第一節「帰り道に女の子を助けるなんて小説の中だけの話」
夕焼け沈む帰り道。俺は蛍と二人で帰路についていた。決していつも一緒に帰っているわけではない。今日は楽しみにしていたゲームの発売日だからだ。行きつけのゲーム店は蛍の帰路の途中にある。そのため仕方なく一緒に帰っているだけだ。
神野蛍という人間は、俺の身に起きた事故を引き起こした犯人と引き起こさせた犯人を突き止めた。彼は一見、事件を解決したヒーロー。探偵である。
しかし、彼は決してみなを救うヒーローというわけではない。かといって悪役というわけでもない。なんとなくふわふわしていて、それでいてどこかしっかりとしている奇妙な変人高校生なのだ。赤みがかった赤髪と左頬の絆創膏は彼の風変わりな奇抜さをさらに誇張させている。
そんな蛍と、俺は行動をともにするようになった。そんな俺のことを「物好きなやつだなぁ」と蛍は言うが、そんなときは「蛍に言われたくない」と返してやるのがお決まりになっている。
「何も帰りまでついてこなくていいだろうに」
蛍は俺に皮肉を言う。蛍は眉をハの字にして微妙な顔をしている。正直、絶対に言われると思った。
「別に好き好んで一緒に帰ってるわけじゃない。俺はゲームを買いに行くだけだよ」
「へぇ。夏目君がゲームにハマっているとは驚きだね」
「むしろ今は一番の趣味だよ」
剣道をやっていたときは、剣道以外の唯一の趣味としてやりこんでいた。今じゃ剣道もなくなってこれしかない。まさかこんなことになるとは自分でも思っていなかったが、もともとやれば徹底的にやるタイプであったためか、今じゃ自慢できるほどの腕前は持っていると思う。
今回の一件は、人通りの少ない道を歩いていたときから始まる。俺たちの目の前で、それは起こった。
目前の奥から女の子が走ってくるのが見える。しかし、見えたと思った瞬間、女の子は見えなくなった。ふっと消えたわけじゃない。ただただ大通りの路地に入っただけだ。問題はそこじゃない。女の子が入っていった先が行き止まりで、なおかつ、後を追って男が同じ路地に入っていったことが問題なのだ。
「蛍、もしかしてアレって」
その瞬間、返事もせずに蛍が走り出した。考えていたことは同じだろう。
あの女の子は、あの男に追われている。そして、行き止まりにぶち当たり、その先は……いろいろ想像はつくが、どれも良い想像ではない。
俺は走り出した蛍の後ろを追いかける。だが、一向に追いつける気配がない。
「蛍!超速くない!?」
俺は、元はつくが運動部だったはず。それなのに、四六時中本ばかりを読みあさっている蛍のほうが速い。そんなのおかしい。どうやら、蛍は頭だけじゃなく運動神経までも良いらしい。
蛍のあとを必死に追いかけていると、いつの間にか女の子が消えた路地へとたどり着く。そこでは、今まさに男が女の子に襲い掛かろうとしていた。
「はぁ……はぁ。ねぇ飛鳥ちゃぁん。どうして逃げるの?手紙をくれたのは君のほうじゃないか。さぁ……迎えに来たよぉ」
男が女の子に言った。どうやら女の子の名前は「飛鳥」というらしい。俺たちと同い年ぐらいか、少し年下に見える。長い黒髪の女の子だ。
そして、問題の男。服を着ていてもわかるガリガリの体で、顔には不気味な生気が宿っている。服装はラフなワイシャツ姿だが、手首には特徴的な小さな十字架がついた銀のバングルをしており、その手にはナイフが握られている。
どう見ても、正常には見えない。
「そんなの知らない……私、手紙なんて送ったことない」
飛鳥が答えた。男はそれを聞いて、明らかに機嫌を悪くする。男はよくわからない奇声を発しながら、飛鳥に詰め寄っていった。
飛鳥は静かに「助けて」と口にした。
「助けてなんて言われちゃったら、助けるしかないね」
ここで、蛍が言葉を発する。その言葉に二人はやっと俺たちに気が付いた。
「誰だよお前ぇらぁぁぁっ!」
男が俺達に向かって叫ぶ。ただ、今考えることではないと思うが、いささか気づくのが遅すぎないか。
「誰と聞かれてもなぁ。えっと……俺達って誰かな夏目君」
「知るか」
少なくとも、俺の名前が夏目ってことだけは伝わったと思う。
「俺が誰かなんてことは昔っから俺も考えてるけどね、襲われてる女の子を放っておくほど腐った人間じゃないってことは確かだ。あ、ごめん。そんなに難しいこと聞いてない?名前だけでよかったかなぁ」
蛍はこんな状況でも軽口をたたいている。これは俺の経験からだが、こういう軽口を蛍に初対面で吐かれた場合、その対象がいっぱいいっぱいであればあるほど
「俺と飛鳥の邪魔をするつもりかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
やっぱりこうなる。男は蛍に逆上した。男はさっきまで飛鳥に向けていたナイフを蛍に向け、こちらに走ってくる。ここで気づいたが、俺は蛍の独特な雰囲気に呑まれて、男がナイフ持ってたことをすっかり忘れていた。一瞬、頭の中にしまったという言葉が浮かんだが、その間にも男は迫ってくる。
「さて、夏目君。よく見ていてね」
男は蛍に向かってナイフを振り回す。蛍は距離をとり、ナイフを避け、余裕をもってしゃべりだした。
「凶器を振り回してきたら距離をとる。そして……直接攻撃が来たら片足軸回転で攻撃をかわし、そして……」
男は右手を大きく伸ばし、ナイフを刺しに来る。その男の手首と首をつかみ、地面に押さえつけた。
「手首と首をつかんで地面に押さえつけ、手首をひねって凶器を落とさせて蹴り飛ばす。これでオーケー。逆上した人間にはより効果的だ。ちなみに某漫画ではこれをガン〇ッド・マーシャル・アーツと言います」
蛍は軽々と男を押さえつけ、これまでの動きを解説して見せた。
「……ッ!離せ!離せぇぇぇぇぇぇ!」
押さえつけられてるヤツと押さえつけてるヤツの温度差が違いすぎて、どうリアクションをとっていいかわからなくなる。シリアスな雰囲気だったはずなのに、蛍が絡むだけでなんかフワフワしてきた。さっきまでおびえていた飛鳥でさえ、今の状況が呑み込めていない。あまりにも素っ頓狂な顔をしている。
ふと我に返った俺は、蛍のもとに行きハンカチを取り出した。ハンカチを細くして男の腕を縛ろうと試みる。間違って男の腕と蛍の腕を結んでしまいそうになり「あっ、ちょ違う。そこ触っちゃだめアハハ」と蛍が気持ち悪い声を発していたが、聞かなかったことにした。
なんとか男の腕を後ろ手に縛ることができた。完全ではないが、これでしばらくは自由に動けない。
俺がちゃんと縛ったのを確認すると、蛍はふぅと一息つきながら立ち上がり、壁にもたれかかった。
そんな蛍を見て、飛鳥は恐る恐る俺たちに近づいてくる。蛍がその姿を見て口を開いた。
「とりあえず、これで安心です。あとは警察に連絡してください」
「……はい。ありがとうございます。でもあの……警察はちょっと……」
飛鳥はどこか気詰まりした感じで答えていた。
「警察に通報するのに何か不都合でもあるの?」
飛鳥の様子を見て、俺は尋ねた。俺の問いかけに飛鳥は口をつぐんでいる。どうやら、止むに止まれない事情があるようだが、こんな状況で警察に通報しないほうがこの先どうなるか分からない。
俺はそれ以外に何を提案すればいいのか思いつかなかった。俺が何も口に出せないでいると、蛍が代わりに質問する。
「一応、お名前だけ聞いといても宜しいですか?あと、彼との関係を」
蛍は、縛りつけられて悶えている男を指さして、彼との関係性を尋ねた。
「えっと……私は雛咲飛鳥と言います。その人が誰かは……わかりません。道を歩いていたら私の後ろにぴったりついてきて、それで逃げたら、追いかけてきて……」
「追われる理由はわかりますか?」
「それも……わかりません」
どうやら男はいわゆるストーカーというやつらしい。
飛鳥の少しおびえたような表情は、嘘を言っているようには見えなかった。
「つまり、この男をかばって警察に通報しないというわけではないようですね」
まったく知らない人間をかばう意味はない。おそらく理由はそれ以外にあるのだが、それはいったいなんなのか。
俺がそれを考えていたとき、下をうつむいていた飛鳥が顔上げた。
「あの……私のこと知らないんですか?」
飛鳥から発せられたその言葉に俺と蛍は困惑する。ここで初めて会って、初めて話したのに知っているわけがない。むしろ知っているほうが怖いだろう。俺たちはエスパーじゃないんだから。
「あなたが誰かなんて存じ上げませんが、通報しないなら何か対策は講じたほうがいいでしょうね。俺たちが話しているうちに、あの男はにげてしまったようですから」
「はぁ!?」
蛍の言葉に一番驚いたのは俺だ。とっさに振り返ると、さっきまで腕を縛られて悶えていた男が跡形もなく消えている。腕を縛られながらも必死に逃げ出したようだ。
「おいおい!どうすんだよ蛍!お前、絶対その位置見えてたろ!」
「見えてたよ」
「じゃあ言えよ!阿呆が!」
「いやまぁ、いいんじゃない?」
「なにがいいんだコラ!」
俺は蛍の頭にチョップを食らわせた。
〇
その後、俺たちは飛鳥と別れた。飛鳥を一人にすることは少々不安だったが、今日中にもう一度襲ってくるというのは考えにくい。それに、飛鳥自身が「もう大丈夫です」と言ってきかなかった。
当人がいいと言っているのに、無理についていくのも問題があるだろう。
しかし、すこし気になることがある。
さっき飛鳥と話していたとき、蛍がどこかよそよそしかったことだ。
いつもおちゃらけているくせに、彼女の前ではなぜかこう、紳士的だった。そこで俺は聞いてみる。
「なんであんなにあの子の扱い丁寧だったわけ?」
「女性には紳士的に接しないと、あとが怖いんだよ」
そう言った彼の表情はこの世の終わりかのように青ざめていて、体は小刻みに震えている。どうやら、何かしらのトラウマを抱えているようだ。
蛍の新たな弱点を解明しつつ、俺たちは帰りの道をだらだら歩いた。
「それにしても、今回は展開が早いね」
「そういうこと言わないの」




