第九節「いつも散らかってる部屋のやつが気が向いたからって整理整頓したところで、三日後ぐらいになったら大体汚くなってんだよコノヤロー!」
「さすがの俺も傷ついたよ夏目君」
「日を跨いだのにまだ気にしてるのかよ」
轟社長の俺たちに対する態度は正直、あまり気持ちのいいものではない傲慢な振る舞いだった。その様子は、桜花高校の図書室の奇人の心にもダメージを負わせたらしい。
蛍は窓際の校長先生が座っているような椅子に座り、校長先生が使っているような机に頬をつけうなだれている。いつもはそんなものを使わず窓際にというか、窓枠自体に腰掛けているというのに、今日は読書に励まないほど落ち込んでいるらしい。
聞き込みを終えたあと、壊れたストロボを片付け、何事もなかったように撮影が再開された。その間、俺たちは何をすることもなく撮影を見学し、何事もなく撮影が終わり、飛鳥は何事もなくタクシーで帰り、俺たちは交通費をもらえることもなく電車で帰った。
椿さんはお礼も兼ねて交通費をぜひ受け取ってほしいと言ってきたが、それをそばで聞いていた轟社長はそれを許さなかった。往復で千二百四十円。高校生にとっては痛い出費である。
そして、肝心の飛鳥は……蛍に同行を拒否されてから、一度も俺達と口を利くことはなかった。
加えて、蛍も飛鳥を避けていた。この二人が交わした言葉は少ない。それなのに、この空気の悪さはいったいなんなのだ。その間に挟まれた俺と椿さんはどんな顔をすればよかったのだろうか。
という出来事を経て、その日を何事もなく終えたのである。いや、何事もなかったわけではないか。
「阿呆と言われるのは嬉しいが、バカと言われたのはさすがに傷つくよ」
「気にしてんのそこかよ。阿呆はほめ言葉じゃないんだぞ?」
「ほめ言葉だよ。俺の大好きな作家が良く使ってる」
「俺には伝わらんネタだな」
授業を終えた放課後、おなじみの桜花高校図書準備室で俺達はいつも通りの緩い会話をしていた。
しかし、ただただ生産性のない会話をしていたわけではない。
昨日聞き込みをしたことの整理を二人していたのだ。
轟社長への聞き込みを終えたあとも、何人ものスタッフへ聞き込みを行ったが、怪しい人物の目撃証言も、怪しい出来事の証言も得られなかった。
そんな中でも、手に入れた情報は俺がきちんと手帳に記録をしている。優秀な助手がいることを、蛍には十分感謝してほしい。
今回の出来事の大元は、雛咲飛鳥のストーカー案件だった。大城が飛鳥のストーカーになったことからすべてが始まる。ボディーガードを依頼される三日前に脅迫状が送られ、一日前に直接的な接触があり、それを通りすがった阿呆高校生が助ける。その後、何を間違ったのかその阿呆にボディーガードが依頼される。
話によると、脅迫状が送られる前は直接的な嫌がらせなどは何もなく、ただつけられたり、手紙が事務所に送られてきたりなど、そういう地味なものだけだったらしい。よくよく考えれば、それだけでもかなり怖いとは思うのだが、彼女にとってはささいなことだったのだろう。
本題はこのあと、実際にボディガードの依頼を遂行をしていたときに起こったこと。ストロボが倒れるという事故が起きたことだ。
ただただこの事故だけが起きたならば、ただの偶然だと言える。が、ストーカー、脅迫状、そしてストロボにあった細工の跡。それら全てを踏まえて、蛍はこれが事故ではないと推理した。
そして聞き込みを行った末、大城と思われる人物の目撃証言が得られた。
ここで、蛍が考えた問題点を挙げてみる。
一つ目「大城がストーカーになるきっかけがなんだったのか」
大城はもともとただのファンであった。それをストーカーという過激なファンにしたのはいったい何だったのか。大城の発言からして、何者かから送られた手紙によってたきつけられたと推理しているが、手紙そのものは確認できていない。
二つ目「脅迫状の送り主が誰なのか」
脅迫状の内容は、雛咲飛鳥が大城に好意を持っていないという前提の内容だった。大城が送ったものだとは考えにくく、脅迫状を送った人物は他にいると推論される。
三つ目「脅迫状の主が雛咲飛鳥を狙う動機が何なのか」
脅迫状を送った真犯人が雛咲飛鳥を狙う理由は何か。飛鳥は誰かに狙われるような人間ではないと椿さんは語っていた。実際、話を聞いたスタッフはそろって飛鳥の人柄を気に入っていた。無口で愛想がなく、ぶっきらぼう。しかし、その中にある優しさと思いやりの心をスタッフはみな一様に感じていたそうだ。よって、関係者において、飛鳥を狙う動機があるものはいない。
以上。これが今回の聞き込みの情報と問題点をまとめたものである。
「それで、現段階での真犯人の有力な候補は?」
蛍は机から顔を話して背筋を伸ばした。と思いきや、背もたれにどさっと寄りかかって天井を見上げ、両手で頭を掻く。
「んぅ……わからない……雛咲さんを狙うことでメリットを得られる人がいないんだ。一番微妙なところなのは早乙女さんだが、アリバイもあるし、明確な動機はない。それに、あんなポワポワした子に、ここまでのことができるとは思えないんだ」
蛍がそう語ったあと、彼は低いうめき声を上げ続けていた。相当苦悩していることがうかがえる。
おそらく、蛍がここまで悩んでいるのは、単に動機がわからないというせいだけではない。
昨日の帰りの電車で、ストロボが倒れたあの事故が中途半端だということが蛍はどうしても引っ掛かるようだった。脅迫状からは明らかな殺意が受け取れるのに、細工がされていたのは重みのある蛍光灯ライトではなくストロボライトであったこと。加えて、あの細工はライトがいつ倒れてもおかしくなかったという点が彼はどうしても気になっていた。
タイミングが違っていたら、事故の被害者は早乙女きらりになっていたかもしれないし、飛鳥がいたタイミングで倒れたとしても、飛鳥がいる方向へピンポイントで倒れる保証がない。
あの事故はなにもかもが中途半端であったのである。
蛍は頭をフル回転させて事に望んでいる。微力ながら、俺も頭を動かしている。だが、真相はまったく見えてこない。
これで今日は終わりかと思われた。だが、思わぬ客人の来訪により、思わぬ進展が訪れる。
図書準備室に近づく足音が聞こえてきた。ドアの曇りガラスの向こうに人影が現れる。
そのドアを開けたのは清廉かつ可憐な黒髪の女の子。数日前にも同じようなシーンを見た気がするが、そのときと違うことは、黒髪の女の子がたったひとりでこの辺境の一室に訪れたことだった




