第十五節「どんな魔境もここと比べたらゴミ」
夜のベンチに男が並んで二人。大木をはさんだ先には一応飛鳥と大城がいるが、ここだけみたら高校生二人がベンチに座っている不思議な画が出来上がっている。まぁこれも少しの辛抱だ。
大木をはさむと、さっきのところから俺達の姿は見えなくなる。完全にではないが、飛鳥と大城は今二人っきりだ。
一応大城はストーカーであったわけだが、たぶん今なら大丈夫だと俺も思う。
蛍は鞄にぶちまけた中から棒付きキャンディを一本取り出してくわえた。
ここは、彼女にとっての正念場である。
俺達が見えなくなったあと、しばらくの間がおかれた。きっと飛鳥は戸惑っているのだと思う。
しかし、ここで一歩を踏み出さなければいけないのは彼女もわかっているはずだ。
飛鳥は少しずつ歩を進める。そして、大城の座っているベンチの空いているほうに腰掛けた。
飛鳥は少し息を吸って、少し息を吐いた。
「私は……怖かったです。あなたが襲ってきたとき……怖かった。手紙も送ってないし、バングルなんかも送った覚えはなくて……正直、迷惑してました」
飛鳥は思うことを正直に述べていた。表情は見えないが、大体予想はつく。
これで話が終わりかと思われたそのとき「でも……」と飛鳥は話を続ける。このあとに出た言葉に俺は驚いた。
「ありがとうございました」
その言葉を聞いた途端、隣の蛍が小さく笑った。
「今日は私を守りに来てくれたんですよね。私がつきまとわれてるって思ったから……やり方は過激だったし、結局怖かったけど……でも、私はお礼を言うべきなんだと思います。私を心配してくれて、私のファンになってくれて……だから……ありがとうございます。でも、私はもう……大丈夫ですから」
飛鳥の声は落ち着いていた。そしてどこか優しかった。彼女が話した内容はもう一度大城をたきつけてしまう可能性もあったが、その心配は、すぐに聞こえてきた大城の泣き声によってかき消された。
おっさんの泣き声なんて、誰が聞きたいか。しかしこれは飛鳥にも、そして大城にも必要なことなのだ。
大城の声を聴きながら、蛍はベンチの背もたれにもたれかかった。
「精神科医の中には、ストーカーは治療が必要な精神疾患なのだと言う人もいる。その有効な治療法は、迷惑しているということを、被害者自身が懇切丁寧に伝えてあげることらしい。やっぱり、彼女は誰よりも人の感情や心がわかるみたいだ」
「良く知ってるなぁそんなこと」
「まぁね」
蛍は自慢げな顔をしている。しかしそれも少しの間。このあとの蛍の表情を俺は忘れられない。
「さぁ……ここからが俺達の仕事だ」
表情は無表情だ。しかし、俺はその中に、蛍に見慣れぬ怒気を見た気がした。
〇
「さすがの俺も傷ついたよ夏目君」
「いや、その感じはもう昨日見たから!」
昨日と全く同じ位置かつ同じ時間に蛍はうなだれていた。ぼやいた台詞もまったく同じである。
どうしてこうなったか、それは今日の昼休みのことである。
俺のスマホに一本の電話が入った。椿さんからだ。何となく予想はしていたが、用件はこうである。
「あっ、夏目さんですか?お世話になっております。昨日のことは飛鳥さんからお聞きしました!本当にご迷惑をおかけしました……それと、本当にありがとうございました!お礼のほうはあとでちゃんとお伺いいたしますので――」
ということである。
すっかりすべてが一件落着ムードになってしまい、俺達はボディーガードの任を解かれたのだ。
「いや、でもさぁ……昨日あんなにカッコつけて『ここからが俺達の仕事だ』なんて言ってたのにこんな感じぃ?てんさげって感じぃ?不完全燃焼な感じぃ?」
蛍は机につっぷしながらジタバタしている。
「だからしょうがないだろって。なんか、轟社長から早く片付けとけって言われちゃったらしいよ?第一、俺ら普通の高校生だからね?」
今更だと思うが、俺達はただの高校生である。今回は色々と特別であったために、俺達は人気芸能人のボディーガードになった。その本題が終われば、お役御免になるのは当然なのだ。
しかし、残念ながら我が友人はこれでは終わらない。
「それで?次はいったいなにをするんだ?」
俺は蛍に問いかけた。彼は上体を起こしてにんまりと笑う。
「さてさて……本日のお代はこちらになります」
蛍は机に引き出しをごそごそと漁って机の上に金色のランプを取り出した。
「あぁ……アレかぁ……」
アレである。
「そうそうアレだよ。たぶんもう先客がいるはずさ」
「……先客?お前まさか!?」
「昨日の夜にあそこで待っといてくれって言っといた」
俺は大きくため息をついた。あんな場所に送りこむとは、蛍は心底鬼である。
今は、その先客の心中をお察しするしかない。
〇
行ったことはないが、日本には様々な魔境や秘境が存在するらしい。
しかし、失礼を承知で言おう。ここと比べたらどこもゴミである。
俺達は目的地へと行きついた。
「桜嘉高校オカルト研究部」
立花伊織という魔術師がいる本物の魔境だ。
「あぁ……可哀そうに」
ドアを開けた先に、どこかで見たような光景が広がっている。
黒いカーテンが閉められた真っ暗な室内。ろうそくに魔法陣に真ん丸の水晶。そして、フード付きのローブを着た立花先輩。
ひとつ違うことは、今度の餌食は雛咲飛鳥という女の子であり、なおかつその女の子が号泣しているという点だ。
飛鳥はオカ研に入ってきた俺達を見て安心した。というよりも限界を超えすぎていたようで、恥なんてものもかき捨てて蛍に抱き着いた。
「ごあがっあだぁ!ごわがったよぉ!」
「いやもうこの子、序盤とキャラが全然違うんですけど」
蛍は泣き崩れそうになる飛鳥を支えながら言った。
そして、飛鳥を泣かせた立花先輩は、俺達が来たのを見てようやくローブを脱ぐ。大変満足そうな顔をしていらっしゃいます。
「さすがにやりすぎですよ。先輩」
カーテンを開けながら俺は立花先輩に注意する。
「いやぁ、ごめんよ。僕もここまでやるつもりはなかったんだけどさぁ……なんか……」
「なんか?」
「楽しくなってきちゃって」
この人が本当の悪魔である。




