第三節「ご都合主義でもいいじゃないか」
「ボディーガード……ですか」
「はい。是非お願いしたいんです。一度飛鳥さんを助けた夏目さんたちになら安心してお任せできると思いまして」
そう言いながら椿さんは鞄から封筒を出し、中から折りたたまれた一枚の紙を取り出した。加えてその紙を開いてテーブルに置く。
「ふぉうふぉれふぁ、ふぉうふぁくふょうぅふぇすか?」
お菓子を食べるのに夢中になっていた蛍が初めて言葉を発する。しかし、その声は聞き取るには難しかった。
「ちゃんと飲み込んでから喋れよ。えぇっと、これは、脅迫状ですか?」
テーブルの上に置かれたそれはまさに脅迫状だ。一枚の紙に雑誌や新聞を切り抜いた文字で「おれのモのニなれサモなければコろす」と書かれている。
蛍はこの脅迫状を見て態度が明らかに変わった。新しいおもちゃを得た子供のように目をキラキラと輝かせている。
「この脅迫状が三日前に事務所に送られてきました。そして、二日後に大城が飛鳥さんを襲った。差出人は不明ですが、この脅迫状を送ってきたのはおそらく大城です。このようなものを送ってきた大城がここで引き下がるとは思えません。何かしらの対策をしなければいけないという話になりまして」
椿さんの言う通り、こんな状況であれば飛鳥の身を守るために対策を講じるべきだろう。だが、これを俺たちに依頼するとなれば当然のように沸き起こる疑問がある。
「なぜわざわざ俺たちを?俺たちよりも警察。そうじゃなくても民間のちゃんとしたとこに頼んだほうが良いんじゃありませんか?」
飛鳥を一度助けたからといって、高校生の俺たちにそんなことを任せるというのは妙だ。俺の問いかけに対し、椿さんは申し訳なさそうに口を開いた。
「それができれば一番いいんですが、このことを社長に相談したところ、飛鳥さんの人気に支障が出るから、少しでも噂が広まるような機関に頼るのは避けろと言われてしまいまして……」
「なるほど、それで警察に連絡できなかったんですね」
「はい。飛鳥さんと歳が近い夏目さんたちであれば、飛鳥さんの友人としてごまかすこともできます。といっても、これは全て、私ではなく飛鳥さんの案なんですが」
椿さんが飛鳥を見る。飛鳥は片手にクッキーを持ちながら蛍のほうを見てこう言った。
「あなたたち、私のこと知らなかったでしょ」
飛鳥がここに来て初めて言葉を発する。俺達にボディーガードをさせるという案は飛鳥からの案だと椿さんが言った。その理由は「俺達が飛鳥のことを知らなかったから」という理由。しかし、それだけで依頼をしてくるだろうか。
飛鳥の言葉を聞いて、椿さんが続く。
「今じゃ、どんな人がどんな情報をネットで流すか分かりません。誰に依頼するにしても飛鳥さんの情報が流れるリスクは避けられない。その点、飛鳥さんのことを何一つ知らなかった世間知らずの高校生であれば可能性は少ないということだと思います」
椿さんの言った「世間知らず」という言葉が俺たちに突き刺さる。
「あ!す、すいませんっ!」
椿さんにも自覚はあったようで、すぐ謝ってくれた。今回は良しとしよう。
〇
そこから少しの間、椿さんは事務所がどうたらとか飛鳥のライバルがどうたらとか早口で色々聞かされたが、正直に言うと、半分以上聞いていなかった。というより、意味不明な言葉とかも聞こえたりして、理解が追い付かなかったというべきだろう。たぶん、この人は飛鳥のマネージャーでありながら、一番の飛鳥のファンなのだ。
そうやって話を聞き流している間、蛍はずっと脅迫状を見ていた。そして、飛鳥は脅迫状を見る蛍をじっと見ていた。この二人はどこか似ているような気がする。
「夏目君。この依頼をお受けしよう」
蛍のその言葉で椿さんの話が中断された。いきなりのことで蛍以外のこの場にいる全員が驚く。二・三秒の間をはさんで、言葉の意味を理解した椿さんが「ほんとですかぁ!?」と大音量で叫んだ。こっちのほうが驚いたわ。
「ええ!本当ですとも!こんな、か弱き女性を放ってはおけません!全身全霊をもってこの依頼をまっとうすることをお約束しましょう!」
蛍は二人に向かって高らかに宣言した。椿さんは喜々として喜んでいたが、飛鳥はすこし首をかしげて怪訝な顔をしていた。
「おい蛍……」
「しゃらっぷ!」
いったい何を考えているのか。
椿さんが鞄から手帳を取り出し、ペラペラとめくった。
「それじゃさっそく、これからのスケジュールを」
「いや、それはあとで夏目君と打ち合わせしてください」
蛍の言葉に椿さんが手を止める。
「えっと……それじゃあ今はいったいなにをすればよろしいんでしょうか」
椿さんが戸惑いながら質問した。蛍がそれに答える。
「質問したいことが二つあります。これからどうするかなんてことはそのあとで良いです」
「わ……かりました。それでは、なにをお聞きに」
「すいません、椿さんではありません。俺が話を聞きたいのは君のほうだ」
椿さんが話し出すのを遮り、蛍は飛鳥を指さした。飛鳥は最後のクッキーを加えながら、蛍をじっと見つめた。
「昨日、大城が君を襲ったとき、大城は『手紙をもらった』と言っていました。でも君は『知らない』と答えていた。確認しますが、あなたが大城に手紙を送ったことはないんですね?」
飛鳥は口をモグモグと動かしてクッキーをごくんと飲み込む。しばらくして落ち着いたかと思うと、飛鳥は静かに口を開いた。
「私は手紙なんて送ったことない。大城って人のことを知ったのも、昨日のことがあってからです」
飛鳥の言葉を聞いて、蛍が小さく「なるほど」とつぶやく。ここまで見てきて分かったが、飛鳥の口数は少ない。というかほぼ皆無。
何を考えているのかを予測するのは非常に難しいが、不思議と嘘を言っていないことは何となくわかった。
「大城のことは黙っていたんです。ストーカーがいるということは事務所の方でも把握はしていたんですが、大城のことを教えれば、飛鳥さんの不安をあおることになるだろうと」
椿さんが飛鳥の話に補足した。
「分かりました。では二つ目です」
蛍はポケットから棒付きキャンディを取り出して口に入れた。質問中になぜ舐め始めたのかと問いたいだろうが、ご勘弁いただきたい。彼は頭を使いすぎていつも糖分が足りてないのだ。
蛍は一呼吸おいて二つ目の質問を投げかける。
「なぜ君は、まったく怖がっていないのかな?」
質問を受けて、飛鳥は眉を少しひそめた。飛鳥はひどく落ち着いていて無口。とても同い歳には見えないが、本来はどこかの学校に通っているはずの十六歳の女の子だ。それなのに大城の話に何一つ怖がっている様子はない。
普通の女子高生ならば、自分がストーカーに狙われているときにこんなに落ち着いていられるわけがない。俺だったら家にこもる。
飛鳥は蛍の質問を受けて、目を伏せた。
その表情を見て、蛍は横の椿さんをちらりと見てからまた視線を戻す。
「わかりました。今無理やり聞こうとするのはやめます。これもまたあとで。ではお待たせいたしました!夏目君。椿さんとの打ち合わせよろしく」
蛍はベンチから立ち上がり、窓辺へと移動する。窓枠へと腰掛ける。夕暮れの空にたそがれて、本を開いて。いつもの趣味へと没入する。
その姿を、飛鳥はじっと見つめていた。




