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導入



導入



 少年の目に映る光景は、これまで彼が培ってきた常識の、遥か外にあるものだった。


地の抉りを残し、人影が霞む。遅れて地を蹴る音が耳に届く。

 次の瞬間、全く違う場所で、硬度の高いもの同士がぶつかり合うような、耳に障る音が響く。

 少年が音のした方へ視線を動かす。二つの人影が互いに持った剣で鍔迫り合いをしていた。


「落雷魔法、レベル4ッ!」


 さらに違う場所から、魔法の名称と思われる声が聞こえる。

 鍔迫り合いをしていた人影のうち、片方が再び霞む。瞬きをする間もなく、その場が激しく発光しながら爆発する。


 少年にとって、自身の両親が戦う姿を見るのは、これが初めてだった。


 見る、とはいっても、両親の動きを目で捉えることはできず、何の音かも分からない種類様々な轟音とともに、あちこちの地形が変わっていく様を見ていただけだった。


 比較対象は無かったが、この戦いが人間の領域を越えるものであると理解することができた。


 自身に影が落ちていることに気がつき、少年は上を見上げる。岩、と表現して良いほど大きさのある岩石が、少年に向かって飛んできていた。戦闘により抉られた大地はあらゆる場所へと降り注いでいる。


 少年は、自身へと向かってくる岩を見つめたまま、動こうとしない。黒い髪から覗く濃色(こきいろ)の瞳は少しばかりの恐れの色を含んでいるが、死が間近に迫っているそれではなかった。


 岩が砕け散る。時間にしてはそれほど長くない戦闘のうちに、少年にとっては何度も目にした光景だった。戦闘による二次的なもの、意図的に放たれたもの、そのことごとくが少年の一定の距離を隔てた先で砕け散り、一片の欠片さえ少年に触れることはなかった。


 さらに、少年の周囲は砂埃とともに風が吹き荒んでいるが、少年は風のひと撫ですら感じることはなかった。


 少年にはこの現象に心当たりがあった。


 少年の母親が、襲撃を受ける形で始まったこの戦闘の直前、少年に向かって魔法のようなものを唱え、

「カイト、多分これから戦いが始まるけど、大丈夫。そこから動かないでね。私達が守るから」

 少年の母親は、優しく微笑みかけ、襲撃者へと向かい合っていった。


 母親による不思議な力で、少年は守られていることを自覚していた。


 少年は、目を逸らすことなく、瞬きすら忘れて目の前の出来事を見ていた。

 常に笑顔で優しく、遠ざけるようにして戦いに関するもの一切を見せてこなかった両親だったが、この姿こそが本来のものであると、本能で理解した。


 両親の戦いを目の当たりにし、少年は、つい昨日の出来事を思い出していた——



 両親——父トイストフと、母シースが有名な冒険者だった、というのは、隣の家に住む同い年の子供から聞いた話だ。

 その子は、自分の両親から聞いたのだと言う。

 そのとき、そんな人が"こんなところ"にいるのはなぜか、と聞かれた。

 この村が、セカイでみると、東の端っこにある小さな国の、さらに端っこにある小さな村であることは、少年も知っていた。

 だが、そもそも両親が冒険者であったことを知らなかったため、質問に答えることができなかった。


「ねえ、二人は冒険者だったの?」


 少年はその日、家に帰った後、両親に尋ねた。

 トイストフは少し驚いた顔を見せた後、すぐにいつもの優しい顔に戻り、少年の頭に優しく手を乗せて答えた。


「ああ、そうだ。お前が祝齢を迎えたら話そうと思っていたが、一日早まってしまったな」


 祝齢とは、八歳の誕生日のことを指す。

 人間は八歳を迎えると、剣術、体術、鍛冶や裁縫といった"スキル"が覚えられるようになるらしい。

 スキルが使えるようになるのは、魂がこの世に完全に定着したためである、と言われていて、この歳を祝う意味を込めて祝齢と呼ばれている。


 スキルを覚えられるようになると、同時にスキルの適性を知ることが可能になる。

 スキルの適性は、"ステータス"と呼ばれる個人の能力値を視ることができる鑑定スキルを持つ者が確認できる。

 鑑定スキルは、適性のある者が限られるスキルだが、神職に就く者の適性が高いことが知られている。

 少年の住む村を持つ王国では、王城がある城下町の神殿に行けば確認が可能で、祝齢になった日に神殿に行くことを、少年はトイストフから教わっていた。


 少年は、隣の子供が言っていた内容を思い出しながら、尋ねる。


「すごかったの?」


「凄い、か……まあ、そうだな、自分で言うのもだが、そこそこ有名だったぞ」


「どうして、今はここにいるの?どうして、有名な冒険者なのに、畑仕事をしているの?」


 聞きたいことがたくさんあった。

 辺境の地に住む自分にとって、世界各地を巡ることができる冒険者は、物語の中の遠い存在であり、憧れだった。

 両親が有名な冒険者だった、というのはそれだけに大きな衝撃だった。


 トイストフは、優しく頭を撫でるのみで、その質問に答えることはなかった。

 少年はシースへと視線を動かすが、同様に答える様子はなかった。


 しかし、少年は、隠されたという負の感情は抱かなかった。

 頭から伝わる心地よい重みを感じることで、いつか、正しい時が来たら教えてくれると分かったからだ。


 その時が来たら、他の国や街の話を聞こう。適性があれば、剣や魔法を教えてもらおう。

 そう心に決めた——。



 一際大きな爆発音と突風に、少年の意識は目の前に集中する。

 立ちこめる砂煙が晴れると、片膝をついた人影が姿を現した。


 少年の暮らす村から王都へ向かう途中、突然空から攻撃を仕掛け、両親と戦っていた者。


 その者が背中に持つコウモリのような形をした翼は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどボロボロだった。

 全身に渡って大小様々な傷が無数にあり、特に、左腕は肩口から先を失い、腹部には大きな孔が空けられている。

 生物であれば、既に絶命していておかしくはないダメージを受けているが、雪のように白い髪の間から覗く紅い瞳は怒りの輝きを放ち、鋭い歯を見せながら粗く息を吐く様は、未だ生きていることを証明していた。


 ——"魔人"。


 初めて見るその姿だったが、少年はすぐに分かった。

 絵本に登場していた魔人と呼ばれる種族と、ぴったり、と表現していいほど特徴が一致していたからだ。


 魔王と勇者の物語では、魔人の中で一番強い者が魔王となる、と書かれていた。

 人間にとって、魔人とは、強大な力を持った悪の象徴なのである。


 物語に違わず、魔人は途轍もない力を持っていた。

 戦いの内容はほとんど分からなかったが、剣と魔法を同時に使い、体の傷は瞬時に癒えていた。

 これほどの存在に勝てる人間は、この世で父と母だけではないかと思えるほどだった。


「ふうー……、"超速再生"しないところをみると、魔力が切れたようだな」


 父は剣を構えたまま、額に浮かぶ汗を拭うことなく話す。


「はあ、はあ……ええ、私の眼からも、魔力の流れはほとんど見えないわ」


 母もまた、手を前にかざす姿勢を保ったまま答えるが、足がふらつく。


「魔力切れか……すまない、回復魔法を使わせ過ぎた」


「仕方ないわよ。相手が相手だもの」


「そうだ、な。さてと……」


 父は魔人に視線を戻す。

 片膝をついていた魔人は、その姿勢すらも保てなくなったのか、片手を地面に置いた。


「ぐ……、ちっ、ここまで、強いとは、な……げほッ」


「答えろ。何故俺たちを狙った?子供を執拗に狙いやがって、その時点で負けを認めてるようなものだろう。人間を劣等種と見下す魔人が、なぜそこまでする?」


 父は数歩前に踏み出し、威圧を込めて言葉を放つ。


「魔人が、人間を見つけたら、殺すのは、当たり前、だろう?ガキを狙ったのは、劣等種のくせに、生意気なお前らの、歪んだ顔が見たかったからに、決まっているだろ」


「誤魔化すな。魔人は自分本位だ。死の危険が近づいたら、逃げを選択するはずだ。しかもお前の強さ——魔人の中でも比較的上位の存在だろう。何の目的もなくここに来るなど有り得ない」


「ふっ、魔人を、殺しまくったあんたらが、狙われる理由に、心当たりがありません、とでも、言うつもりか? なあ? S級冒険者サマ?」


 呼吸が浅いのか、魔人の言葉は短く途切れる。


「……」


 魔人の言葉に一瞬考える様子を見せるが、トイストフは再び口を開く。


「誰かの指示か? それとも、個人の考えで来たのか?」


 魔人は口から赤黒い血を零しながら、短く笑って答える。


「は、は……答えるわけ、ねえだろ」


「……シース、催眠魔法はこいつに効くか?」


「残念だけど、魔人のレベルが高いから、無理ね」


「……そうか。これ以上の情報は得られそうにない、か」


 トイストフは剣を構え直し、魔人へと歩み寄る。これから何をするか——少年でも分かった。


「……ちっ、ここまでか」


魔人も分かったのだろう。舌を口の中で鳴らした。


 トイストフは魔人にのみ聞こえる小さな声で、

「カイトが危険に晒された俺たちの怒り、その命を以って受けろ」


 少年の目には追えない速度で腕が振られ、魔人の首が飛ぶ。

 少年は顔を背け、目を瞑る。何かが地面に落ちる音。続くように、何かが地面に倒れるような音。視界を遮断した分、不快な音が、耳にまとわりつくように、はっきりと聞こえた。


 トイストフは剣を振って血を払い、少年の方を見る。


「カイト。怪我はないな?」


そうか、終わったんだ、と、少年は思った。


「うん、だいじょうーー」


「ははは、はは、ははは!」


 突如、大きな笑い声が響く。

笑い声の主は、少年にもすぐ分かった。同じ声を、つい先ほどまで耳にしていたからだ。

少年は父親から視線を外し、笑い声する方へ向ける。

 人間に近い姿をしているため、胴のない首が笑い声を上げる様は、とてもおぞましい光景だった。


「くくく、お前らの絶望した顔が見れねえのは残念だ。死ぬほどにな。まあ、こうなっちまったら仕方ねえ」


「お前、何をーー」


 トイストフはなにかを感じ、ピクリと体を反応させるが、事態はもう動き出していた。


「だから、先に言っておくぜ——ざまあみろ」


 直後、魔人の首が弾け、弾けた場所を中心に幾何学模様が光を放ちながら浮かび上がる。

 その範囲は広く、ある程度の距離があった少年の足元にまで及んでいた。


「ぐッ、動けん……、まずいッ、強制転移魔法か! シース、動けるか!?」


「だめッ、解除も抵抗もできない! 魔法が強力すぎる!」


 少年も身を捩ってみるが、足が地面にぴったりとくっついて動かせない。

 靴が地面から浮かない。足が靴から浮かない。


「ちくしょう、どこへ飛ばすつもりだ……。カイト、心配するな。どこか別の場所に移動するが、死ぬわけじゃない。俺たちが必ず守る——」


 幾何学模様の放つ光が強くなり、目を開けられないほどの光に包まれた。



 薄く目を開いただけで目が痛むような激しい光の中で、瞬間的に浮遊感を感じたのち、足が地面を捉える感覚と、瞼の先にあった光が消失した感覚を同時に認識する。


 少年はゆっくりと目を開ける。瞳に残る光の影響により白んでいた景色は、徐々に色を帯びていく。


 そこは、"紫"の世界だった。


 地面から生える無数の草、雑然と立つ木々。

 それが緑で彩られた景色ならば、少年も慣れ親しんできた、どこにでもある森の中という印象だっただろう。

 しかし、草や木の葉、幹に至るまで、眼に映るもの全てが紫色をしていた。


 魔人の襲来、両親の戦い、そして見知らぬ紫の世界。

 短時間のうちにさまざまなことがあり、呆けていた少年だったが、少しして思考が定まると、慌てて両親の姿を探す。


 両親の姿はすぐに捉えることができた。

 トイストフは少年のすぐ後方、シースは、魔人により転移させられる直前と同じ位置にいた。


 とりあえず、両親の姿を見つけてほっとする少年だったが、すぐに両親の表情が厳しいことに気がつく。


「シース……ここがどこか、分かるか?」


「自分が言いたくない言葉を、私に言わせるのはやめてちょうだい」


 言葉だけならば、普段からよく聞く両親の冗談めかした会話のようだが、発せられた声色からはとてもそうは聞こえなかった。


「まさか、魔境ーーよりにもよってここに飛ばされるとはな……。超高位の時空魔法なら、魔境にも干渉出来るのか?

いや、それよりも、シース、ボスの気配が感じられないが、そっちはどうだ?」


「魔素の濃さが尋常ではないけれど、魔境主の魔力反応はないわ」


「そうか。しかし、この魔素の濃さ……」


 口ぶりからすると、両親はこの場所を知っているのだろうか。


「父さん……母さん……」


 少年は例えようのない不安を感じ、両親に呼びかける。振り向いた両親の表情を見て、不安は大きさを増すばかりだった。


 魔人に襲われた時でさえ、少年へ向け大丈夫と微笑みかけた両親が、なぜ、そんな表情をするのか。

 ここは、魔人に襲われる以上に危険なところなのか。


 様々な思考から来る負の感情が、少年の心に影を落とす。

 目頭が熱くなり、視界が歪む。


 今にも泣き出しそうなとき、ふいに人の体温が近づく感覚ののち、包み込まれる安心感を得る。


 シースが少年を抱きしめていた。


「カイト、あなたは強い子ね。あなた、カイトは今、何も知らないという恐怖と戦っているわ」


「そうだな。一番怖いのは、カイトだろうな」


 トイストフは少年に歩み寄り、少年の黒髪に優しく手を乗せる。トイストフが息子に大切なことを話すときは、いつもこうすることを、少年は知っていた。


「カイト。父さんと母さんがしてきたことに、お前を巻き込んでしまった。本当にすまない。今がどういう状況か、それを教える。少し長く、難しい話になるが、聞いてくれるか」


 少年は無言で頷く。涙は瞼の裏に仕舞い、流すことはなかった。


「いい子だ。さて……、ここに来る前、俺たちを襲ってきたやつは魔人という種族だ。お前の読んでいた絵本にも出てきただろう」


 少年は頷き、次の言葉を待つ。


「空気中に含まれる魔素が集まって結晶化した時、それをコアにして魔物が生まれる。大抵は獣と同じような姿をしているが、ごくごく稀にある、超高密度な結晶ができたときに生まれる人に近い姿をした魔物が、魔人と呼ばれる。魔人の共通して言えることは、領土の感覚があって、戦いを好むこと。知能が高く、人と同じ言語を使うこと。後はとても強いことだ」


 両親は普段とても優しかったが、知識に関してはとても厳しく指導された。ここまでは、少年も知っていることだった。


「父さんと母さんが冒険者をやっていた間も、魔人が人の街を攻め入ってくることがあった。街は滅びるか、撃退したとしても大きな被害は避けられないほどに、魔人は強いんだ。そうならないように、父さんと母さんは魔人を相手に戦ってきた。いつのまにか、魔人討伐の依頼ばかりを受けるようになっていたな」


「ええ、そうね」


 魔人と戦える人が少ないから、父と母に依頼が集中したのだろう。


「まあ、そんな感じで冒険者をやっていたんだが、カイトを授かり、冒険者を辞めたんだ。魔人の討伐に関しては、受けられる人も少なく、思うところもあったが、全く居ないわけではないし、自分で言うのもなんだが、いつ始めていつ終わるのも自由なのが冒険者ってやつだ」


 シースが言葉を繋ぐ。


「その代わり、依頼中に事故が起きても誰も責任は取ってくれないし、動けなくなったら全く収入が無くなるの。自由な反面、自分のことは全て自分が責任を持たなくちゃいけない、シビアな世界よ」


 父と母の言うことが間違っているとは思っていない。それでも、人々から重要な冒険者を奪ってしまったという思いが、少年の胸をチクリと痛めた。


「魔人たちの間でも、名が知れ渡っているという自覚はあった。だから消息を絶ち、辺境の村へ移り住んだ。ゲヘナの村は魔人の領地からも遠く、攻め落とすメリットは皆無だ。魔人に襲われるはずは無かった。だが、襲われた。なぜ場所が分かったのか、なぜ遠い距離を移動してまでわざわざ俺たちを狙ったのか、それは分からない」


「父さんと母さんが、たくさん魔人を倒したから、じゃないの?」


「うーん、確かに、さっき襲ってきた魔人の言う心当たりは、そのことを指していた。けど、それは本当のことを隠すために言っていたと思う。魔人は、種族としての執着がほとんどないと言っていい。まあ、仲間意識が無いということだ。だから、他の魔人がやられたから復讐に来るということは、考えにくいんだ。実際に多くの魔人を見てきたが、複数人で協力するやつはいなかったし、自分が全てって感じのやつらだった」


 だから、襲ってきた理由は他にあると父は考えているのだろう。だが、その理由までは分からないようだった。


「次の話は……言い訳っぽく聞こえるかもしれないが、ここに飛ばされたさっきの魔法、あれは強制転移魔法といって、任意の物や生物を任意の場所へ強制的に転移させる高等魔法だ」


 少年は先ほどの幾何学模様を思い浮かべる。少年にとっては魔法というものを初めて見た瞬間だった。


「あれが使える魔人を見るのは初めてだったが、それでも、母さんであれば無効化できるはずだった。だが、魔人は魔法に条件をかけて発動させた。魔法は条件をつけることで、発動したときに本来の効果より高めることができる。スキルにも似たようなものがあるにはあるが……。さておき、さっきの魔人は、自分の死を条件に、魔法を発動させたんだ。自分が全てであるはずの魔人が、あらかじめ自らの死を条件に魔法を準備しているとは、考えていなかった。死は、条件の中で最も厳しい。母さんでも無効化できないほどの魔法になってしまったんだ」


「魔人たちに、何か変化が起きたのかもしれないわ」


「そうだな……。引退している身ではあるが、戻ったら然るべきところに報告をした方が良さそうだな」


 トイストフは頷き、改めて、といった様子で少年に向き直る。


「そしてもう一つ、話しておかなければならない。ここは、さっきいた場所からはかなり遠いーーモルス・イスラという島で、エデンとも呼ばれている。

カイトは聞いたことあるか?」


 少年は、首を横に振る。


「村では知っている人は少ないだろうから、聞いたことはないか。ここは島ごとダンジョンなんだ。毒王イズンというボスが、一年に一度、少しだけ現れて、島にいる生物を全て食い尽くして、消えるんだ。そういった島の生態系から、人によっては、島自体が毒王イズンだって言う人もいる」


 魔境は少年も聞いたことがあった。魔物が発生するほど魔素が濃いエリアのことだ。魔境には、魔境主——通称ボスと呼ばれる、エリアを象徴する強力な個体が必ず存在する。

 ボスは、時に魔人以上の強さを持つとも言われ、小さく高密度の魔石を持つ魔人と比べ、非常に大きな魔石と身体を持つのが特徴である。


「ここは、毒王イズンの影響を強く受けて、島全体が毒に侵されているの。草も、土も、川の水も、紫色なのは毒性を持っているからよ。触れる程度なら大丈夫だけど、口に含むと数時間で死んでしまう強い毒だから、島のものは絶対に口に入れちゃだめ。それと、どこかに引っ掛けたりして怪我をしたときもそこから毒が入るわ。むやみに触らないようにして、もし怪我したらすぐに言うこと。いいわね?」


「…………うん」


 少年は緊張した面持ちで、頷く。

 状況が良くないことを、少年は理解した。それでも、何もわからない恐怖に怯える状態よりは、遥かに良かった。


「拠点と水、食べ物を何とかしないとな……。とりあえず、現状は話した。まあ、カイト、心配するな。少し遠回りになったが、すぐに戻れる。そうだな、戻ったら王都で何か一つ、好きなものを買ってやろう。小さい国とはいえ王都だから、村とは比べものにならないほど色々なものがあるぞ。向こうで悩んでもいいが、今からでも少し考えておけよ?」


 トイストフの言葉に、少年は少し、笑顔を見せる。

 トイストフとシースは顔を見合わせ、安堵の表情とともに一つ頷き合った。


 現在地がエデンであると分かった時点で、一刻の猶予も待たずに行動することが最善である。

 しかし、それは熟練の冒険者のみで構成された集団であり、齢10に満たないような子がこの場にいない場合に限られる。

 心身ともに両親から大きく劣るカイトの状態が、これからの行動に大きな影響を及ぼす。

 初動が遅れるという、危険を冒したとしても、カイトに状況を説明し、落ち着かせる必要があった。


「よし、これからのことは移動しながら話そう。島が魔境だとすると、海まで出れば水や魚も手に入るし、転移魔法も発動するはずだ。現在位置が分からんが、とりあえず海岸まで移動するぞ」


「そうね。カイト、歩ける?」


「だいじょうぶ」


 差し出されたシースの手を、少年は握る。温かく、柔らかな感覚に、少年は島に来て初めて、息を吐く感覚を自覚した。





 移動を始めてすぐ、大きな岩が少年の視界に入ってきた。下の岩に支えられ、大きく張り出している。それによって作られる影に存在する苔生した小礫が、長い時を感じさせる。


「三人で雨風を凌ぐにはいい場所だな。だが、海までの距離がまだ分からん……。とりあえず場所を覚えておいて、海を目指そう」


 トイストフの言葉で、少年は岩を横目に通り過ぎる。


 しばらく、会話をしながら歩を進める。

 時折、魔物がすぐ近くを通り過ぎていく。足が三本ある、烏のような鳥や、紫色のスライムなど、種類は様々だが、共通して、少年の体を裕に超える大きさをしている。


 シースの隠密魔法により、声や足音を含め、存在が魔物には認識出来なくなっているらしく、攻撃して来ることはない。魔物のレベルは20前後で、レベル差から、察知されることは無いと母から言われたが、少年自身のレベルは1であり、絶望的な差がある。魔物のすぐ側を通り過ぎる時は自然と足音を抑え、呼吸が浅くなる。生きた心地はしなかった。


「シース。魔素薬はあといくつある?」


「この島に飛ばされた時にすぐ飲んだから、あと三つね」


「そうか。やはり残りは使わないことを前提に動いた方がいいな。このまま、避けられる戦闘は避けよう。不幸中の幸いと言うべきか、この島の魔素は濃い。自然回復もそれなりに早いだろう」


 魔素溜まりから生まれる魔物はもちろんだが、人間も生命の維持に微量の魔素を消費し、大気中の魔素を呼吸によって取り込んで生きている。

 人によって体内に保有出来る魔素量に差はあるが、生命の維持に必要な魔素はごく微量であり、魔素の無い環境下に置かれない限り、保有量の上限値の差による生命維持にあたっての能力差は無い。

 だが、魔法を使う場合は体内の魔素を多く消費して発動されるため、上限値が魔法使いとしての能力に大きく依存する。

 呼吸による魔素の摂取は多くないため、魔法を短時間で何度も使う場合は、魔素薬と呼ばれる魔素を凝縮した経口薬を飲むことで体内の魔素を回復させている。


 魔素薬の話題になる少し前、少年は能力水準のことを両親から聞いていた。

 生物にはレベルと呼ばれる能力の水準値があり、この値が生物としての存在の格を決めるという。

 両親のレベルは、この島の魔物の倍ほどあるらしい。

 魔物を倒すことは難しくないのだろう。

 しかし、戦闘には魔素を多く使用する。節約しなければならないということは、少年にも理解できた。


「お父さんとお母さんは、ここに来たことがあるの?」


 少年の問いかけに答えたのはトイストフだった。


「いや、ないぞ。まあ……、この島は有名だからな。今までカイトに教えた程度の知識は、冒険者であれば誰でも知っていることだ」


「イズンってやつは、いつ出てくるの?」


「……分からない。いつ現れていつ消えるのかは、長い観測から解明されているとは思うが」


「調べれば分かったと思うけれど、私たちはここに来るつもりが無かったから、そこまでは調べなかったのよね」


「現れると面倒くさいから、島の脱出方法を早く見つけないとな」


 魔人が使ったような転移系の魔法は、シースも使えるが、魔境内では魔素が濃いため発動が阻害される。さらに、転移魔法は最上位魔法に位置付けられ、シースであっても長い集中時間を必要とする。バッドステータス・エデン脱出の鍵はシースの転移魔法をどうやって発動させるかである。具体的には、海上でシースが魔法のみに集中できるようにする必要があった。


 ふいに、陽の日差しを強く感じた。枝葉が頭上を覆うこれまでの道中から、立木のない、拓けた場所に出たためだ。拓けたとは言っても少年の足でも走れば10秒ほどで横切れてしまうほどの広さであるが、紫色の地面が綺麗な円を描き、その範囲には立木も、草一本すら生えていない。明らかに異質な場所だった。


「ここはーー」


 トイストフが何かを口にしかけた直後、少年の体を風が撫でる。


 突如覚えた不快な感覚に、少年は身震いを起こす。


 強くはない風だ。だが、この島特有のものなのか、温く湿った、澱んだものを運んで来ているように感じる。歩けば少し汗ばむような今の気温ならば、本来心地よいはずの風が、とても不快だった。例えるならば、巨大な舌で全身を舐められたような、気持ちの悪さだった。


 澱んだ風は、拓けた場所の中央に集まっているように感じる。


トイストフが体を強張らせる。


「魔素溜まり……魔物が発生する前兆だ。くそッ、この濃さ、間違いない、ボスだ」


「魔人……やっぱりここまで計算していたのね」


 眉間に皺を寄せ、シースが呟く。


 淀みを含んだ風が抜けていく先に、少年は視線を向ける。そこには、少年の頭ほどの大きさの、宝石のような綺麗な石が浮かんでいた。先ほどまで、何もなかった中空に、それは突然現れた。


「信じられないくらいデカい魔石だな! シース!」


「ッ、表示魔法!」


 トイストフの呼びかけに応え、シースが魔法を唱える。魔石を見据えるシースの右目から、小さな魔法陣が展開される。


「だめ、レベルもスキルも出ない!」


「シースの表示魔法でレベルすら出ないことなんて、魔人が相手でも無かったんだがな……。隠密魔法も効かないだろう。海まで走って逃げるか?」


「転移魔法が使えないんじゃ、まず追いつかれるわ。それに、7日間も海で浮かんでいられる?」


 トイストフは一瞬カイトに視線を向ける。


「やるしかない、か。シース、浄化魔法を」


 シースが魔法を唱え、三人それぞれの周囲に、淡く光る膜が展開される。


「いいかカイト、よく聞けよ。あの魔石の場所にさっき話したイズンが現れる。父さんと母さんはここでイズンを倒す。激しい戦いになるだろう。ここは危険だーーさっき岩が屋根みたいになっているところがあったな? カイトはそこまで走って、隠れていろ」


「この島はすぐに毒の霧で覆われるけど、あなたの周りにあるこの膜が空気を浄化してくれるわ。でも、物までは浄化できないから、この島のものは口に入れちゃだめよ、分かった?」


 視線のみを外し、綺麗な石ーー魔石を見る。魔石を取り巻く風が、色を含み、形を成し、地面に影を落とし始めている。まもなく、そこに何かが現れる。確信めいた予感を、少年は抱く。


 少年は数回、頭を縦に降る。


「いい子ね」


 シースは、優しく少年を抱きしめる。


「すぐ行くから、待っててね」


 シースは、少年から体を離す。


「走れッ!」


 トイストフの号令で、少年は両親に背を向け、走り出す。


 一度、一瞬だけ振り返ると、剣と杖をそれぞれ構える父と母の後ろ姿、そして、とぐろを巻き、鎌首をもたげる、平たい形状の頭部が特徴的な、巨大な蛇が見えた。





 大きく張り出した岩場の影。酷く衰弱した様子で、少年は、膝を抱えて座り込んでいた。岩場に隠れた直後に辺りを埋め尽くした薄い紫色の霧は、高く昇っていた太陽が沈み、夜が明ける頃には晴れていた。ほぼ同時に、少年を覆っていた膜も無くなった。


 遠く聞こえていた戦闘のものと思われる音も止み、この時点で、少年は戦いが終わったことを予感していた。しかし、この場において絶対である両親の言付けを守り、迎えを待ち続けた。そうして、さらに二回の夜を過ごした。


 お腹が空いた。そして、喉が渇いた。


 ほとんど寝ていないため、眠気も時折やってくるが、緊張、不安、空腹や喉の渇きが強すぎて、まともに寝ることもできない。


 何でもいいから、何か飲みたい。側を流れる川の音が、波のように押し寄せる欲望を刺激する。飲んだら死ぬと言い聞かせ、川がいかにもな紫色をしていたこともあり、何とか堪えてきたが、限界を感じていた。人が飲まず食わずでどれほど生きられるかは分からないが、死ぬ瞬間が近いことを、体で感じていた。


 少年は、体をふらつかせながら、何とか立ちあがる。


 さすがに、父と母が来るまでに時間がかかり過ぎている。平時であれば、水や食べ物がない状態で自分をここまで一人にしておくことは考えられない。自分が隠れる場所を間違えているのかも知れないという不安を、ずっと抱えていた。


 両親といるときに見かけた魔物と出くわしたら、一巻の終わりである。それでも、これ以上待ち続けるのも限界だった。


 意識が朦朧とする中、何とか歩を進めていく。手掛かりがない状態で、少年が向かえるのは、両親と別れた場所だった。幸い、その場所への目印は幾らでもあった。戦いの痕跡が激しい方へ向かえば良いのだ。


 鬱蒼としていた木々が、もはや立っている本数の方が少なくなっている。ここまで来ても、魔人と戦った時のような戦闘の音は聞こえない。父と母はどこへ行ったのだろうか。やはり、戦い終えて、隠れ場所を間違えた自分を探しているのだろうか。


 頭痛が酷い。歩いたせいで体力を消耗したのだろう。じっとしていた方がまだしばらく耐えられたのではないかと、少年は後悔し始めていた。仮に間違えていたとしても、ここまで地形が変わっていると、本当の隠れ場所を思い出すことは困難だ。


 少年が辺りを見回していると、ふと白い塊が目に入る。よく見ると綺麗な白ではなく薄汚れているが、紫色で埋め尽くされた世界で、その白はとても際立っていた。


 なんだろう、あれは。


 ぼやける思考で、少年は考える。まるで、白い服の人が倒れているみたいだ。そう、まるで母みたいな人が……。


 ぼやけていた思考が弾け、言葉にならない感情が奔流となって押し寄せる。


「おかあ、さ……ッ」


 逸る気持ちに体が追いつかず、前につんのめって倒れる。そのまま体を引きずりながら、その場へ向かう。


 変わり果てているが、見紛うことはない、母親だった。見える範囲の肌全てを覆う紫色の斑点が、最悪の結果を少年に叩きつける。


「あ、あ、あぁ……」


 水分を失った喉から、掠れた声が小さく漏れる。


 近くには、父親の姿もあった。父親は体の損傷がかなり激しく、肌の色は完全に紫となり、地面の色と同化していた。しっかりと握られた剣は半分ほどの長さで折れてしまっている。


 折れた剣の先には、少年の頭ほどの大きさの石が半分に砕かれていた。


「おとう、さん……」


 三日間。ひたすら両親を待ち続けた。

 動くことも、食べることも、飲むこともしなかった。加えて、緊張、不安、孤独感から眠ることもほとんどできなかった。

 何もせず、ただ起きて、待つ。考える時間は永遠に感じられるほど長かった。

 その中で、何度も描いては掻き消した、最悪の結末。突然この光景を目の当たりにしたならば、少年もすぐには受け入れられなかっただろう。

 だが、長かった一人の時間と、自らの体も"そこ"に近付いている中で、この光景が示すものをすぐに理解できてしまった。


「死んじゃった……」


 両親は死んでしまった。イズンというやつを倒すことと引き換えに。


 この世に一人ぼっち、という思いが少年を支配する。こんな時、どうすれば良いのか。教えてくれる両親は、もういない。


 もはや、少年には生きる術も意思も無かった。どうせ自分も直に死ぬだろう。死ぬのは怖いが、孤独感から解放され、両親の元へ行けると思えば、早く死にたいとすら思った。


 体が乾ききっていた所為だろうか、涙は出なかった。


 最期は、せめて二人の元で。

 そう思い、力を振り絞って母を父のもとへ運ぼうとする。


 そこで、母の体勢が不自然なことに気付く。

 腕は前に伸ばされ、体を引きずった形跡がある。



——それは、少年が隠れていた方向だった。



 現実に絶望し、死を願った気持ちが、母の姿を見て激しくかき混ぜられる。


「ゔッ」


 精神の不安定さが酷い吐き気をもたらし、カイトは膝をつく。

 身体は、胃から何かを吐き出そうと動きを繰り返すが、胃の中に消化を控えるものは何もなく、胃酸が少し、口から零れ落ちるだけだった。


 吐き気が収まり、大きくひと呼吸したとき、死を願う気持ちは完全に消失していた。


 あの、巨大な蛇。

 生存本能を直接揺さぶるような、この世のものとは思えない化け物が生まれたこの島で、自分はまだ、生きている。


 それは、何故だ。


 決まっている。


 両親が、守ってくれたからだ。


 両親が守ったものを、自ら放棄するなど、あってはならなかった。



『カイト、生きて』


『カイト、生きろ』



 声が聞こえた気がした。


 耳からではなく、頭に響く感覚から、現実のものではないと少年は分かった。だが、はっきりと、確かに聞こえた。


 幻聴でも良かった。どうすればいいのか、もう聞けないと思ったその問いの答えが、分かったのだから。


 血液の流れを感じる。冷え切っていた身体が、熱を帯びていく。

 拳を握り、掠れた声で、叫んだ。







「生きる……!」







 少年は誓う。この命を、死ぬまで、生きるために使うことを。


 最後の一呼吸まで、生を諦めないことを。


 それは、少年が己の魂に刻んだ誓約だった。


 そして、自分を、両親を、こんな目に合わせた運命、全てにいつか、必ず復讐する。


 血走った眼で、少年は辺りを見回す。


 極限まで高められた脱力感を気力でねじ伏せ、少年は側を流れる川へと向かう。川を流れる淡い紫色の水に、少年は口をつけた。


 この日、セカイが畏れを抱く状態異常の楽園で、1匹の鼠が生まれた。

 その鼠は、不格好に這いつくばり、淀みを啜り、泥に塗れ、醜く生きた。

 どれだけ醜かろうが、鼠は生きることを諦めない。自らの生命に危害を及ぼすものには、それが何であろうと噛み付くのだ。

 それが、このセカイの条理だったとしても。





 時は少し遡り、トイストフとシースがイズンと相討ちをした頃。

 バッドステータス・エデン近海に二隻の船が浮かんでいた。


「どうした?何かあったのか?」


 その内の一隻の上で、白い帽子を被った男が、一人の船員に声をかけていた。

 白い帽子には細かい意匠の紋章が入っており、他の船員と比べると位の高いことが分かる。


 白帽の男に声をかけられた船員は、額に汗を浮かべ、只事ではない様子で、答える。


「い、イズンの反応が、消失しました……」


 白帽の男は目を見開く。


「なんだと……?」


 他の船員も互いに顔を見合わせ、驚愕の表情を浮かべる。

 信じられない、と口々に呟いた後、白帽の男に視線を集める。


 船員の動揺を感じ取り、自身の動揺を責任感で胸の内に押し留め、報告をしてきた船員に尋ねる。


「間違いないのか?」


「はい、念のため何度か索敵魔法を発動させましたが……イズンと思われる大きな魔物の反応が確認できませんでした。エデンにいるその他の魔物は探知できているので、魔法の不発ということはありません」


「……そうか」


 白帽の男は神妙に頷き、船員を見渡す。


「今の話、聞いたな。イズンが消えたのか、イズンが索敵魔法をかいくぐる術を身に付けたのかは分からないが、ともかく、王都へ至急報告せねばなるまい。二号船を向かわせる。合図を送り、二号船へ近付け。本船は二号船から物資を受け取り、このまま監視を続行する!」


 白帽の男の指示により、船員たちは目の色を戻し、慌ただしげに動き出す。


「あの島で、何が起きているのか……」


 船員が動き出すのを見届けた後、白帽の男は、呟いた。





 果実が枝を離れ、鈍い音を立てて地を叩く。

 鈍い音は、果実が相当量の重さを有している証であり、重さとはつまり、水分を多分に含んでいるということである。

 そんな地に落ちたばかりのみずみずしい果実はしかし、人々の食欲を根こそぎ奪うような、妖しい紫色をしていた。


 このような色の果実は、人々の市場には決して出回ることがない。

 人が食べれば、どれほど頑強な戦士でも、数秒で全身に毒が回り、激痛により行動不能へ追い込まれるからである。


 しかし、この果実を食べる生物もいる。体内に毒を持つ、所謂、毒属性に分類される魔物だ。

 黒色の躯に三本足の鳥型の魔物が降り立ち、地に転がる果実を足で掴む。

 鳥型の魔物は、硬く、鋭い嘴を上げ、紫色の葉をした木を見る。枝からは、まだいくつもの果実がぶら下がっている。

 その内の1つに狙いを定め、飛び立とうとした瞬間——魔物の首が飛んだ。


 背後の茂みから一人、子供と大人のちょうど狭間といった見た目の男が現れる。


「毒林檎を取りに来ただけだったけど、毒烏もいた……ラッキー」


 男は林檎を数個もぎ取り、持参した歪な形の籠に入れた後、毒烏と呼ぶ魔物の足を掴み逆さにする。

 魔物の首からは、原色に近い青色の血が滴っている。


「今日の夕食は麻痺葱と毒烏の鍋で決まり、だね」


 男は鼻歌を歌いながら、もぎ取ったばかりの果実を1つ手に取り、躊躇うことなく齧り付いた。

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