第十節「今度はちゃんと最後まで」
「なにかあった?」
「なにかをしに来た人が言う台詞じゃない」
男二人のむさくるしい一室に、紅一点で飛び込んできたのは今回のキーマン。正確にはキーウーマンである雛咲飛鳥だ。
彼女は口を半開きにして文字通り「唖然」としている俺たちをよそに、入り口すぐ近くの来客用ソファにどさっと座り、テーブル上の茶菓子入れからクッキーをとり口に含んだ。
そして、一口目を飲み込んだあとに出た言葉が、首をかしげての「なにかあった?」の一言である。なにかの「なにか」を起こしたのは紛れもなく彼女であるわけだが、そんなことは意にも返していないようである。
「そっか。そうだね。それで……名探偵さんは真犯人……分かったの?」
「俺は探偵じゃないよ」
「そっか」
いや蛍、そこじゃないだろ。どうやら飛鳥は、脅迫状を送ってきたのが大城ではなかったと気づいていたようだ。
そのことを俺が問う前に、蛍がその役割を果たす。
「やっぱり君は分かってたんだね、大城以外に君を狙ってる人間がいること」
「うん。大体はね」
二人はまったく目を合わせていなかった。別に気まずいというわけでもなく、ただただふわふわした微妙な雰囲気が二人の間に流れている。この雰囲気にどうにか慣れようと頑張ってはみたが、ただただ瞬きが増えるだけで俺には順応ができなかった。もう限界である。
「おいおいおい!ちょっと待て蛍!まずなんでここに来たか聞けよアホ」
「アホじゃない阿呆だよ」
「どっちも変わらんわ」
既存の雰囲気をぶち壊し、なんとなくいつもの雰囲気ににもっていくことに成功した俺はちゃんと助手としての役割を果たしたと思っている。
「えっと、それでどうしてこんなところに?」
何の前触れもなく現れた飛鳥に、俺はようやくこの質問をすることができた。自分の学校の一室を"こんなところ"と表現するのはいかがなものかと自分でも思うが、実際"こんなところ"なのだから仕方がない。
「さっき言ったでしょ。犯人は分かったのって聞きに来たの」
「だとしたら答えはこうだ『すみません、私にはまだわからんとです』以上。帰ってよろしい」
目的を話す飛鳥に、蛍は辛辣に言い放った。一歩も動くことなく、手を頭の後ろで組んで椅子に寄りかかっている。
「蛍、さすがにそれはないだろ。女性には紳士的にするんじゃなかったのか?」
「忘れた」
「都合のいい教訓だな」
「ご都合主義万歳」
いつも通りと言えばいつも通りの緩い会話だ。そうだとしても、この緩い会話で終わらせるわけにはいかない。蛍が飛鳥をどういう風に思っているのか分からないが、他の人へ接するときと明らかに態度が違いすぎる。基本的に礼儀なんてものを考慮しているのか考慮していないのかわからない人間だが、誰かに対して強く当たるなんてことは彼らしくない行為だ。
当人の飛鳥は俺たちの話をしばらく黙って聞いていたが、俺達がごちゃごちゃとした会話を繰り広げているのをみかねて、大きくため息をついた。
「仲が良いのはわかった。結局私はどうしてそんなに嫌われてるの?」
飛鳥の言葉が、俺たちの終わりのない会話を中止させる。飛鳥のほうへ向けた首を俺は再び蛍へ向ける。蛍は少しの間、飛鳥を見つめていた。蛍が飛鳥の姿をしっかりと見たのはこれが初めてかもしれない。
「別に嫌いなわけじゃない。だけど……信用してるかどうかは別の話だよ」
蛍が答えた。彼は顔の前で手を組んでおり、表情が見えない。意図的に顔を隠しているような気さえした。
「そっか……じゃあ、どうしたら私は信用してもらえるのかな」
蛍の答えを受けて、飛鳥は少し落ち込んでいたように見えた。
無言の時間が続く。飛鳥としては蛍になにかを言ってほしかったのだろうが、当人の蛍は椅子をくるくると回転させてなにかを考えているようだった。
しかし、その回転も今、止まった。
「じゃあ今度は……ちゃんと最後まで聞こう。君はなぜ、そんなにも怖がっていないのか。今の自分の境遇に関して、どうしてそこまで冷静でいられるのか。君のように、こんな状態でも冷静な人を、俺はひとりしか見たことがない。聞かせてほしいんだ君のこと。もし君が、それを許してくれるなら」
椿さんと飛鳥が図書準備室に初めて訪れたときのこと。蛍は同じ質問をした。
あのとき、蛍は飛鳥が答えずらそうにしていたのを見て「聞くのはよそう」と話を切り上げた。今思えばそれは、隣に椿さんがいたから答えられないとふんだのだと思う。その椿さんは、今いない。
この質問は彼にとってそして彼女にとって大切な問いであることは言うまでもない。
飛鳥はうつむいていた。うつむきながら、彼女は静かに口を開いた。
「うん……うん。わかった。ちゃんと聞いてて。私のこと」
そう切り出して、飛鳥は語りだした。
俺達はただ黙って、その物語を聞くことになる。




