後泡切れが良く指通りも滑らか。香油をつける必要が無かった。
翌朝ジュリアの髪がしっとりと艶やかなのに母が気づき問い詰められた。ジュリアは新商品の試作品だと説明した。これなら美容品特化の商会を立ち上げてもやっていけると母は息巻いた。
慌てたジュリアは、まだ正式にレシピを登録してないから、話は進めないように強気に母を止めた。もちろん母も使いたいと商品を要求してきたが、分析分がいるので、洗髪液のみ一回分手渡した。
「これを詳細鑑定して頂戴。そのあとレシピを仕上げてくださいな」
「お嬢様、これはお薬ですか?」
「気しないで頂戴。これを再現して、私が作れるようにしなさい」
我が家の薬師が不審そうに軟膏や洗髪液の香りを嗅ぐ。ざわざわと話が進むのを確認してジュリアは、自室に戻った。
「ジュリア!素晴らしいわ。最近髪の張りが無くなってきて気にしていたの。今日お茶会で皆に髪を褒められてしまったの」
久しぶりに聞く浮かれた母の声。「よかったわね」と返したまでは良かった。
「皆さんがどこで手に入れたかというので、「お母さま!」な何よ」
「まさか私が作ったなんて言ってないわよね」
「あら?ダメだった?いずれ美容特化の商会を立ち上げるまでお待ちくださいと言っただけよ」
「まだ、レシピ出来ていないと言ったわよね。そう簡単に作れるものじゃないの」
「でも、お試しが出来たならすぐでしょ。実はお隣のハデリーナ様に特別に渡すと約束したの。次のお茶会までに準備してね。これから忙しくなるわね。ジュリアは才能がやっぱりあるわ。商会が軌道に乗ったら薬作りなんて辞めなさい。新作の研究に専念した方がいいわね。研究室や製品の工房、働く人も必要ね。お店は何処に開こうかしら?いずれは王都にお店を出したいわ」
薬種商会に残るための新商品が、母の商会の新商品になっている。ジュリアの思惑が外れた。わたしは何のために触りたくもない薬草使って薬を作り、水仕事をしている。婚期さえ逃しそうなのに。母の言う通りに薬師になってベルに負けない仕事をしようと頑張った私は何だったんだ。
「お母さま、わたしをなぜ薬師にしたのですか?」
「当たり前じゃない。妹なんかに本家を取られたくないからよ」
「今、薬作りを辞めて、化粧品を作れと言われませんでしたか?」
「あら?当たり前でしょ。薬なんかよりこちらの商品の方がよほど貴族が欲しがるわ。侯爵と馬鹿にした方でさえ頭を下げて欲しがるのよ。本家なんて、妹が継げるわけないわ。ベルもたいした腕ではないでしょ」
「わ、わたしの幸せは?」
「レーガン家の役に立つことが幸せでしょ。貴女が役に立てば後継のライリックもあなたを蔑ろにしないわ」
「わたしは、一生レーガン家のために働くのですか?」
「そんなことないわよ。新商品を定期的に作ってくれればいいだけよ。これで、私が社交界のリーダーになれるわ。次はお肌の張りを保つものがいいわね」
薬師たちは詳細鑑定しても再現ができなかった。試験商品もなくなった。その結果を知って、ジュリアは部屋から出てこなくなった。母に認められ、レーガン家の令嬢として頑張ってきたジュリアは、母の言葉が棘となって、心を傷つけた。母に、父に、兄に認められようと頑張ってきたジュリアの張り詰めた糸が切れてしまった。
ジュリアは翌日から部屋に誰も入れず入り口には机を置いた。母の言葉がジュリアを追い詰める。耳をふさいでも母の声が聞こえる。
『レーガン家の役に立つことが幸せ。後継の兄のために働け。母のために化粧品を作れ。役立たずのジュリアは要らない。ジュリアの幸せなんて誰も考えてはくれない』繰り返し聞こえる悪口。ジュリアの眠りさえ奪った。
「ジュリア、何を拗ねているの。いい加減にしなさい。ハデリーナ様に渡す化粧品は何処にあるの。わたしが恥かくじゃない。早く出てきなさい。まったく愚図なんだから、早く開けなさい」
ジュリアの部屋の前で母がドアをどんどんと叩きながら声を上げる。貴婦人は何処に行った。ジュリアの耳に母の声は聞こえない。ジュリアは幸せだった幼き頃に戻っていた。
「おかあちゃまの声はおおきいね。おとうちゃまに叱ってもらわないとジュリア泣いてしまう」
父に貰った大切なうさぎの人形を抱きしめて、ジュリアは布団の中に隠れたた。
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