第六節「そんなことよりあつ森がやりたい」
大きな音と共に、鈍い振動が伝わる。倒れて地面へと叩きつけられたストロボはレンズが割れ、形も潰れて変質していた。幸いにも、この事故によるケガ人は一人もいなかった。それは、俺の隣にいたはずの蛍による功績だ。
ストロボが倒れる一瞬の間に、蛍は飛鳥のもとへ飛び込んだ。
それどころか、ストロボを避けつつ、自分を飛鳥の下敷きにしてクッションすることで、飛鳥への負担を最小限にとどめたのだ。
蛍はストロボを回避したあと、手を飛鳥から話して左右に放り出し、飛鳥を胸の上にのせたまま、大の字の体勢になる。
「蛍!大丈夫か!」
俺は軽く息切れを起こしている二人に近づく。二人は最初、倒れたストロボをじっと見ていたが、すぐに自分たちの距離の近さに気づいたようで、少し気まずそうに離れてお互いに距離をとり、座り込んだ。
「あ、うん!大丈夫。大丈夫だなも。それより雛咲さんのほうを見てあげて」
さすがの蛍もさっきの状態は少し恥ずかしかったらしく少し早口でそう言ったあと、蛍は倒れたストロボに近づいていった。俺は小さく笑いを堪えたあと、蛍に言われた通り飛鳥に声を掛けようと思った。が、飛鳥のほうにはいつの間にか椿さんや他のスタッフがいたため、俺がわざわざ心配する必要はなさそうだった。椿さんに至っては心配の度が過ぎて泣き出している。
口々に出る心配の声に対して、飛鳥は一人ひとりに「大丈夫」と返していた。
「すまんな飛鳥ちゃん……危険な目に合わせて。少し休憩挟むから、落ち着くまで楽屋で休んでてくれ。スタッフは集合だ!あと、お前!説教だコラ!」
さっきまで割とテンション高めだったカメラマンが真面目なトーンでスタッフに呼びかけ、ストロボを倒した新人スタッフを怒鳴りつける。
スタッフの人たちは撮影現場の一角に集まり、これからのことを会議しているようだった。あと、新人スタッフの人は可愛そうなくらい怒られていた。
そして、飛鳥は椿さんに支えられながら立ち上がり、そのまま楽屋へと向かう。いや、正確に言えば、泣いている椿さんを飛鳥が支えながらといった感じだった。
そうした流れのあと、俺はもう一度蛍のほうへと近づいた。蛍はストロボの前にかがんで目の前にある物体を観察している。
俺は蛍に近づいて中腰でそのストロボを覗き見た。
「俺なんか一ミリも動けなかったよ。事故が起きたのが蛍がいたときで本当に良かった」
「そうだねぇ。なにもなくてよかったよ。ちなみに、俺へのお礼もいまんとこなにもなかったんだけど」
あ、そういえば忘れてた。飛鳥たちはすぐ楽屋へと向かってしまったし、スタッフの人たちは飛鳥の安否のほうに気を取られて蛍に見向きもしていなかった。このときだけは、さすがに蛍が可愛そうだった。
しかし、その当人である蛍は、今はそれ以外のことに夢中なようである。
「これはおかしいなぁ……」
蛍は傾き防止用のおもりを持ちながら、そうつぶやいていた。
蛍はストロボのスタンドについていたおもりの入った袋を手に取り、俺に向かって差し出す。それを受け取り、手に持った途端、俺は驚嘆の声を上げた。
「軽い……」
おもりにしては軽すぎる。というか、ほぼ重みがない。俺はその袋を開けて中身を取り出してみる。取り出したものはティッシュ箱ほどの大きさの白い空箱。その箱には何も入っていない。
「蛍、これって」
「ただの空き箱だね。そもそも、ライトスタンドについているおもりってのは、ライトやストロボの重みでスタンドが倒れないようにするためにつけておくもの。でも、そんな空き箱じゃ支えられない。それに……」
蛍はスタンドの高さを固定するための止めネジを外す。
「この止めネジ、このスタンドに使うにしては短い。これじゃ、スタンドの高さを変えたあとに固定しようとしても完全には固定できない。少しでも本体傾けば、ライトスタンド全体が簡単に倒れてしまう。こんなミスをスタッフの人たちが見逃すとは思えないね」
「てことはつまり」
「誰かがこのスタンドに故意的に細工をしたってことだ」
蛍は外した止めネジを握りしめながら口元を少し緩めた。
〇
部外者の俺たちは、スタッフ陣が会議をしているその場にいるのが辛かったため、飛鳥と椿さんのもとに行くことにした。
撮影現場を離れ、施設の廊下を歩く。スタッフなのか施設の人なのかわからないが、何度か人とすれ違っては「なんだこいつら」とでも言いたげな視線を受けたが、その都度、満面の笑みで一礼を返してやった。
ところで、俺がそんなことをしている間、蛍はどうしているかというと、棒付きキャンディをくわえていつも通りなにやら考え込んでいた。きっとさっきの事故について考えているんだと思う。
「誰かが故意的に倒したんだとしたらさ、やっぱあのスタンドの高さ調節をしてたスタッフが怪しいんじゃないのか?」
俺は蛍にふと思ったことを尋ねた。
「それもないわけじゃないけど、あのスタッフさんが犯人だとするなら、止めネジやおもりに細工をする必要はない。ただ少し押し倒せばいいだけだ。今の段階では、犯人を断定することはできない。大城の犯行とも考えられる。そんなことよりも俺が今気になっているのは、なぜ細工されていたのがストロボのほうだったのかってことだ」
撮影現場には照明器具が二種類あった。定常光用の蛍光灯ライトと瞬間光用のストロボライト。主に使われていたのはストロボライトのほうであったが、光の調整に蛍光灯ライトも使われるらしい。
「今回使われていた蛍光灯ライトはストロボよりも重く、大きいものだった。なのに細工されたのは比較的軽いストロボのほう。雛咲さんにケガをさせたり、あわよくば殺してしまおうなんて思ったなら、蛍光灯ライトのほうに細工をしたほうがより確実なのに、なぜストロボだったのか。そこがすごい気になる」
蛍の言うことはもっともな気がするが、そんなことを気にすることがなにか手がかりになるのかは俺にはよくわからなかった。
「ケガをさせるだけで良かったんじゃないか?雛咲さんを脅すだけだったら、それで十分だろ?」
「意外と酷いことを言うねぇ夏目くんは。本当にそれだけだったら俺としても楽なんだけどねぇ」
蛍はどうにも腑に落ちないようだったが、それでも歩いてれば目的地に着く。俺たちは飛鳥と椿さんがいる楽屋兼メイク室へと行きついた。




