第四節「ラブレターがほしいです」
蛍が本を読みふけっている間に、俺は椿さんとの打ち合わせを済ませた。
飛鳥はずっと黙っていた。何かにおびえているわけでもなく、かといって偉そうというわけでもない。図書準備室を見回したり、椿さんの手帳を見たり、時折、窓辺にいる蛍のことを見たり。彼女はどこか遠い目でそれらを見ている。
同じ高校生のはずなのに、高校生だと感じさせないその様相はいったいどこから生まれるものなのだろうか。
ひと通りの打ち合わせを済ませたあと、二人は学校を出た。
「それで、今回はなにが気になってるんだ?」
俺は蛍に聞いた。俺がそう言った瞬間、
「そうかぁ。やっぱりわかっちゃったか」
「分かるよさすがに。白々しい演技だったなぁ『か弱き女性は放っておけません』って」
「探偵ぽかったでしょ?」
蛍はいたずらっぽく笑いながら振り向いた。
「てことは高校生探偵だな。工藤〇一だ」
「俺は探偵ではないよ」
「演じてたのは自分だろうに」
彼は自分を探偵ではないと言う。しかし、ときとして彼は自らを探偵として派手なパフォーマンスをすることがある。彼が言うには、探偵のふるまいは物事を円滑に進めやすいらしい。
なにかを企んでいるとき、なにかに気づいたとき、そしてなにより、何かに興味を持ったとき。彼はそこに探偵として存在する。
蛍は手に持っていた脅迫状をテーブルに置いて俺の前まで押し出す。そして、ソファに座らず地べたにあぐらをかくと、顎をテーブルへと乗せた。
「さて夏目君、それを見て思うところは?」
蛍に言われて、俺は脅迫状を手に取って観察してみる。
「おれのモのニなれサモなければコろす」
ひらがなとカタカタ交じりの脅迫状。新聞と雑誌を切り抜いた文字で作られている。脅迫状の裏には何も書かれていない。折り目は綺麗に三つ折りになるような部分についており、何も考えずに折るだけで封筒にぴったりはいるような大きさになる。
これ以上は……正直特徴がない。
「見たところ、普通の脅迫状だけどな」
「脅迫状ってだけで普通じゃないんだけどね」
蛍は俺の手から脅迫状を取り上げ、表を俺のほうに向けて見せる。そして人差し指で文面をなぞる。
「"俺のものになれ、さもなければ殺す"つまり、この脅迫状を書いた人間はどういう意図でこれを書いたか」
「どういう意図って、つまり飛鳥が自分に興味がある状態ではないから、自分に好意を持ってほしい。それが叶わないならいっその殺してやるぞ!っていう意思を伝えたかったんだろ?」
「きっと、そういう意図で書いたんだろうね。だけど、昨日の大城の言っていたことを考慮すると、それはおかしい」
大城の言っていたこと。つまり、飛鳥を襲っていたときに言っていたこと。大城はあのとき「迎えに来たよ」「飛鳥に手紙をもらった」と言っていた。そこで俺は理解する。
「そういうことか」
「そう。大城はあのとき『飛鳥から手紙をもらった』と言っていた。つまり、大城からすれば、飛鳥が先に大城に好意をもったことになっており、すでに相思相愛。すでに俺のものになっていたはずなんだ。しかし、脅迫状の送り主はそうは思っていない」
人からラブレターをもらったとき、もし自分もその相手が好きであれば誰もが喜々としてラブレターへの返事をするだろう。だって相手は自分のことが好きだと知っているのだから。
しかし、そうなるといったい誰がこの脅迫状を書いたという問題が生まれる。
「それはまだわからないよ」
「心の中を読むのやめてくれない?」
「それはどうでもいいけど、この脅迫状を書いたのが誰なのか。どんな目的で書いたのか。それにはとても興味があるね」
蛍がこの依頼をすんなり受けたのは、この脅迫状の存在があったからだろう。今回の案件にはもう一人の謎の人物が関わっている。そういうことになれば、我が桜嘉高校の探偵は喜々として依頼を受ける。でも、蛍が依頼を受けた理由は何となくそれだけではないようにも思えた。
蛍はテーブルに脅迫状をそっと置き、片肘をついて手を顔の前にもってくる。蛍は脅迫状をガン開きの目で見ていた。
〇
太陽のように照りつける照明。けたたましく鳴り響くシャッター音。その場にいる何人ものスタッフたち。その人たちが見ているのは自分たちよりもずっと若い一人の女の子。雛咲飛鳥であった。
俺たちがやってきたのは都内の撮影所。飛鳥が雑誌の撮影をするということで、友人として"特別に"見学をさせてもらうことになった。という名目のボディーガイドだ。
俺と蛍は現場にあったテーブルに向い合わせで座っている。撮影が始まるまで、スタッフの人たちは俺たちを怪訝そうな目で見ていた。当然だろう。どう見てもスタッフには見えない高校生が現場に座っているのだ。はっきり言って邪魔だろう。超気まずい。
しかし、その空気はある女の子の登場により一変する。雛咲飛鳥の登場だ。彼女が「おはようございます」と丁寧な挨拶をして現場入りしたとたん、今までゴタゴタしていた準備時間が、一気に撮影時間へと変わるのが肌で分かった。
空気がぴりついたということではないが、ただなんとなく空気が変わったのが分かったのだ。きっとこれが芸能人オーラというやつなんだろう。
結局、撮影が終了するまで俺たちはなにをするわけでもなく、黙ってただただ撮影を見ていた。明確に言えば、それ以外することがなかったのだ。もっと明確に言えば、この状況でなにかしたら普通に怒られる。動けません、無理です。
「はいオッケー!じゃあ次はきらりちゃんね!飛鳥ちゃんは少し休んでていいよー」
スタッフの一声でモデルが交代する。そうして交代したあと、傍らにいた椿さんが飛鳥へと近寄っていった。そしてすぐ隣につくと、飛鳥に何かを伝えている。いや、伝えていたというより、はしゃいでいたという方が正しいと思う。おおかた「今回の飛鳥さんも素晴らしいです!」なんてことを言っているんだと思う。
しばらくして、やっと落ち着いた椿さんが俺たちのもとに駆け付けてきた。
「今日は休日なのに来ていただいて本当にありがとうございます!」
椿さんが俺たちに頭を下げた。
「いえいえ!どうせ日曜は俺たちはなにをするわけでもなくひまですから、大丈夫ですよ」
「俺の休日がひまかどうか夏目君に決められたくないね」
「ひまじゃないの?」
「ひまだけど」
俺たちがグダグダとした会話を繰り広げている間に椿さんと飛鳥は俺たちの向かいの席につく。椿さんは手帳を取り出し、スケジュールの確認。飛鳥は椿さんから受け取った本を開いて読書にふけっていた。
俺はこっそり椿さんの手帳の中を覗き見る。
そこには、モデル雛咲飛鳥のおびただしいほどのスケジュールがびっしりと書かれていた。そしてもっと驚くべきなのは、仕事量よりもその対になる休日数だ。その数は片手で数えられるほどしかない。というか指一本で足りる。要するに一日しか空きがない。
飛鳥は学校に通って、友達と勉強や遊びに夢中になっていてもいい年ごろだ。しかし、これではきっとそんな余裕はないだろう。ひまな俺たちとは大違いだ。
「えっと、椿さん。一応スタッフの人たちのこと教えてもらってもいいですか?」
ひと段落して、俺は椿さんに飛鳥の身辺について聞いてみることにした。脅迫状の送り主が大城でないとわかった以上、では脅迫状を送ったのはいったい誰かという話になってくる。そうなれば、飛鳥の周りにいる人たちの情報を知っておく必要がある。
とまあ、これに関して一番知りたがっていたのは蛍のほうだ。しかし、この万年阿呆の読書中毒者は「めんどくさいなぁ」の一言でこの役目を俺に押し付ける。あとでジュースをおごってもらおう。
俺の質問に対して、椿さんは怪訝な顔を浮かべていた。
「別にいいですけど、そんなこと聞いてどうするんですか?」
「あ、深い意味はないんですけど、護衛する上で一応知っておいた方が話が早いかなぁと思いまして」
脅迫状の送り主が大城ではないということは椿さんたちには秘密にしている。伝えても飛鳥は何も言わないかもしれないが、椿さんは別だ。伝えればきっと、今以上に落ち着かなくなって手が付けられなくなる。俺たちの動きやすさを考慮しても、伝えないほうが良いと俺たちは考えた。
「なるほど!そういうことですか!スタッフの皆さんいい人ばかりですので、ちゃんと聞いといてくださいね!」
椿さんは手帳を閉じ、俺は椅子に掛けた上着のポケットからメモ帳を取り出した。




