終幕
俺達のボディーガードは紘子さんの車のサイレンとともに終わりを告げた。
これからは警察のお仕事である。俺達はようやく本当の意味でただの高校生に戻れたのだ。
しかし、解決していない謎がひとつだけある。
「結局、脅迫状を送ってきたのは誰だったんだろうな」
俺は思ったことをつぶやいた。
「教えてあげようか」
蛍が野暮ったく言った。自慢げな顔をしている。
「今回の脅迫状は犯人側の人間にとって何の利点もないものだった。轟も大城本人にも。脅迫状によって大城の存在を知った椿さんが送ったとも考えにくい。そうなれば、残るは一人だ」
蛍は傍らにいる黒髪の乙女に顔を向けた。その人物を見て、俺と椿さんは驚嘆の声をあげる。
「椿さんが君の変化に気づいたように、君も椿さんがなにか思い詰めているのに気づいていた。それに、実際にストーカー被害を受けていたのは君だ。大城の存在にも気づいていたんだろうね」
飛鳥が蛍を見た。蛍は空を見上げている。俺と椿さんはそんな二人をただ黙って見ているしかなかった。
「でも、そのときの君にはなにもできなかった。いや、なにをすればいいのかわからなかった。だから、脅迫状を出して動きを見ようとしたんだ。轟がビビって手を緩めるかもしれない。警察沙汰になれば、全て解決するかもしれない。なんにせよ、デメリットはほぼないに等しい。結果的に、タイミングよく大城が襲ってきたことにより轟は俺達を護衛にすることを許した。全て……万事解決ってわけだ」
全てを話し終えたあと、蛍は微笑んだ。
これが、今回の事件の全てである。人をモノとしか見ていない人間もいれば、親子でもないのに、お互いを思いやり、お互いにできることをやろうとする人間もいる。
人はこの世で時間を過ごすうちに変わっていく。
それでも、人をちゃんと見ておもんばかることだけは、忘れないでいようと俺は思った。
「さすが……だね。それで、私はこれからどうすればいいのかな」
飛鳥は蛍を見て言った。
声を掛けられても、蛍は飛鳥を見ない。ただじっと、空を見ている。
ここは街の中であるため、星はほとんど見えない。
しかし、なぜだろう。
彼の目には、俺達には見えていない星が見えているような気がしていた。
蛍は深く息を吸って、たった一言。飛鳥へ言った。
「夜は短し歩けよ乙女」
その言葉はただ、夜の空に吸い込まれていった。
○
「で?」
いつもの図書準備室で俺の話を聞いた蛍は言った。たった一言。というか一文字。
「いやだから、結局トドロキプロダクション廃業したんだってさ。なんか他にも色々とやってたらしいよ政治になんたらとか、脱税がうんたらとか。叩けば埃がボワボワと。まぁ自業自得だね」
轟の不祥事はニュースで大々的に取り上げられている。事務所のタレントを使っての非人道的な接待。それ以外にもやっていたことは多く、事務所を存続することは現実的に不可能であった。
マネージャーやタレントが全員職を追われたが、その多くは他事務所や芸能関係の各所に引き取られた。
芸能界の大スクープ。テレビ、新聞、雑誌等あらゆるところで報道がなされていたが、そこのどこにも神野蛍という人物の名前はない。
「いや、違うそうじゃない。俺が聞きたいのはそっち」
蛍は入り口近くに置かれている来客用のソファを指さした。そこには、ある人物が座っている。
清廉かつ可憐な黒髪の乙女。俺達は最近その女の子をよく見ていたが、今日の彼女は少し違う。俺達には見慣れているが、彼女には見慣れない桜嘉高校の制服をその身にまとっていた。
彼女は読んでいた本から顔を上げ、俺達に言った。
「え?」
飛鳥の返答も一文字であった。
「え? じゃないよ。なんで?」
蛍は飛鳥に尋ねる。
「私、本当はここの生徒だったから」
「いや、そこでもないよ。なんでここにいるわけ?」
「うーん……誰かさんに事務所をつぶされてひまになっちゃったから」
飛鳥は皮肉を込めてをそう言い放ったあと、自分の持っている本へ目を落とした。
そんな彼女を見て、蛍は机に突っ伏す。そして「また人が増えた……」と小さくぼやいていた。
「まぁ俺もそうなったからね。よろしく雛咲さん」
「飛鳥でいいよ。それと私、ホントはひなざきじゃなくてひなさき。雛咲飛鳥は芸名」
俺は飛鳥に「了解」と言って応えた。
こうして、この辺境の地に新たな仲間が増えた。
雛咲飛鳥改め、雛咲飛鳥。蛍と同じ二年A組。さすがに呼び捨てはハードルが高いため、ここでは彼女を「飛鳥ちゃん」と呼ぶことにした。
だが、蛍がその名前を呼ぶことはもう少し先のことである。
〇
第二集「なりたい君に送る」
これにて、終幕。




