ノアの旦那様は錬金釜を使ってお菓子を作っていた
リンは少しずつ『ノアさんの薬屋リンドウ』で、街の暮らしに慣れていった。家事炊事は生活魔法でさっさと片付ける。裏庭の畑には魔力の入った水を撒く。ノアさんから調剤の指導を受ける。さらに腕を上げ、中級の回復薬が作れるようになった。
お肌の保湿剤や手軽な手荒れ軟膏・膝や腰の痛みの軟膏なども作る。お店にも出すようになった。魔力のこもった薬草は、ランクアップを助けてくれた。
店番にも慣れた。近所のお得意さんや、行商の商人の顔も覚えた。日常に手軽に使える商品が店に並び始めた。
ある日台所の棚の奥から錬金釜を見つけた。
「ノアさん、これ、錬金釜ですよね」
「ああ、それね。夫が使っていたんだけど、私には使えなかったから仕舞ってあったの。それで作るクッキーや飴はとてもおいしいのよ。食べるだけで体力が少し回復する。夫は色々試したみたいだけどなかなか上手くいかなかったみたい。そうだわ、リンなら夫の書いたものが読めるかもしれないわね」
ノアさんはそう言いながら、奥の部屋に向かう。紙の束を持ってきた。
「夫はね。他の街で貴族の薬屋で勤めていたの。体調を崩してそこを辞めて私とこの店を始めたの。彼は、薬以外で薬効のある物を気軽に口にできる物が作りたかった。例えば飴やクッキー。それらを食べて、病気の予防ができないかと工夫していたの。
病気やケガしてから薬を使うのが当たり前だから、予防という概念はなかなか理解されなかった。一人で工夫していたわ。もしリンさんが興味があるなら 読んでみて、魔力が無いと読めないの」
少し寂しそうに 手渡してくれた。
ノアさんの旦那様は平民の魔力持ちだった。預かった紙の束は、何か書かれているのは分かるが読めない。魔力を流すとはっきりとした文章が現れた。日記のような研究記録だった。
薬師として普通に仕事をし始めてから、魔力のあることを知ったようだ。魔力を使って薬を作れないかと試すも 魔力を動かすところからしなければならない。さらに魔力量が少ない。希望と絶望に身を焦がしていたようだ。
旦那様は自分の使える魔力を効果的に使うことを模索するようになった。調剤錬金には、魔力量は大事だが、魔力操作が大切になる。貴族院に行けば魔力の扱いを学べる。平民の旦那様に手助けしてくれる人はいなかった。
試行錯誤して、お菓子に魔力を載せることで体力の回復を図れるクッキーが出来た。魔力量が少ないので、量産は出来なかったようだ。体調の悪い時に、薬の補助として食べてもらえたらと書かれていた。レピシも記載されているので試してみよう。
父は隠された部屋で錬金釜で日常的に魔法薬を作っていた。一般的に知られていない様だ。錬金釜はノアさんの大切なもの。旦那様の錬金釜をリンが使うことは出来なかった。リンは、父親の錬金釜を使うことにした。
旦那様の錬金釜は、台所の棚の奥からノアさんの部屋に引っ越しした。
まずは 普通でも作ることが出来るクッキーを試作することにした。
小麦粉と蜂蜜と油でクッキーの種を錬金釜で混ぜて練り合わせる。魔力を少しづつ練りこむ。魔力が通さなくなったら、魔力を止め取り出す。普通にオーブンで焼き上げる。魔力量が不安なので、オーブンを使うことにしたのだ。旦那様のレシピ通りだ。
「あぁぁ!この味、このサクサクと感じ。思い出したわ。リンさん、同じよ。夫と同じ味。食べたら体が軽くなった気がするわ」
声が震えている。作ってよかった。今度は飴に挑戦しよう。
旦那様のレシピで作られたお菓子は、子供が一個からでも買えるようにバラ売りもしている。のど飴は、風邪の初期用・咳に効く飴・鼻詰まりの飴など数種類再現した。
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