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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第二集「なりたい君に送る」
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第五節「経験が人を作る」

「ありがとうございます。よくわかりました。ちなみに、雛咲さんに恨みを持っているような人に心当たりなんかは……」

「そんなひとがいるわけないじゃないですかぁ!」

 椿さんの声が現場にいる全員の動きを止める。こっちとしては、脅迫状を送った人を突き止めるために聞いておきたいことだったのだが、この人に聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。

「飛鳥さんはたしかに無口だし、愛想(あいそ)がないし、ぶっきらぼうですけど、でもでもどこか憎めなくて、可愛くて、かっこよくて、それでいてとっても優しい女性なんです!飛鳥さんのことを(うと)ましく思っているスタッフなんてひとりもいませんよ!」

 椿さんの熱弁(ねつべん)により、スタッフの視線は一気に俺たちに集まる。


「あのはい。わかりました。落ち着いてください」

 興奮していた椿さんは俺の言葉でようやく落ち着いようで、周りの状況を見て顔が一気に青ざめた。椿さんはスタッフへ何度も頭を下げる。

 そしてその瞬間、あたりに笑い声が溢れてきた。

「あぁ、また椿さんのオタク熱論か〜」

「椿さんも可愛いですよね」

「ほんっと、飛鳥ちゃんのこと大好きなんだから」

 スタッフの人たちが口々に椿さんのことを話している。おそらくこういったことは始めたではないと伺える。しばらくの間、現場は明るい雰囲気に包まれ、椿さんはひとり恥ずかしそうに自分の席へと戻った。


 しばらくしてスタッフは仕事へ戻っていき、現場は落ち着きを取り戻す。聞き込みは椿さんの暴走により中断されてしまったため、もう少しだけ話を聞かなければならない。

 といっても、俺からの質問はもうない。あとは隣にいる名探偵のお仕事だ。


「蛍、なにか他に聞きたいことは?」

 俺は隣で机にぐーたれている蛍に尋ねる。

 俺の声掛けに反応して、蛍は顔を上げ、まっすぐ前を見た。向かいには飛鳥が座っており、飛鳥は自分の持っている本を黙々と読んでいた。

「夜は短し歩けよ乙女」

 蛍は飛鳥を見ながらそう言った。

「なに言ってんの?」

 純粋に意味がわからない。蛍は顎をクイッとさせて自分の前を示す。蛍が示したのは飛鳥。というより、飛鳥の持っている本のようだった。

「知ってるの?」

 今まで本に夢中になっていた飛鳥が、蛍のほうを見る。その表情は相変わらず無表情のままだったが、不思議と目はいつもとは違うように見えた。

「もちろん知っているよ。俺の好きな作家だもの」

 そういって蛍はまた顔を伏せる。蛍の言葉を聞いた飛鳥は、持っている本を少し上げて、自分の顔を隠した。だが、正面からは見えなくとも、斜め前にいる俺からはその表情が丸見えだ。いったいどんな表情をしていたか。それはまぁ、読者の皆様の想像におまかせしよう。


「はいオッケー!きらりちゃんお疲れ様です!じゃあ次、また飛鳥ちゃんねー」

 スタッフの声が現場に響いた。その一声により、他のスタッフたちも一斉に動き出し、その場が一気に騒がしくなる。

 そんな喧騒(けんそう)の中、一人の男が現場に入ってきた。

「皆さんおはよう!おっ、きらりちゃん今交代かな?」

「しゃちょーう♪きてくれたんだね♪きらりうれピヨ♪」

 今まで撮影をしていたモデルが、入ってきた男に抱き着いた。抱き着かれた男も、抱き着いてきた女の子を抱きしめて頭をなでている。

「えっと、あの人たちは誰でしたっけ」

 俺は椿さんに尋ねた。

「男の人はうちの事務所の轟孝文(とどろきたかふみ)社長ですね。女の子のほうは早乙女(さおとめ)きらりさん。事務所所属のモデルです。と言っても、きらりさんはモデルというより、アイドル活動のほうに力を入れてらっしゃいます」


 椿さんが答えたあと、飛鳥が椅子から立ち上がる。本にしおりを挟んで机に置き、撮影の交代をするべくカメラ前に向けて歩き出した。それを見て、椿さんが慌ててついていく。

「あ!良かったら、お二人も近くで見てみませんか?」

 そう言われて断るわけにもいかないので、俺も席を立つ。しかし、予想通りに蛍は一ミリもその場から動かない。体は子供、頭脳は大人のどこかの名探偵ばりに「俺はパス」と言っていたが、そんな蛍を俺は無理やり立たせて歩かせた。


 俺たちは撮影の邪魔にならないように椿さんの隣にぴったりついて飛鳥を見ていた。

 メイクをして、衣装を着て、照明に照らされた飛鳥はまるで別人のように見える。元々、誰に聞いても美人だというほどの美貌は持っているが、そこに演出という手が加わるともはや完璧とも言える画が出来上がる。大人びた性格の飛鳥だが、今日の飛鳥は輪をかけて、高校生とは思えない美麗(びれい)な雰囲気を(かも)し出していた。

「やっぱり同い年には見えないよな」

 俺は蛍に顔を向けて、撮影の邪魔にならないほどの小さな声で話した。

「あぁ、ほんとに。彼女はそこらにいる女の子とは何か違う雰囲気を持っている。だけど、はたしてそれがいいことなのかどうかは……微妙なところだね」

 いつも通りの、死んだ魚のようなふぬけた顔で彼は言った。


「それはまたハッキリしないな」

「うん……人を作るのはいつだって経験だ。経験が人を作る。これはあたりまえのように聞こえるけど、多くの人がその言葉の本当の重みを理解していない。彼女が年齢に似合わない憂いを含んでいるのならば、相応の経験をしてきたってこと。それは、本当にまだ若くて未来ある彼女が体感し、知るべきことだったのかどうか。それは、俺にはわからない」

 蛍は相変わらずのふぬけた表情で語っていた。しかし、次の一言を言うときだけ、彼の目がどこか寂しそうだったことを、俺はよく覚えている。

「もしかしたら彼女は、黒髪の乙女に憧れているのかもしれないね」

「それって……」

 蛍の言葉の真意を聞こうとした瞬間、隣にいた椿さんが俺たちに軽く注意をした。二人で話しているうちに少し声が大きくなっていたようだ。


 これはさっき、椿さんから聞いたことだが、飛鳥は中学生になったばかりのころから芸能界へと入り、モデル業から女優業まで幅広く活躍してきたらしい。若くからそんな世界で生きてきた彼女は、今の飛鳥たらしめる経験を数多く体験してきたのだろう。きっとそれは、これまで普通に育ち、普通に学生生活を送ってきた俺には想像もできないことなのだと思う。


「ちょっとストロボ低いんじゃないか?もうちょっと高さ上げた方が良いと思うんだが」

 俺たちとは反対側、カメラマンをはさんで向こう側で見ていた轟社長が声を上げる。それを受けたカメラマンは少し悩んでいたが、しばらく考えて納得したようだった。口を結んで小さくうなずいたあと、おそらく新人と思われる若いスタッフにストロボの高さを上げるように指示をした。


 新人スタッフは大きな返事とともにストロボへ近づく。手をかける。止めネジを外して高さを上げる。高さを決めて止めねじをとめる。手をはなす。

 ただそれだけだ。ただそれだけだったのに、その新人スタッフが手を離した瞬間、高く上がったストロボが小さく揺れた。そして、数秒もたたないうちにストロボが傾く。傾いた先には飛鳥がいる。

 あまりにも突然のことに、この場にいる全員が動けなかった。ただ、一人の高校生を除いては。

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