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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第二集「なりたい君に送る」
33/35

第十七節「正しいこと。守りたいこと」

 私がそのことを調べ始めたのは、飛鳥さんがきっかけでした。


 もともと無口ではありましたが、あるときを(さかい)に飛鳥さんの様子が少し変わったように思えたのです。

 私は思い切って聞いてみました。「なにかあったんですか」と。


 飛鳥さんは教えてくれました。

 お母さんのこと。お父さんのこと。そして、轟社長がタレントを使って猥褻(わいせつ)な接待をしていること。


 信じられませんでした。自分の働いている事務所の社長がタレントにそんなことをさせてるとは思いたくはなかったのです。

 でも聞いてしまった以上、何もしないわけには行きません。


 私はある小さな探偵事務所に依頼をして、轟社長の動向(どうこう)を調べてもらいました。

  

 その結果は、控えめに行って最悪でした。


 社長は早乙女きらりさんを代役にして、特別な接待(・・・・・)を続けていました。

 探偵の方によると、おそらく以前からこのようなことを繰り返していたのではないかとのことでした。


 そしてある日、私は社長にこの事実を突きつけたのです。

 社長は、そのことに最初は驚いていたものの、すぐに(きびす)を返して高圧的な態度をとり始めました。

「この事務所をいっそう盛り上げていくためにしたことだ。事務所のことなんだから、事務所のモノを使ってなにが悪い。まったく、余計なことしかしない女どもだ」

 私は(いきどお)りを覚えました。

「いいか。このことは絶対に口外するな。これが明るみになればこの事務所の存続(そんぞく)が危うくなるからな」

 この男を殴ってやりたい。でもここで暴力に訴えるのは間違えている。私の中にある怒気を抑えながら、私は言いました。

「そんなこと知りません……こんな間違ったことを見逃すくらいなら私は職を失ってもいい。飛鳥さんも、きっとわかってくれます」

 私はどうなってもいい。このままこんなことが続けば、いつまた飛鳥さんが標的にされるかわからない。そんなことになるくらいなら。


「そうか、予想通りだな。だが、これならどうだ?」

 轟社長はひとつの封筒を差し出しました。それをとり、中身を確認したとき、私は目を見張りました。

 中には雑誌や新聞を切り貼りして作られた脅迫状が入っていたのです。私が驚愕(きょうがく)している様子を見て、社長が満足そうに笑いました。

「それが今朝(けさ)ここに送られてきた。飛鳥宛てだ。それを送ってきたのはおそらく、大城洋二という男だ。つい最近、飛鳥のストーカーになったようでなぁ……いったいなんでなんだろうなぁ……」

 あまりにもわざとらしい社長の反応。

 私はそれで、全てを悟りました。

 私が社長を調べていたことは、すでに社長の知るところだったのです。だからこの男は、私の動きを封じるために手を打った。私ではなく、飛鳥さんを狙うことによって完全に。


「くっ……そやろう」


 こんな言葉を使ったのは初めてです。しかし、この男に使う言葉はこれが一番ふさわしいと思いました。

 でも、警察に通報したり、民間の警護を雇ったりすれば、社長は飛鳥さんになにをするかわかりません。

 要するに、私には、どうすることもできなかったのです。


 そうやって手をこまねいているうちに、飛鳥さんが襲われました。

 それが未遂に終わったと聞いたとき、私がどれだけほっとしたことか。さらに、これがあの二人に出会うきっかけになったことを今ではうれしく思っています。


 神野さんと夏目さん。一度飛鳥さんを助けた二人を、私は半ば無理やりボディーガードにしました。

 社長はこの二人を良く思っていませんでしたが、飛鳥さんの提案ということもあった手前、断れなかったのだと思います。

 

 これで飛鳥さんはひとりじゃない。そう思えただけで、私の心はだいぶ穏やかになりました。

 でも、それも(つか)の間のこと。

 すぐにあのストロボの事故が起こりました。一見ただの事故ですが、私にはわかります。これは、あの男からのメッセージだと。

 ストロボが倒れたとき、私はすぐにあいつを見ました。あの男は私のことをじっと見ていました。その目はまるで「護衛をつけても意味がない」と言っているようでした。


 そしてそれを確かめるためにあの男のもとへ再び訪れたとき、私は「従わなければ飛鳥をどうするかわからないぞ」と脅され、手紙を書いたのです。あいつの指示通りの文面で。

 これがなにに使われるのかを想像するのは簡単でしたが、私はもう従うしかありません。それが飛鳥さんを守る唯一の手段なんですから。


     〇


 トドロキプロダクションがある町は桜嘉駅から四駅先。そこへ向かう電車の中で、俺達は蛍の推理を聞いていた。

「じゃあ今回のこと全部が、ただの脅しだったってことなのかよ」

 蛍の推理を聞いて、俺は黙っていられなかった。

「ああ、だから全部中途半端だったんだ。轟からしても、(かせ)(がしら)の雛咲さんに万が一のことがあるのは避けたいはず。だから、脅迫状なんてものを送ってきた大城から守るために俺達を雇うことを渋々(しぶしぶ)許可した。でも、それで安心させてしまっては危ない。そう考えた轟は実際に飛鳥の命を狙うふりをしてもう一度脅してみせた。早乙女きらりと打ち合わせをして、アリバイまで作り、仲が良いフリまでさせてね」


 蛍が気になっていたなにもかもが中途半端であったという事実。事故に使ったのが比較的軽いストロボのほうだったことも、飛鳥が万が一にでも致命傷を負うことを避けたからだろう。


「でも、ちょっと待て蛍。たしかあのとき、カメラマンの人も轟に賛同してただろ?あの人はなんで協力したんだよ」

 俺は座っている蛍に尋ねた。

「おそらくだが、早乙女きらりとの打ち合わせは撮影が始まる前のタイミングでしていたんだ。そしてそれをカメラマンに見られた。でも、轟は逆にそれを利用しようと思ったんだ。カメラマンの人は早乙女さんと轟を見たとは言っていたが、大城を見たとは言っていない。うまく利用したもんだよ」

 俺は蛍の推理を聞いて納得した。あの話を聞けば、カメラマンの高木さんも大城を見たんだと勘違いしても不思議ではない。

 というか実際、俺は勘違いしてました。


 納得した俺を見て、蛍は推理を続ける。

「一通目の手紙は早乙女きらりに書かせたんだろう。彼女もこの件に関わっているから、脅すのは簡単だ。そして二通目。これは夏目君の言う通り椿さんが書かされたもの。ストロボの事故で恐怖を覚えた椿さんはたぶん『もうどうしようもないんだ』と考えたんだろうね」

 やっぱり、あれは椿さんが……

 そういうタイミングではないとは思うが、俺も役に立てたことが少し嬉しくなった。でもその嬉しさも、飛鳥が割って入ったことで忘れ去られる。

「どうして椿さんに?またきらりさんに書かせればよかったじゃん」

 飛鳥のその言葉に、蛍は顔を伏せた。おそらく、これが飛鳥にとって一番つらいことになる。蛍の顔がそれを物語(ものがた)っている。


「もし、なにも知らない警察がこの手紙を発見して、筆跡が椿さんのものだとわかったら。警察はどうすると思う?」

 蛍の言葉を聞いて、俺は考えた。そうなれば、単純に言って、椿さんが手紙を送って飛鳥のストーカーになるようにけしかけたという結論になる。

 そうなれば。

「椿さんは警察に逮捕される」

 俺が言う前に、飛鳥がつぶやいた。蛍はその答えをしっかりと聞いた。

「その通り。殺人教唆(さつじんきょうさ)の罪で椿さんは罪に問われることになる。それでもきっと、雛咲さんを守るために椿さんは本当のことはなにも言わない。そうなれば、轟は面倒事が一気に片付けられるってわけだ」

 どこまでも腐ってやがる。救いようがない。


 蛍の隣に座りながら飛鳥はうつむき、小さく震えている。しかし、それがおびえからくる震えではないことはすぐにわかった。拳をにぎりしめ、体を硬直させるほどの怒りを込めた震え。

 自分に起きた出来事をすぐに受け入れられない気持ちは、俺にも痛いほどわかる。


 蛍の推理がちょうど終わったころ、目的地の駅へと到着した。

 俺達は急いで電車を降りる。

「ここまで計画を立てたにもかかわらず、俺達は大城を警察に通報せず、さらには証拠まで手に入れた。プライドが高く、完璧主義な轟がここまでコケにされて次に想定されることはひとつ。急がないと、大変なことになるかもしれない」

 蛍は顔をしかめた。

 俺達は、彼女達のために最後の仕事をしなければならない。

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