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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第二集「なりたい君に送る」
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第十二節「笑いたいときに笑い、笑えるときに笑え」

 どんな顔をしていいかわからなかった。

 俺はただの高校生である。唯一の修羅場と言えば、幼馴染の立てた計画で殺されかけたことぐらいである。あれ、それもそれでひどい話だ。


 しかし、俺のときとはわけが違う。

 彼女の場合、中学生から仕事をしてきたわけだから、約五年間もの間、そんな境遇に耐えてきたことになる。

 たかが五年と思うか、されど五年と思うか。

 それは人それぞれであるとは思うが、彼女は自分の学生生活を犠牲にしてまで仕事に打ち込み、それだけでなく自分という存在さえも犠牲にしたのだ。

 

 今の彼女の中に、彼女はいない。


「結局、私にやらせようとした接待はきらりちゃんが受けたって聞いた。それから、きらりちゃんはどんどん人気になっていって、少し気になったけど、正直そんなことも、もうどうでも良くなってきちゃった。そんな風に考えて仕事をしているうちに、なにが起きても驚かなくなって、何も感じなくなって……これが私が怖がらない理由。いつでも冷静でいられる理由。私が生きてきた全部」


 飛鳥の話がひと区切りつき、図書準備室には静寂(せいじゃく)が流れる。

 誰も言葉を発することができない。飛鳥が体感してきた世界は、俺たちには想像もできないような世界である。かけられる言葉が見つかるはずがないのだ。

 飛鳥が淡々(たんたん)と話している間、蛍は顔の前で手を合わせてそれをただ聞いていた。

 そのまなざしは今までの蛍からは想像できないほど真剣だった。つい三秒前まで。


「よっし~六時回ったね。帰ろう。すぐ帰ろう。絶対帰ろう。ほら帰ろう」

 蛍は自分のガラケーを見ながら笑顔で言っていた。

「おいおいおいちょっと待て!お前、今の空気を察しろよ。だいたい、今を生きる若者がなんでガラケーなんだ」

 蛍は高校生であるというのに、今も赤いガラパゴス携帯を使っている。

「ガラケーは今関係ないでしょ」

「だろ?今触れる空気じゃなかっただろ?空気読めてないだろ?お前もちゃんと空気読め」

 言葉にしながらも、蛍にそんなことを頼むのは無駄だとはわかっている。しかし、とりあえず言っておかないと。

 

 しかしそのとき、飛鳥がクスっと笑った。


 自分が笑ってしまったことを隠すようにすっと真顔に戻ってしまったが、俺たちのやり取りを見ながら、たしかに彼女は笑ったのだ。

 その様子を見て、今度は蛍が微笑を浮かべながら「やっぱり」とつぶやいた。

 椅子から立ち上がり、飛鳥が座っているソファに近づく。そして、ソファのすぐ横まで行きつくと、床にあぐらをかき飛鳥を見上げた。


「君が俺達に依頼をしたのは、君のことを知らなかったからだったよね。それってさ、情報が洩れる云々を心配したんじゃなくて、君自身を守ってほしかったからじゃないのかな。モデルの雛咲飛鳥じゃなくて、雛咲飛鳥という一人の女の子を。君が襲われていたとき、君は『助けて』と言っていた。あのとき君はたしかに怖がっていた。だから俺は助けた。もし君が、自分は感情がないなんて思っているのなら、俺が訂正しよう。君は、そこらへんにいる普通の(・・・)女の子だ。だから、笑いたいときに笑って、笑えるときに笑えばいい」


 蛍は彼女を見ながらそう言った。つられて俺も笑ってしまう。

 そして、肝心の飛鳥も少しずつ微笑みだそうとしてい……

「それに、やっぱり君は笑ったほうが素敵だよ」

 蛍の言葉を聞いて、飛鳥の顔がみるみる紅潮(こうちょう)していく。もう少しで笑顔が見れたはずなのに、飛鳥が笑顔になる前に蛍が余計なことをした。

 故意なのか、それとも天然なのかわからないが、飛鳥に向けられた「素敵」という言葉は、彼女のついてはいけないところをついたらしい。


 ドガッという鈍い音とともに、蛍の腹に飛鳥の蹴りが一発入った。その勢いで飛鳥はソファの端へと移動し、蛍は本棚に叩きつけられて落ちてきた本で二次災害を食らった。

「バババババカじゃないの!?すっ素敵とかそんな簡単に言わないでよ!意味わかんない!」

「待て待て待てコノヤロー!別に悪口は言ってないでしょ!それに、俺は笑ってないときと比べて笑った方が前より良くない?って感じで言っただけですぅ!だいたいなにが『感情がない』だよっありまくりじゃないか!腹痛ッ!頭も痛いわっ」

「うるさい!もっかい蹴り飛ばしてやろうかセクハラ探偵っ!」

「俺は探偵じゃないつーの!」

 この二人が言い合いをしている間、俺はその様子を少し楽しませてもらったが、このままというわけにもいかないので、いいところで止めに入らなければならない。

 今にも喧嘩を始めそうになる二人の間に入って、仲裁(ちゅうさい)に入る。

「ちょっとストップ!二人ともキャラが変わってるって。ほら蛍、こうしてる間にもどんどん外が暗くなってきちゃうよ。彼女を送っていかなきゃ。か弱い女性は放ってはおけないって依頼を受けたときにも言ってただろうが君は」

 俺の話を聞いた蛍は落ち着きを取り戻す。同時に、飛鳥も申し訳なさそうにソファに座りなおした。

「あぁ、そうだね。依頼はちゃんとこなそう。ちゃんと送りますとも。ボディガードだもんね。たとえ腹にローキックかましてくるような女の子でも守りますとも俺はね」

 蛍はなんとなく不服そうだった。飛鳥の表情は髪に隠れて見ることはできないが、察しはつく。

 俺たちは図書準備室を出た。そして、帰りが夜遅くになってしまった飛鳥の帰りを見送ることにした。

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