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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第二集「なりたい君に送る」
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第十六節「千夜一夜物語」

「ほうほうほ~今回は魔法のランプってやつだね。アラビアンナイトかぁ……」

 立花先輩はルーペをもってランプに食いついている。

 飛鳥を壁沿いの椅子に座らせてから、蛍は立花先輩にランプを渡した。おそらく偽物であると思われるが、立花先輩にとってそれは関係ない。

「アラジンっていい話ですよね」

 俺は何気(なにげ)なくつぶやいた。立花先輩は俺の言葉を聞いて小さく笑う。

「そうだねぇ……アラビアンナイトと言えばアラジン。あのアニメ映画は有名だからね。きっと、アラビアンナイトとアラジンを一緒の意味だと思ってる人も多いだろう。でも、根本は違う」

 立花先輩は椅子から立ち上がり、窓際まで歩き空を見上げた。先輩が椅子から離れたのを見た蛍はゆっくりそこに座る。


 立花先輩は語りだす。

「あるところに、妻の不貞を許せなかった王がいた。どうしても妻を許せなかった王はなんと、その妻を殺してしまう。しかし、その反動で女性不信(じょせいふしん)になり、生娘(きむすめ)を夜に招いて楽しんでは殺すという蛮行(ばんこう)を繰り返すようになった。国の女性がいなくなることに大臣は困り果てたが、そんな中、大臣の娘であるシェヘラザードが名乗り出る。彼女は王のもとに嫁ぎ、毎夜興味深い物語を語る。いつも物語が佳境に入ったところで中断してね。剣志君が言っていた『アラジン』はこの中のひとつなんだ。続きが気になった王は彼女を生かし続け、ついに王の悪習を止めさせた……と、言われている」

 立花先輩の最後の言葉は、どこか歯切れが悪かった。


「言われている。ですか?」

 俺は立花先輩の言葉を繰り返した。立花先輩はこちらに振り返る。

「後半の『悪習を止めさせた』と言う部分は、この物語が出回ったあとにヨーロッパ人が追加したという説があるんだ。実際、一七〇四年に翻訳(ほんやく)された写本にはその記述はない。シェヘラザードが物語を話したのは事実だが、それが果たして王を止められたのか……それはわからないんだよ。本人の意思に関係なく他人に決められた物語。それでも、人は面白いと思ってしまうんだよね」

 昔も今も、他人から受ける"イメージの力"というものは強い。先入観や固定概念。偏見や思い込み。他人によって人生が決められるというのなら、自分はなんのためにいなければいけないのか。


「先輩おっさんぽいですよ。うんちく垂れてないで、早く情報を教えてください」

 蛍が辛辣に言い放った。言葉はきつかったが、立花先輩は蛍の言葉を受けてなぜか笑顔になる。

「やっぱり?でも、いいじゃないか。蛍くんもこういう話には興味があるだろう?」

 そう言いながら、立花先輩は蛍が座っている椅子に無理やり座ろうとする。蛍はズリズリと椅子からずらされ、ついには突き落とされた。

 しかし立花先輩はそんなこと意にも返さない様子で、胸ポケットからメモ帳を取り出した。


「さて、蛍くんに依頼されて僕はトドロキプロダクションを詳しく調べてみた。といっても、校外のことだから、いささか骨が折れたけどね」

 トドロキプロダクションという言葉を聞いて、飛鳥が反応したのがわかった。自分が所属している事務所なのだから当然だろう。

 立花先輩は話を続ける。

「さすがに、直接アプローチしてもなんにも情報は得られなかったね。どうでもよかったり、はぐらかされたりまぁそんなとこさ。だから僕は、まったく違う角度から踏み込んでみた。その結果、面白い話が一個得られたよ。トドロキプロダクションの社長と早乙女きらりというタレントが芸能界の重鎮とホテルで密会していたという情報だ」

 立花先輩の情報を聞いて俺達は驚いた。少しだけ。

 ここで大きく驚くことができなかったのは、似たような話をつい最近聞いたことがあるからだ。


「あれ?その反応は知ってたってことかな?そうかぁ……残念だなぁ……でも、一番面白いのはここからだよ。実はこの情報、ある探偵事務所から手に入れた情報なんだ」

「探偵事務所?」

 蛍が疑問の声を上げた。

「そう。特定の個人でもなく、記者でもなく、民間の探偵事務所からこの情報が手に入った。ということは……」

「誰かが調査を依頼している。この事実を知っている人間がもうひとり……いる」

 蛍のつぶやきを聞いて、立花先輩がにんまりと笑った。


 基本的に、探偵事務所は依頼がなければ動かない。そこで情報が仕入れられたということは、誰かがそれを疑い、探偵に依頼をしたということになるわけである。そして、その誰かは、その情報を知り、おそらく証拠も持っている。

「残念ながら、その人間が誰かは個人情報うんたらで教えてくれなかったけど、恐らく業界関係者であることは間違いないだろうね」

 立花先輩はそこでメモ帳を閉じた。


 蛍がポケットから棒付きキャンディを出してくわえた。そして、鞄から昨日手に入れたピンクの手紙を取り出す。

「これが書いたのが誰かわかれば……」

 蛍がつぶやいた。その言葉を聞いて、俺は思い出したことがある。しかし、これは飛鳥に聞かれるわけにはいかない。

 

 俺は蛍に近づいていって、蛍だけに聞こえるような声で言った。

「蛍……その手紙の字、なんとなくなんだけど……ほんっとになんとなくなんだけど、椿さんの字に似てるような気がするんだ」

「え?」

「この前、椿さんの手帳を覗き見たことがあったんだ。そのとき見た字に似ているような気が……」

 俺の話を聞いて、蛍が目を見開く。


 そして、キャンディをガリッとかみ砕いた。

「雛咲さんっ! 今日、椿さんは!?」

「大城さんのことを報告するからって社長のところに言ってるはずだけど」

 蛍がガラガラと音を立てて立ち上がる。飛鳥から椿さんの場所を聞いた蛍は、慌てた様子でオカ研を出ようとした。

 俺はそんな蛍の肩を掴んで説明を求める。

「ちょっちょっと待て、どういうこと?」

 蛍の顔はそれどころじゃないと言っていた。が、それでは俺達は納得ができない。蛍は俺達のほうに向きなおすと少し自分を落ち着かせてこう言った。

「俺達は最初っから間違っていたんだよ」

「最初っから?」

「結論から言えば、今回狙われていたのは雛咲さんのほうじゃなくて椿さんのほうだったんだ」

 このことに一番の驚きを見せたのは、俺でも蛍でもなく飛鳥のほうだった。

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