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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第二集「なりたい君に送る」
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第七節「女性には紳士的に」

 ドアを開けて、楽屋に入る。

 壁際には鏡台(きょうだい)がいくつか立ち並び、その前にはひとつずつ椅子が置かれている。その中の二つにはメイク道具やらお菓子やら様々なものが置かれている。

 その二つの鏡台前はしっかりとその人の特徴が出ていた。ひとつの鏡台前は必要最低限のメイク道具が背の順に並んでいて、それ以外は女性用の肩掛け鞄が椅子の上にひとつあるだけ。

 問題なのはもうひとつのほう。二つ鏡台を飛ばした先の鏡台前。単純に言って汚い。そんなに必要なのかと思うほどメイク道具は散乱してるし、お菓子や飲み物もある。といってもほとんど中身はない。正直に言ってゴミばかりだ。


 この二つは、モデルである雛咲飛鳥と早乙女きらりのものだろう。そして、願わくば、綺麗な鏡台前のほうが飛鳥のほうであってほしい。

「夏目君の思う通りだよ。そっちがあの子のだ。あの鞄は俺の部屋に来たときに見た」

 心を読まれた。彼が言うのだから間違いないだろう。だがしかし。

「お前の部屋じゃなくて、学校の図書準備室でしょうよ。紛らわしい」

 鏡台のほかに、楽屋の中央には大きなテーブル。そこにも椅子が五つ置いてあり、俺たちが探している二人はそこに腰掛けていた。


 椿さんは顔を手で隠してこの世の終わりかのように泣きわめき、飛鳥はそんな椿さんの背中をさすって「大丈夫だから」と少し笑いながら慰めていた。

 この場面だけを見れば、何かあったのは椿さんのほうだと誰もが思うだろう。

「あずかさぁんぅずみばぜんっぼんどにぃあずがざんがぁ!」

「大丈夫だから。いい加減、泣き止んでよ。もう」

 入ってきた俺たちに気づいたのは飛鳥のほうだった。俺たちが来た事を飛鳥から伝えられると、椿さんはゆっくりと立ち上がり、泣きっ面のまま俺たちに近づいてきた。


 よたよたと歩いてきて俺たちの前に来ると、それまでの頼りない動きに反して、とてつもない勢いで頭を下げた。

「ふぉんとうにありがとうございばしたぁ!」

 腰は九十度。

 完璧なお辞儀。

 野球男児みたいだ。

「あの、顔を上げてください!それに、助けたのは蛍ですから、お礼を言うならこいつに」

 俺の言葉を受けた椿さんは少し向く方向を変えて蛍のほうを向いて再びお辞儀とお礼をした。

「ちゃんとお礼言われてよかったじゃん」

「ここまでのお礼は求めてないんだけどね」

 さすがの蛍も少し苦笑いを浮かべている。


 その後、少し泣き止んだ椿さんの案内で俺たちは席に着いた。俺の目の前に椿さん。蛍の目の前に飛鳥という形で向かい合わせに座っている。

 ストロボが倒れた事故が人為的(じんいてき)に起こされたものだという説明をしたとき、やっと落ち着いてきた椿さんはヒステリックを再発したが、驚くことに当事者の飛鳥はひどく冷静で、蛍の推理を冷静に、ゆっくりと頷きながら聞いていた。

「てことは、誰かが飛鳥さんにケガさせようとしたってことですか!?あ!もしかして大城ですね!そうなんですね!?」

 椿さんがグイグイ寄ってくる。

「いえ、それは……」

「はい!その通りです!」

 俺は大城が犯人でないことを伝えようと思ったのだが、蛍がわざとらしく割って入った。

 蛍のほうをちらっと見ると、蛍は俺のほうを向いて左目でウィンクをした。それは恐らく「話を合わせろ」という意味だと思う。


 俺はおとなしくその指示に従った。

「あ、はい。蛍の推理でも大城の犯行だという結論です。でも、その裏付けを一応したいので、色々と皆さんにお聞きしたいことがあるんですが、大丈夫ですか?」

「はい!もうどんどんやってください!飛鳥さんのためだったら文句なんて――」

 この先少し長くなったし、内容も空っぽだったので略そうと思う。

 端的(たんてき)に言えば、特定の知識を過度(かど)に有する人間が尊敬の念を含めた言葉をただただ垂れ流していたという感じだ。要するにオタクの興奮状態です。こうなった人は手が付けられません。しょうがない。

 一通り話し終えたあと、俺たちは席を立つ。しかし意外なことに、それに合わせてずっと黙っていた飛鳥も一緒に立ち上がった。

「私もついてく」

 どうやら飛鳥は、俺たちの調査についてきたいようだ。

「いやそれはだめだ。絶対についてくるな」

 俺としては、別についてきても問題ないのではないかとも思っていたが、このとき蛍はなぜかかたくなに飛鳥がついてくるのを止めた。

 蛍にしては少し強めの口調だったこともあってか、飛鳥はバツが悪そうな顔をしながら席に戻る。結論として、調査は俺と蛍で行うことになった。

 蛍は席に座った飛鳥をみて小さく「すまない」とつぶやいていた。


     〇


「それで、最初はどこを調べる?」

 楽屋を出た廊下で俺は蛍に尋ねた。

「はっきり言えば、アテがない。今回は犯人候補が多すぎる。容疑者の数を全て上げれば、飛鳥の事務所の人間、現場のスタッフ、そして大城。そんで、遠慮をしなければ飛鳥のファン全員が容疑者ってことになる。キリがない。雛咲さんに恨みを持つ人の候補すらないと考えると……」

 蛍は頭を()いて考えている。

「恨みを持つ候補がないとは言い切れないんじゃないか?例えば、同じモデルの早乙女きらりちゃんとか」

 その瞬間、蛍は歩みを止める。それに合わせ俺も歩くのをやめると、蛍はこっちを向いて少し驚いた表情を見せた。

「なるほど。ライバル関係によって生まれる嫉妬ってやつか。よし、少しでも疑わしいとこからだ。やっぱり、人間関係でいったら君のほうが強いね」

「わっかりやすいイヤミだな」

 こっちもできるだけイヤミったらしく返した。


     〇


 しばらく歩いて、撮影現場へと近づいてきたころ、俺は蛍に楽屋を出るときのことを聞くことにした。

「蛍、なぜ雛咲さんがをついてくるのを止めたんだ?」

 俺たちは部外者である。ならば、スタッフたちに面識(めんしき)のある飛鳥と一緒にいることはメリットしかないはずだ。

 そんなことは蛍の方がよく分かっているだろうに、あのとき蛍は飛鳥がついてくるのを断った。

「う~ん。ノーコメントだ」

 やっぱりとぼけるかこの男は。

「まぁ、蛍が理由なくあんなことをするとは思わないが、なんだか様子がおかしかったぞ」

 蛍の口調は端的に言っていつも緩い。

 何もないときはどこかに座ってゆっくりと読書をしていたいという人間であり、かといって、彼にとって何もなくなるときは興味のある奇妙な事柄ができた今のような状況だけ。


 いつも薄っぺらいのか厚いのかわからないふわふわした感じの阿呆(あほう)である彼が、飛鳥に対して「だめだ」といったあの瞬間。あの瞬間だけはまるで蛍が神野蛍ではないような瞬間だった。


「たしかに……女性には紳士的にしなきゃあとが怖いからねぇ」

「そういやそれ、誰に教わったんだよ」

 誰に教わったかという純粋な興味だったが、その質問はどうやら蛍の痛いところをついたようであった。

 彼は急に表情を沈ませ、小刻みに震えてもいる。

 そして彼が言った一言は「知らないほうが良いこともあるよ」のみ。

 その後、俺は飛鳥のことと、その「知らないほうがいいこと」を何度も問いただしたが、蛍ははぐらかすばかりで、結局何もわからなかった。

 その押し問答も俺たちが撮影現場に着くことで終了する。この扉の先で聞き込みをするのは蛍ではなく早乙女きらりという女の子だ。

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