最終節「なにかありましたか?」
社長室に入った途端、そこには悪い意味で予想以上の光景が広がっていた。
轟社長が椅子に座りながら拳銃を構えている。その先には、椿さんがいる。
「おっと……まさか銃まであるとは思わなかったな」
蛍と飛鳥はその光景に動きを止め、蛍がそうつぶやいた。
「椿さんっ!」
飛鳥が前に出そうになるのを蛍が阻止する。その姿を見て、椿さんは小さく涙を流す。
「飛鳥さん!……ごめんなさいっ……ごめんなさい」
「動くな。ギャーギャーやかましいんだよ。どいつもこいつも余計なことばっかりしやがって……もう面倒だ。ちょうどいいからお前らも殺してやるよ」
嫌われ経営者の本領発揮である。今だから正直に言おう。俺はもともとこの人が嫌いであったが、今は大嫌いである。
「お前らがここまでやるとは思わなかったよ。そのせいで俺の計画は台無しだ。お前らが俺の思う通り動いていれば、この女が死ぬこともなかったかもしれないのにな」
そう言い終わると、轟は銃の引き金に指をかけた。その瞬間である。
「は~い! ストップ!」
蛍が渾身の笑みで轟を止めた。完全に場違いな表情である。
「なにを笑ってるんだ!」
銃口が蛍のほうへ向く。
「いやだって、このお話にそんなシリアスシーンは似合わないじゃないですか」
腹を抱えての大爆笑である。椿さんに銃が向けられ、飛鳥が叫んで、轟が悪役っぽいセリフを打ち出したところまでは良かったものの、コレのせいで台無しである。
蛍の笑いを聞いて、轟はさらに憤慨した。
「お前っ……」
「あんたが立てた計画は俺という名探偵によってボロッボロ。計画の中身も中途半端。みっともないったらありゃしませんね」
轟社長への煽りを続けながら、蛍は壁沿いに移動し始めた。その方向は椿さんがいる方向とは逆。蛍は椿さんから銃口をそらそうとしているのだ。
「動くなと言っているだろうが! このガキ!」
「そのガキに計画つぶされるなんて本当に救えないですね」
「おまえぇ! この状況がわかっているのか!」
轟が両手で銃を持つ。あと少しで、蛍を撃つ勢いだ。
だが、蛍はそれでも止まらない。
「あぁ、わかってますとも。俺はいつも多角的に物事を見る。しかし、あなたはいつもひとつのことしか見えていない。固定概念やイメージ。そういった、くっだらないもんで人を判断し自分のモノだと言い張る。残念ながら、そんな人間は経営者には向いていない。ドラ○エで言うなら遊び人に就職することをお勧めします」
ここまで煽れば十分だ。もう準備はできた。
「貴様ぁ! どういうつもりだ!」
轟の怒りが頂点に達した。
俺の様子を見て、蛍は笑みを消す。
「どういうつもり……ですか。やっぱりあなたは経営者には向いてないですよ。感情的になって周りが見えなくなる。現にあなたは、すでに詰んでいることが見えていない」
「なん……」
その瞬間、俺は轟にとびかかった。間違って発砲しても大丈夫なように、まずは銃口を天井に向けさせる。
ドアからここまでは少し距離があったが、蛍が探偵ぶるまいでうまく気を引いてくれた。
俺が轟を抑えたあと、蛍もこっちによって来る。そして、俺と一緒に轟をとり押さえ、手首をひねって銃を取り上げた。
ここで万能なハンカチの出番である。轟の手を背中で束ね、ハンカチで縛る。意外とこれが取れない。とても便利である。
大城は低いうめき声をあげながら抵抗した。しかし、高校生とはいっても男二人に抑えられれば動けない。
大城は俺達の方へ首を向け、ところどころ静かな笑いを交えながら叫んだ。
「それで、これからどうするんだぁ! お前らみたいなガキの言うことを誰が信じる。警察に行ったところで証拠はないんだぞ?」
「そうですね。証拠はない。でも、こんなのはどうでしょう」
蛍は鞄から自分のガラケーを取り出した。ガラケーのフタは開いている。蛍が見せたガラケーの画面には"海藤紘子"という名前が出ており、どうやらその人物と電話がつながっているようだった。
電話の主は蛍の言葉を聞いて電話越しに話しかけてきた。
「現職刑事が聞いている中での自供、最後まで聞き届けさせていただきました。あと五分ほどでそちらに到着します。待っててね♪ あっ、それと――」
電話の声が何かを言う前に、蛍はガラケーをパタンと閉じた。電話の内容を聞いた俺達は唖然とする。轟社長は特に驚いていた。
「俺には幸か不幸か警察官の知り合いがいます。今のその様子を全部聞いてもらっていました。録音も。この録音は証拠にはならないかもしれませんが、少なくとも、銃刀法違反であなたを連行できる。そこからはあの人たちの仕事です」
この話を聞いて、轟はぐぅの音も出ずといったようだった。
〇
「銃刀法違反と殺人未遂の現行犯及び、殺人教唆の容疑であなたを連行します。残念でしたね。それじゃ、苗木君。あとよろしくね」
事務所前の道で紘子さんが轟に手錠をかけた。
「まったく……勘弁してくださいよ警部。今日は彼女をデートだったのに……」
苗木と呼ばれた部下は近くにあるサイレン付きの赤の軽自動車へ轟を連れていく。悪態をつきながら。
「ちょっと待ってください!」
俺達の隣にいた飛鳥が、連行される轟を呼び止めた。そのまま轟のほうへ近づいていく。
そして、轟の前まで行って止まると、大きく腕を振りかぶった。
――バチンッ!
渾身の平手打ち。刑事の前であるというのに、飛鳥は容赦しない一発をお見舞いした。
「おいおい。今の問題じゃないか?」
轟は紘子さんのほうを向いて抗議した。
「なにかありましたか?」
残念ながら、俺達もなにも見ていない。そういうことにしておこう。
紘子さんに鋭い睨みをきかせながら轟が連行されていく。その様子を見て紘子さんは「あぁ~こわいこわい」と冗談交じりに言った。
「いやぁ、最後のアレは気に入ったわ。あんたの名前は……え?」
紘子さんは飛鳥の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。
「その人は雛咲飛鳥さん。今回の被害者のひとりです」
なぜか蛍が飛鳥の説明をする。その説明を聞いた紘子さんは小さく「なるほどね」とつぶやく。紘子さんは何かに納得した様子だった。
「では、関係者の方は一応ご同行いただきたいですが……まぁ今日はいいでしょ! 皆疲れているだろうし、明日必ず桜嘉署のほうに来てくださいね」
紘子さんはそう言って微笑む。紘子さんはそのまま軽自動車のほうへ行こうとしたが、俺はその前に聞いておきたいことがあった。
「あの!すいません!」
俺の声に紘子さんが振り向く。
「失礼ですが、蛍とのご関係は……」
ただの高校生がどうやったら刑事と知り合いになれるのか。まぁ、蛍なら色々接点があってもおかしくないのかもしれないが、そういうものだけではない気がする。
「あぁ、そうね。私は……」
紘子さんは一直線に蛍のもとへ歩いていく。そして紘子さんの後ろに回ると蛍の頭に自分の手をポンッと置いた。
「私は海藤紘子。この阿呆の保護者ってとこよ。よろしくね」
頭に手を置かれた蛍は見事な仏頂面をしている。
「保護者ってことは……蛍の……お母さん? でも名字が」
「うーん。そういうことじゃないんだよねぇ……」
紘子さんは苦笑いを浮かべている。
「まぁ、あんた達がこれからもコイツと一緒にいるならいつかわかる日もくるわよ。じゃ、私はお仕事に戻りまーす」
そう言って蛍を少し小突き、紘子さんは軽自動車へと向かって行った。後ろ手に手を振っている紘子さんは妙にカッコよく見えた。




