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私は変わらず君の煙草に火を灯す

作者: スミシー

私は今日も変わらず煙草に火を灯す。


私は今日も行きつけの大学の隅にある隠れた喫煙所に足を運ぶ。

その場所は、講義をサボ・・・・自主休講していたときに偶然発見して、人も全然来ないからお気に入りの場所だった。

だけど、今回は先客がいるみたいだ。

そのことに少しだけがっかりした。

だって、秘密基地みたいに思っていたのに、当たり前のように君は居座っていて、我ながら理不尽だと思うけどイラっとした。

ちらっとみた煙草の銘柄は、見たこともないやつだったから、スカしたやつだなって思った。

第一印象はそんなに良くなかった。

君もこの場所を気に入ったのか、喫煙所に行くといつもそこにいた。

私が先にいる場合もあれば君が先にいる場合もある。

ほとんど毎日顔を合わせているけど、話すことはなかった。

しかし、そんな無言の時間は、第一印象に反してなんだか心地よかった。

だから、君がライターを忘れたあの日、パチンコがいい感じにフィーバーして、気分が良くて、火を貸すぐらいはしてもいいって思った。


だから、あの日、私は君の煙草に火を灯した。


たったそれだけ。

それだけのことで、私たちは今までの無言の時間が嘘のように会話をするようになった。

といっても、話すのは煙草を吸い終わるまで、ほんの十分にも満たない短い時間。

話す内容は、まぁ、くだらない雑談ばっかり。

どの講義が楽だとか、あそこの居酒屋は安くてうまいとか、家事がめんどうくさいとか、この煙草が最高だとか、それはないとか、そんなよくある会話ばっかりだった。

だけど、私は、案外そんな時間が嫌いじゃなかった。だから、君にとってもこの時間が悪くなければいいなと、思う。


話すうちに、趣味が合わないと思った。

だけど、不思議とウマは合った。

君が好きなものは、ほとんど私にとってどうでもよいものばかりだった。だけど、少しだけ、好きなものが増えた。

まぁ、合わないものは合わないけど。

君から貰った煙草はやっぱり趣味じゃなくて、とても不味くて、むせてしまった。お返しに私の煙草を彼にあげると、彼もむせるもんだから、私は盛大に笑ってしまった。

あと、変なルールが出来た。

煙草の火は、お互いが付け合うという意味が分からないものだ。

最初は、君がお礼にと私の煙草に火を灯してくれて、じゃあ私もと火を灯し返し、それ以来、自分の番でやめてなるものかと変な意地を張ってしまったが故の産物だ。


そんな風に一緒の時間を過ごすこともあったけど、別に私と君は、友達と呼ばれるような関係ではなかった。

まして、恋人なんてありえない。だって、私と君は煙草を吸い終わるまでの短い関係なのだから。

・・・・・・・・・・・・・君の名前も君が死んで初めて知ったぐらいなのだから。


ある日を境に君はぱったりと喫煙所に姿を現さなくなった。

だからと言って、私に出来ることなんて何もない。

私は君の名前さえ知らないのだから。

そんなある日、声をかけられた。

ナンパかと適当にあしらっていると、彼は言うのだ。

聞きなれない名前とその人物が死んでしまったと。

理由は分からない。分からないけど、分かった。

喫煙所に来なくなったあの日、君は死んでいたのだと。


彼が私に声をかけたのは、喫煙所で君と話してる姿を見たかららしい。

確かに、滅多に人が来ないが、ゼロではない。見られることもあるだろう。

葬式の日時を教えてくれたが、行かなかった。

だって、私と君は名前さえ知らなかったんだから。

そんな薄く脆い関係性の私が葬式に行く理由はない。

それに君が死んだからといって、私の生活に変化があるわけではない。

もともと喫煙所だけの関係だ。変化しようもない。

・・・・・・ただ、自分で煙草に火を灯さないといけなくなったぐらいだ。


君が死んでそれなりに時も過ぎたが、私は変わらず、大学の隅にある喫煙所で煙草をふかす日々を送っている。

ある日、煙草を切らしてしまい、なんかないかと鞄を漁っていると、いつぞや君にもらった煙草が出てきた。

あの時以来、吸っていなかったその銘柄は、やっぱり不味くて思わずむせた。

なんとなく、煙の向こうから君の笑い声が聞こえた気がして、つい、私も笑ってしまった。

笑って、笑って、笑いすぎて、涙が出た。

・・・・・・・・いつもの時間、いつもの場所で、君の煙草をふかして私は笑いながら泣いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・趣味が悪いんだよ。ばーか」



君はいない

けれど

私は変わらず君の煙草に火を灯す。


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