リン、周りは敵ばかり
新しい職場は、個室になっている。ドアはない。外からは仕事しているかはまるわかり。ここで働く人は、私物が多いい。それも貴族が多いので、高価なものが多いいらしい。ドアがなくても無断では侵入できない魔法陣が書かれた入り口になっている。リンにとって、一番大事な錬金窯はここには置かない。私室の工房に設置してある。貸し出し用の錬金窯や一通り必要なものはそろっている。
「おはよう。お嬢さん。昨日ぶりだね」
「おはようございます。今日からお世話になります。リンと言います」
「おっ、リンちゃんね。俺は君の指導者担当になったリッツ。一通り仕事の流れを見るのが俺の仕事。あとはここでの生活に困ったら俺に相談してくれ。さすがにフリッツさんに頻回に声を掛けると目立つから」
「・・・・・」
「気が付いていなかった?君、フリッツさんに寮の個室や調剤室の説明受けただろう?」
「はい、受けましたが・・・」
「それなんだよ。うちの調剤長、厳しいで有名なの。今まで新人の案内などしたことなかったから、どこの貴人が来たかと騒ぎになってる」
リンにとっては関係ない事。
「そんな・・・わたしは平民です。ここで働くのはノアさんの紹介で・・・」
「分かってるよ。才能は身分じゃないことぐらいわかってる。それでも調剤長が特別扱いしたことが問題なんだよ。それに大奥様の来訪。これも騒ぎに拍車をかけたんだ」
「わたしには関係ない事です。ここで錬金薬を学ぶことが目的です。それよりこれからの仕事の流れを教えてください」
「なかなか手厳しいね」
リッツは無駄話を辞めて、ここの仕事の流れを説明した。ここでの仕事は2種類に分かれる。一般的な薬をランクAまたはSで作成する。指名依頼の薬を作る。指名依頼の多い者は一般的な薬は免除される。また、新規製品は審議会を経て、認可が下りればオリジナル製品として登録される。つまり副業による利益を得ることができる。新規製品は既定の仕事以外の時間を使うこと。
ここはあくまでノルマ制だから、それにかかる時間が短ければ、残りの時間は自由。ただ仕事日はここを出ることはできない。緊急呼び出しに対応するために居場所を明確にしておく。届けさえ出せば良いらしい。貴族が多いので、厳密にはできない。
ノルマの仕事は調剤正面の掲示板に毎朝記入される。在庫の補充、指名依頼などを踏まえて、調剤長が仕事の振り分けをする、休暇や都合の悪いときは事務所に届けを出す。指名依頼を持てるようになれば給料が上がるらしい。リッツさんは指名依頼を数件持っているやり手のようだ。
「リンちゃんは新製品何件か持っているでしょ?」
「新製品?」
「君の髪の艶は、香油じゃないよね。美容関連に手を出してない?」
「以前の職場の人に頼まれて、作った物がありますが」
「登録した?」
「いいえ。お礼に作っただけだから・・・」
それからは、新規製品申請書の書き方を教わり、実物とともに出すよう勧められた。まだ職場にもなれていないうちに新製品の申請まで手を出したくないとリンはリッツに断りを入れた。
「リンちゃんは堅いね。ここは実力主義だから自分の力は惜しみなく出せば良いんだ。中途半端に出る杭は叩かれるけど突き抜ければ誰も文句が言えなくなる」
「そうかもしれないけど、わざわざ喧嘩売るのはどうかと思う。自分の力がこの組織の中でどの位かもわかっていないのに」
「調剤長が持ってきた薬剤を鑑定したのは僕だよ。君はここでも十分やっていける。まだ錬金窯を使いこなしていないのを加味しても十分だよ」
「他人の評価なんていらない。自分が納得した製品で、鑑定の値が正しい評価なんだと思う」
「君の考えが分かった。それじゃ既定の薬を作ってもらって、鑑定かけてランクA または Sならその製品を作ってもらうね。一通りこの箱に薬草、基剤、入れ物等は入っている。後ほど声を掛ける。頑張ってくれ」
そういってリッツは部屋から出て行った。わたしたちの会話は外には漏れていない。物珍しい新人を部屋の向こうから覗き込んでいる人がいる。面白がる者、蔑むもの、奇妙な者を見る者。リンに好意的な人はいない。ここで働くことは薬師を目指す者に高いステイタスを与える。
仕事ができる者はここに残る。自立するより研究が自由にできる環境がある。調剤材料を探す必要がない。ここに残る理由になる。ここで働いたという箔をつけて他所に転職する。婚姻を結ぶ。指名依頼から縁を繋ぐ。さらに運営側を目指すものもいる。
リンは知らない世界に迷い込んだ。でもやることは一緒。誰かの病を治す手助けをする。ゴンばーの心だ。両親がここで働いていたことは確かだ。何か痕跡があれば知りたいと思った。昨日の大奥様の言葉には孫を見る目はなかった。それより錬金窯を引き継いだことに驚いていた。きっと何か秘密があるかもしれない。時間はある。まずはランクA以上の仕事をしないとならない。
リンは部屋の備品を点検する。調剤道具の汚れや破損はないのか、研ぎの悪いナイフがないか、使う水を飲む。水は薬の基本。混じりけのない清水。飲むには味気ない。調剤には一番良い水。それ以上になれば聖水。普段使いには適さない。部屋の中はきれいに掃除されているが随分使われていない感じがする。まずは錬金窯の調子を見るために調和液を作る。魔力の流れがいい。錬金棒が木の杖のように軽い。出来上がった調和液はランク S。次に初級ポーション、中級ポーション、高級ポーション次々作る。まるで自分のための部屋であり道具だった。出来上がりはすべてランク S。
リンが驚いている以上にリッツの方がさらに驚いていた。この部屋は20年前から開かずの部屋だった。もちろん空いている。誰でも入ることができるのにこの部屋で調剤するとランク S が作れない。ついたあだ名が【薬師殺しの部屋】自分に自信のあるものが何人もこの部屋で調剤をした。得意な薬でさえ、この部屋でランク S を作れなかった。その理由は分からない。だから俺は調剤長がリンの部屋に指定したときは驚いた。
調剤長はこの子をダメにしたいのかと思った。ここでランク A 以下しかできない薬師などいらないからだ。それなのに流れるような調剤技術、薬草の選別に魔力の流し方、まだ錬金窯に慣れていないと言っていたのに。リッツは平民の薬師と、少しリンを甘く見ていた。調剤長フリッツが連れてきたのは他に理由があると思った。
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