第八節「いや、ごめん。何語?」
「きらりんそんなことぜぇんぜ~んわかんないピヨ♪それよりキミたぴあすかたんのおともだちなんでしょ?きらりんともなかよくしよ♪きみたちのみためかっこよきすきぴ♪」
早乙女きらりへの聞き込みを開始した俺達だったが、その聞き込みは難航を極めた。
「夏目君、すまない俺にはわからない言語だ。それとも、俺の頭がおかしいのかな。頭痛いよ」
「大丈夫。蛍の頭はもとからおかしいよ。ちなみに言語は日本語だ。一応」
早乙女きらりはスマホをいじりながら俺達に言った。おそらく、俺達の連絡先を登録しようとしているんだろうが、俺達はそのアクションにピクリとも反応しなかった。自分たちのスマホに少しでも触れたら無理やり登録されそうな雰囲気だ。
俺達がまず聞いたのは、怪しい人物がいなかったかどうか。
その結果、返ってきたのは蛍にとって理解不能な日本語もどきであった。いや、もちろん理解できない言葉ではないため、肝心な内容だけは伝わる。伝わった内容は「私はなんにも分からないです」ということ。正直泣きたい。
「あーでもぉきらりん♪ちょっとこわいひとはみたかもぉ♪なんかぁちょーがりがりでちょーへんなばんぐるしてたよ♪すんごいあくしゅみなやつ♪」
「個人的には君の喋り方のほうが悪趣味だよ思うよ」
余計なことを言う蛍に俺は人差し指を口に当てながらけん制した。彼は口を尖がらせて拗ねている。
蛍を諫めた俺だったが、俺でもこの女の子とする会話は非常にカロリーを使う。このまま話を聞くのは骨が折れるどころか、全身の骨が粉みじんになりそうで怖いが、少し耐えることにしよう。
早乙女きらりによる証言を翻訳したものはこうだ。
撮影が始まる一時間前、早乙女きらりは楽屋を抜けだして撮影現場の偵察をしていた。自分がどう可愛く写るか、どうすれば可愛くなるかを調べたかったのだという。そして、そこで色々見ているうちに、服の上からでもガリガリの体だとわかる不気味な男が現場に来たらしい。何よりも、頬がコケて不気味な笑みを浮かべていたのが印象に残ったそうだ。
その男を、きらりは照明スタッフだと思ったらしい。入ってきてまっすぐストロボへ向かって調整をしていたからだ。おそらくそのときしていたのは調整ではなく、ストロボを倒すための細工だったのだろう。
服装はシンプルなワイシャツに黒のズボン。そして黒い帽子。見たからに不審者だが、頭の中がお花畑以上のきらきらな何かで出来ている女の子から見たら不審者も一般人も変わらないらしい。
その男はしばらく調整を行っていたが、そこにカメラマンと轟社長がやってきた。その二人がやってきた瞬間、男は照明を調整していた手を止めてその場から迅速に立ち去ったらしい。
以上が早乙女きらりの証言をまとめたものだ。はっきり言おう、何度でも言おう。この子から話を聞くのは疲れた。
「えっと、念のため聞いておくんだけど、きらりちゃんは雛咲さんのことどう思ってるの?」
きらりが飛鳥のことを疎ましく思っているんだとすれば、今回のことに関わる動機になる。きらりのことを犯人だと決めつけているわけではないが、そういう情報は小さくても欲しい。
「きらりんとあすかたんはおともだちだよ。とぉってもなかいいの。せんしゅうのしゅうまつもあすかたんにさそわれていっしょにあそんだんだぁ♪」
そう言ってきらりはスマホを少し操作して写真が映った画面を俺たちに見せた。その写真には腕をむりやり組まされた微妙な表情をした飛鳥と腕を無理やり組みにいったきらりの写真が写っている。
「あすかたん、へんなかおしてるよね♪いつもそうなんだぁ♪しゃめきらいなんだよね♪」
飛鳥の性格ならば、写真嫌いは納得できる。
きらりへの聞き込みはなかなかに疲れたが、怪しい男の目撃証言が取れた。俺は「少し待っててね」と伝え、後ろを向いてきらりに聞こえないように蛍に助言を求める。
「どう思う?」
「やっぱり俺には理解できない言語だよ」
それはもういいって。
「そりゃそうだろうけど、そのことじゃないよ。きらりちゃんから聞いた話の中身のことだ」
「ああ、そっちね。どうだろう……早乙女さんが嘘をついていないとは限らない。もし、飛鳥のことが妬ましかったりするなら、それが動機になるし嘘もつく。だが……即席で嘘をついたとすれば、えらく証言が具体的だ。それに、あの写真を見る限り、妬むほどに仲が悪いようには見えない。少なくとも、あの子はそう思っているんだろうね」
蛍はポケットから棒付きキャンディを取り出して口にくわえる。頭をフル回転させて糖分が足りなくなったのだろう。
そして、俺達が出したのは「早乙女きらりは白である。今のところ」という結論だ。
早乙女きらりについての結論が出たそのとき、俺達のところに小太りのスーツ男が近づいてきた。トドロキプロダクション社長轟孝文、飛鳥の事務所の社長である。
「しゃちょっう♪どこいってたのぉ♪」
俺達より先に気づいたきらりが社長に抱き着いた。
「お~う!きらりちゃんお疲れさまぁ!ごめんね、どんくさいスタッフのミスの後処理に手間取っちゃって。ところで……こいつらはだれだい?」
社長はきらりに対して気持ち悪い猫なで声で接していたが、俺たちを見たときの「こいつら」という表現には明らかな毒があった。それは社長の俺たちを見る目からも感じ取れる。きらりがいる手前、とても笑顔だが目は笑ってない。
「轟社長はじめまして。俺たちは雛咲さんの友人ですよ。連絡はされてるはずですよね?」
蛍が俺の前に出て、煽り気味の自己紹介をする。
その自己紹介に社長が少し眉をひそめたあと、社長は深く息を吸ってきらりのほうに向き直す。きらりにここから離れるように指示し、きらりはそれにおとなしく従った。
きらりが遠くに行ったことを確認し、轟社長が話し始める。
「そうか、君が飛鳥の友人……と偽っている護衛役か。本当に子どもじゃないか」
轟社長は着崩れたスーツを整え、きらりがいたときとは明らかに違う威圧的な態度で俺たちに言った。
「知ってたんですか?俺たちのこと」
俺は轟社長に丁寧に質問をした。
「知ってたかって?お前らはバカなのか。飛鳥に関することを事務所のトップである私に何の断りもなくさせるわけがないだろうが。まったく……本当に大丈夫なのかこんなガキどもに……どうやらうちのきらりにもなにか聞いていたようだが?」
面と向かってバカと言われるとさすがにムカっとくるものがある。今はそれが自分の表情に出ていないことを祈る。
「きらりさんには今日のことをいろいろ聞いていたんです。細かいことも調べておこうと思いまして」
俺は若干の笑顔を交えながら質問した。精一杯のごまかしだ。
「調べておこうとはどういうことだ?お前らにお願いしたのはただのボディーガードだろう?余計なことなんかしなくていい。大城をボコボコにするなりなんなりして早く問題を解決してくれ。もし解決すれば、お前らにはもったいないくらいの報酬をくれてやる。期待はしていないがな」
本当に"余計なこと"なのは轟社長の最後の言葉だと思う。
轟社長は、俺たちの様子を見て大きくため息をついた。
「ああ、そういえば、この撮影が始まる前に怪しいやつを現場前の廊下で見た。帽子をかぶってマスクをした変なやつがな。それが大城だったんじゃないか?現場にはきらりもいたし、高木のやつもいたな……おい!高木!」
ざわざわと会議を行っていたスタッフ群の中から高木と呼ばれた男がこちらを向いた。その男は今回の撮影を担当しているカメラマンだった。
高木が近くによってきたのを確認した轟社長は高木に自分たちが鉢合わせたそのときのことを尋ねた。
「あぁ!俺が前入りしたときですよね!たしかに、俺が到着したとき、社長さんときらりちゃんが現場にいました!あのとき、お二人と少し今日の打ち合わせとかもしたりして……」
「そうだな。それが聞ければ十分だありがとう。戻っていいぞ」
態度が異様に軽いカメラマンを轟社長が追い返す。そうして、振り返った轟社長の顔は相変わらず不機嫌そうだったが、少し得意げな顔をしていた。
「どうだ?俺もきらりも高木すらも変な恰好の不審者を見ている。もしかしたら大城だったのかもしれないなぁ?まあ、大城のことを知っておきながら、その不審者に何もしなかったというのは悔やまれるが、ボディガードであるにも関わらず、そんな不審者を見もしなかったお前らよりは仕事をしていると思うがな?」
ボディガードはあくまでボディーガードであって警察ではない。ついでに言うなら探偵でもない。その俺達に大城を見逃してんじゃねぇよという旨の話をされるのは不本意であったが、残念ながら俺達は言い返せる立場にはない。
その後、轟社長はいくつか小言を吐いてから早乙女きらりのもとへ歩いて行ったが、俺はその小言のひとつも覚えていない。覚えようとも思わなかった。




