ゴンばーとの別れ
裏町で暮らして5年がたった。
拾われた時が5歳ぐらいなので、10歳になったことになる。ゴンばーはリンが5歳年を取って、さらにおばーになった。
最近は、寝込むこともある。リンが薬の調剤が出来るようになったので困ることはなかった。
雨降りがつづいた頃、スラムで流行り病が発生した。熱が出て、吐いて、下痢して、最後に干からびて死ぬ。
「裏町の人間が死んだら、おまんまの食い上げだ。流行り病には気をつけろ。
スラムの次は裏町、そして表の街に広がる。今からできることをしておけ」
布団の中でごんばーが言った。
竈に火をくべ水を沸かす。甘芋を塩をゆでして潰し、お湯と混ぜる。病人にたっぷり飲ませる。出る物が出るなら入れて行けばいい。
作り方は簡単なので、各家でも作ってもらう。食べるものは火を通す。汚れ物は、水飲み場と離れたとこで洗う。
あとは吐くだけ吐いて、便も出すだけ出したら、薬を少しづつ飲む。ゴンばーの助言と薬で、裏町の死人は少なかった。
ただ、日頃満足に食べてないので、さらに瘦せこけた人が増えた。
流行り病が落ち着いた頃、店に知らない男がやってきた。
「ここが、薬屋か? 小僧、店主は何処にいる」
綺麗な服を着ている人が声を荒げる。
「ゴンばーは今はいない」
「どこ行った。小僧は流行り病の薬の作り方知っているか?」
「知らない」
「今ある薬をよこせ」
リンは胸倉をつかまれた。流行り病に効く薬など元からない。
「そんな薬ない」
「嘘をつけ!下町だけ死人が少ない。お前の所のおかげだと聞いたぞ。薬を出せ」
「そんな薬な・・・・・・」
殴られた。小さい体は壁に飛んでいった。そのままリンは意識を失った。
「おい、気が付いたか?貴族に歯向かうな。子供を殴る方もどうだかと思うけどよ。壁に頭ぶつけてるから、しばらく安静にしてろよ。あぁ傷が出来てる。これでしばらく抑えておけ。
悪いが、この辺の薬貰っていくぞ。俺も逆らえないからな。それと奥のばーさんも殴られてるから見てやってくれ。貴族には気をつけろよ」
そう言ってガタガタと薬棚を開ける音がした。帰り際、お金を少しばかり投げっていった。
チャリンというお金の音と共に、頭の中で映像が動き出した。
5歳ぐらいの身ぎれいな女の子に「可愛いサファイア」と女の人が声を掛けていた。黒い髪の男性に抱かれている女の子は、「お父様と同じ お薬屋さんになる」と話しかけていた。
場面が変わって、楽しい馬車の旅が一転する。騒がしい人の声、転倒する馬車。母に抱きしめられたのち、馬車の椅子の下に押し込められた。
「静かにしているの。泣いてはダメよ。母様が声を掛けるまで、隠れているの」と言われた。
「おまえがいなければ、・・・」
「ロースト!俺を殺しても ・・の主にはなれない。わからないのか」
「死ね」叫ぶ声 争う音 暴れる馬の声 ・・・白昼夢のように
薬は持ち去られ、踏みつけられた薬草や道具はめちゃくちゃだった。思い出した暴力の記憶と今の理不尽な行為に何も考えられなかった。リンは、自分の震える体を自分で抱きしめるしかできなかった。頭の痛みで我に返った。
リンは頭の傷を押さえながら、血止めの薬草を探す。良く使うので薬草袋に入っていた。指で揉みつぶし、傷口に当ててしばらく抑えておく。これくらいの傷ならすぐ血は止まる。
ゴンばーの部屋に向かって、ゴンばーを呼ぶも返事がない。慌てて 部屋に走った。奥の部屋でゴンばーが倒れていた。息をしていない。店の騒動にゴンばーは気が付いて、布団から出た。そこにローストが来て、問い詰めたのだろう。
倒れているゴンばーの手の中にネックレスが握りしめられていた。馬車の中で母が見せてくれた母のネックレスだった。あの時母が、私を座席下に押し込むときに持たせてくれた物だった。
殴られた様子がない。もともと体調が悪かったのが重なった。着替えしか入ってない引き出しも荒らされていた。 リンは茫然としながらも、ゴンばーを布団に寝かせた。髪を梳いた。体は、毎日拭いていたので、きれいなままだ。散らかった部屋を片づける。苦労が多かっただろうゴンばーの顔は、皴が多かったけど優しい顔をしていた。
誤字脱字報告ありがとうございます