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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第一集「夢破れた少年」
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第四節「観察するは我にあり」

 すぐに調査を始めたいところだったが、実際に動き始めたのは俺達が蛍に依頼した翌日のことだった。

 彼曰く「今日の放課後はダメだ。何事にも下調べというものは大事だからね」らしい。彼がいなければ話は進まない。下調べとやらにも参加したいと申し出たが、蛍は「それはじゃまだなぁ」の一言で断固拒否の姿勢を示していた。

 俺達はおとなしく図書準備室を後にし、その日を何事もなく過ごした。


 蛍の希望により、調査は放課後から。尚且つ、同行者は被害者である俺のみ。美香の同行は許されなかった。彼曰く「じゃま」の一言である。


 かくして放課後。昨日ぶりに図書準備室に赴くことになる。

「やぁ夏目君。待ってたよ。待ちくたびれて本一冊読み終えちゃった。やっぱりこのまま読書にふけっていたいのだけど、だめかなぁ」

「はいはい。早く行こうよ」

 会ってまだ二日しかたっていないが、なんとなく彼のあしらい方が分かってきた気がする。

 蛍は窓枠から降り、痛そうに腰をさすっていた。腰が痛くなるならなぜ窓枠なんかに腰を掛けるのか。椅子を使え。

 あくびをしている蛍と共に、自らに起きた災難の調査に乗り出した。


     〇

 

 俺たちが最初に訪れたのは懸垂幕が落ちた現場。当時、俺が美香を待っていた昇降口前のベンチ周辺だ。


「なるほど、ここで夏目君は神崎さんを待っていたわけだね。ちなみにここ以外で神崎さんと待ち合わせをしたことはあるかな?」

「いや、ここ以外では待ち合わせたことはないな」

 蛍は「なるほど」とつぶやきながら、ベンチをまじまじと観察していた。木材と鉄で出来た無駄にオシャレなベンチ。学校にあるベンチというと、安っぽいプラスチックで出来た古いベンチというイメージがある。昨年まではここのベンチもその安っぽいベンチだったが、欲を抑えきれない男子生徒達の暴走により座面部分が真っ二つにされた。このベンチは、なんでも新しくしたいというこれまた欲にかられた校長が選んだものだ。


 しかし「校長先生の購入したベンチ」というレッテルは強烈(きょうれつ)だったらしく、壊したらやばいというイメージがあるのか使う生徒は少ない。待ち合わせには最適だった。。

 

 いつのまにか蛍はベンチを観察することをやめ、手をおでこにかざして屋上を眺めていた。


 屋上からはあの日落ちた懸垂幕とは別にもう1本「女子テニス部関東大会出場!」と書かれた懸垂幕が屋上の手すりと校舎3階の手すりにロープで固定されている。

 屋上で見た人影。あれはいったい何だったのか。痛みで見た幻だったのか。それともそこに実際にいたのか。もし、本当にあそこに人がいたのなら、その人間が懸垂幕を落とした可能性がある。

 蛍は、しかめっ面で屋上を睨んでいた。

「すごい顔になっているぞ神野君」

「まぶしくてね。君もすごい顔だよ夏目君」

 蛍に言われて、俺は自分が険悪(けんあく)な表情になっていたことに気づく。

 色々なことに気を取られすぎて気にしていなかったが、俺もいつの間にか眉間(みけん)にしわを寄せ苦い顔をしていたようだ。眉間のしわを右手のひとさし指と中指で伸ばす。あの日のことを思い出すといつもこうなる。やりすぎるとしわになるのでほどほどにしなければ。

「さーて、次いこ次」

 蛍はくるっと(きびす)を返し歩き出す。俺達は次の現場へと向かうのだった。


     〇


「意外とうちの校舎ってたっかいねぇ。怖い怖い」

「そりゃそうだ。うちの校舎は5階建てだよ」

 俺たちは第二の現場とも言える屋上へと来ていた。

 桜嘉高校の本館(ほんかん)は5階建て。一階には職員室などの特別室があり、二・三階が三年生。四・五階に二年生の教室がある。では、一年生の教室はどこか。桜嘉高校には、特別教室棟と呼ばれる別館(べっかん)がある。本来は理科室やら家庭科室やらが詰め込まれる建物だが、その一・二階部分には本館からはぶかれた一年生の教室が入れられていた。ちなみに、蛍の入り浸っている図書準備室は別館の五階にあるため、無駄に眺めが良い。


 この屋上は階数で言えば六階に位置するため相当な高さだ。あの事故から何度も思っているが、この高さから落ちた懸垂幕が頭に当たらなくて本当に良かったと思う。

「頭に当たらなくて本当によかったね」

 また心を読まれていた。

「あぁホントに」

 その通りだが、別に言わなくてもいいんじゃないか。文句を言おうかとも思ったが、蛍が屋上を観察し始めたせいでタイミングを逃した。



 昇降口前のときもそうだったが、この男の観察には無駄がない。観察対象を隅から隅まで見て、理解しようとしている様子がうかがえる。手すりひとつ調べるにしても、上から下まで顔をこれでもかというほど近づけて、地面に膝をつきながら観察している。

 事情を知らない人から見れば不審者ここに極まれりという感じだが、きっと彼はそんなことを意識すらしていないだろう。いったい彼の目には何が映っているのか。

「君にはいったい何が見えているんだ?」

 噂程度ではあるが、彼には強盗事件を解決したという実績がある。そんな彼が見ている世界と俺がみている世界にどんな違いがあるのだろうか。

 そんな疑問がふと生まれた。その答えは単純であるが、複雑な答えだった。

「ん~その問いにふさわしい答えはきっと『別になにも見えていない』だろうね」

「なにも?そんなことはないでしょ」

 蛍は「う~ん」と小さくうなり、観察を続けながらこう語った。

「もちろん、盲目的に何も見ていないわけではないよ。そうだなぁ、もっと正確に言えば『夏目君が見えていないものは俺も見えてはいない』ってことさ。人間はたった今、目に見えているものをちゃんと見ようとはしない。自分に関係がないことは無意識に判断して自分の中から排除してしまう。その中に本当に大事なことがあるのかもしれないのにね。俺はただ、その大事なものをとりこぼさないようにしているだけだよ」


 自分に関係がないことを無意識に判断し排除(はいじょ)してしまう。無意識下で行われていることを自覚しろというのは無理がある。今の俺にはそれが理解できるほどの余裕も器量(きりょう)もない。

 試しにこの屋上にあるものを俺なりに観察して上げてみよう。階段を上がってすぐのところにある屋上への扉。もちろんだが俺達はここから入ってきた。ここ以外に屋上の出入り口はない。外から見ればその扉は真四角の建物の一部。この前どこかでみたが、屋上のこのような建物を塔屋とうやと言うらしい。塔屋には鉄の梯子(はしご)があり、そこを上ると(さび)に錆びた給水塔(きゅうすいとう)がある。最近は使われていないのだろう。今時、水なんて給水塔なんて使わずに配水管から直接くみ上げている。使わないなら早く撤去すればいいのに。


 他のところに目を向けよう。床は一面が薄緑色(うすみどりいろ)。落下防止のための緑のフェンスは頭上五十センチメートルぐらいの高さまであり、手すり沿いには青いベンチが5つ。その中のひとつはペンキが乾ききる前に踏みつけられたのか、二度と消えない足跡がくっきりと残っている。たぶん、また欲にかられた男子生徒の仕業だろう。

 他にも屋上の端から端まで送水のためなのか太いパイプが2本あったり、誰が持ってきたのか妙に小汚い勉強机や椅子が捨てられている。ホントに誰が持ってきたんだ。


 俺の脳みそをフル回転させてわかることと言えばこれぐらいだ。これまで上げたものにはどれも特徴があるが、これらがどう関係しているのかは今のところわからない。

 強いて言うなら、懸垂幕が掛けられていたフェンスぐらいだろうか。そう思い立ってフェンスをもう一度よく見てみても、ロープが掛けられていたであろう場所の塗装(とそう)が剥げているということぐらいしかわからない。

「君の観察はもう済んだかな」

 自分の世界にこもっていた俺は蛍の一声によって現実へと引き戻された。俺は気の抜けた返事を蛍へと返した。

「よろしい。では、次は懸垂幕を見に行こうか」

 蛍は遠足前の幼稚園児のようにワクワクしている。妙に大人びていたり、子供っぽかったり、とにかく彼はせわしない。

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