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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第一集「夢破れた少年」
13/35

最終節「渦巻く気持ちが君を殺した」

 西城先生と門谷先輩につられて、他の剣道部員たちもぞろぞろと帰り始める。帰り際英人が俺のほうを見て小さくうなずいたのがわかった。

 

 屋上からほとんど人がいなくなったあと、その中から美香が近づいてきた。

「けーんじ。これで全部解決だね」

 美香が俺の顔を覗き込んでくる。美香があまりにも近くに寄ってきたため、俺は一歩その場から引き下がった。

「あぁ。これで全部な……あんまりいい結末だったとは言えないけどさ」

 俺は今までのことを思ってただうつむく。門谷先輩が犯人だったということは、あまりにも辛く、衝撃的なことであった。


「そうだよね。今までずっと一緒にやってきたんだもん……でもさ、切り替えなきゃ。ここでまた、違う自分になってみようよ」

 美香の言う通りだ。俺はこれまで、周りのことをたいして見ていなかった。見てるつもりでも、見えていなかったのだ。今回の一件で、俺は英人が俺のことをどう思っていたのかを知り、樹の尊敬の大きさを知り、門谷先輩が俺をどれだけ(ねた)んでいたかを知った。


 美香による提案がなければ、蛍に出会うこともなく、俺はずっと事故のことを割り切れなかっただろうし、みんなの気持ちを知ることもなかったのだ。

 俺は美香にお礼を言うために顔を上げた。美香は俺に向かって微笑みかけている。


「美香、今回のことは本当にありが……」

「お礼を言うのはまだ早い。言うにしても、その子に言ってあげることじゃない」

 黙って立っていた蛍が、俺のお礼を遮った。

「どういうことだよ。あぁ、そうか。確かに美香の前に君にお礼をするべきだったな。ありが……」

「そんなもんもいらないさ」

 いよいよ、蛍の言うことがわからなくなってきた。彼の言いたいことがわからない。俺はそこで「なにが言いたいんだ」と蛍に聞いた。


「俺が言いたいのは、俺が最初に気になっていたことを忘れるな。ということだ。この事故、いや事件は、小さな偶然が重なってできている。言い換えれば、その偶然がなければ、門谷先輩による事故も起こることはなかったんだ」

 この事故には三つの小さな偶然が干渉している。蛍と初めてあったとき、彼はそう言っていた。そして、それは彼が俺の事故を調べてくれるきっかけとなった。


 蛍は美香のほうを向いた。その表情は真剣である。これまで彼はずっと微笑みを絶やさなかった。その印象はどこまでも優しかった。しかし、今はいつもとは違う。

「俺がこの前言ったことの主語を明確にしてみよう。『偶然昇降口前のベンチで神崎美香と待ち合わせをしていたら、偶然神崎美香が忘れ物をしたために立ち往生。その結果、偶然懸垂幕が落ちてきて、懸垂幕が落ちてくる前に神崎美香が気付いたおかげで、偶然それが頭ではなく足にあたったために命に別状がなかった』懸垂幕が落ちてきたのは門谷先輩によって起こされた大きな偶然だが、それに至るまでの小さな偶然は全て、そこにいる神崎さんによって作られた偶然だ」

 蛍が言っていたこと。その主語を明確にすると、三つの小さな偶然全てに美香が関わっている。



 その事実を突きつけられた美香が肩を小さく震わせて蛍を睨んだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなの言いがかりじゃない!全部ただの偶然よ!全部私がやったって証拠はあるわけ!?」

 美香は蛍に対して激情(げきじょう)を見せる。蛍の今までの口ぶりからすれば、俺が事故にあうきっかけを作ったのは美香だと言っているも同然だから。


「残念ながら証拠はない。でも君がなにかを隠していたという証明はできる。北条樹へ聞き込みをしたあと、俺はどうしても聞きたいことがあって北条君に追加の質問をした。夏目君は北条君に『怪しい人はいなかったか』と聞いていたが、逆に『見慣れた人が格技場から出てはこなかったか』ってね。そうしたらちゃんと北条君は答えてくれたよ。『俺たちが作業していたときに神崎先輩が格技場から出てきましたよ』って。その時間、格技場内にいたのは西城先生と門谷先輩のフリをしていた協力者だけ。女の子の君は門谷先輩と体格が違うが、きっと防具の下の道着にタオルを入れてごまかしていたんだろうね。信頼できる情報屋によると、丁度その日に保健室から備品のタオルが数枚なくなっていたそうだから」

 

 そこまで言い切った蛍は、ポケットからいつもの棒付きキャンディを取り出した。包み紙を外して、それをくわえる。彼はここから美香がどうするのかを待っているようだった。

 しかし、俺はそこで美香を待たなかった。どうしても気になったことがあったからだ。しかし、今起きていることは門谷先輩のことよりもダメージが大きい。俺は自分の中の声を絞り出すように聞いた。

「もし……もし美香が協力者だったとして、なんで門谷先輩に協力を?逆に、門谷先輩はなぜ美香に……」

 俺の言葉を受けた蛍は俺のほうへ顔を向けた。その目はひどく悲しそうである。


「夏目君。門谷先輩がここで最後に言っていたことを覚えているかい?門谷先輩は『今度こそ勝ってやろうと思って』と言っていたんだ。よくよく考えるとこれはおかしい。門谷先輩は地区大会で敗退して実力はあきらか。ケガをすれば勝負どころじゃなくなるから勝つという表現は適切じゃない。他に、一年生の尊敬を勝ち取りたかったという理由であれば、君に()いで尊敬を受けていた浪江君になにもしていないというのはおかしい。門谷先輩が今度こそ勝ちたかったのは、本当に勝ち得たかったのは」

 そこまで聞けば、ここまでの話を総合して出る答えはひとつ。


「そうか、美香か」


 俺にしかないもの。俺の近くにしかなかったもの。それは、神崎美香という女の子。先輩は美香のことが好きだったのだ。だから俺が邪魔だった。それが、本当の動機。


「マネージャーと部長という立場。接点は多かっただろう。彼が好きになってもおかしくない。そこで彼女は、門谷先輩のその気持ちを利用した。"夏目剣志は邪魔者だ"とすりこんで。そして、計画を伝え、自らもそれに協力した。ある目的を達成するために」

 蛍はこの先を話さなかった。俺はその目的が気になったが、うまく言葉がでてこない。


 なにも言えない俺を見て、美香は俺のほうに近づいてくる。そして、俺の背中に腕を回して抱き着いてきた。

「剣志。信じないで。全部変人の妄想よ。私がそんなことするわけないじゃない。私にとって大事なのは剣志だけなんだから……」

 美香は俺を(さと)してくる。蛍はベンチに座り頬杖(ほおづえ)をつきながら、そんな俺たちを横目で見ていた。


 ここから先は俺が決めることだ。今の蛍の推理には証拠がない。樹が見たのは格技場からでてくるところであったため、実際に門谷先輩のフリをしたところを見たわけではない。


 俺は美香の両肩に手をかけて、自分から引きはがした。そして、俺は美香の目を見ずに下を向いて、事故のときからずっと気になっていたことを聞いた。

「美香……事故があったとき、美香は俺に危ないって叫んでくれたよね。俺はそのおかげでケガだけですんだ。でもさ、おかしいんだ。なんで美香はロープが切れる前に懸垂幕が落ちてくるってわかったの?そんな予感がしたのかな。ロープが切れそうってあの距離から見えたのかな。それとも、落ちてくるのが……わかってたからかな」


 話している最中に美香の顔がどんどん青ざめるのがわかった。そして彼女は後ずさりをしていく。そしてある程度の距離をとると、下を向いて動かなくなった。

 長い髪が顔を隠して、表情が見えない。泣いているのか、笑っているのかもわからない。

 しばらくの間、屋上には風の音だけが聞こえていた。


「いつから、私を疑ってたの」

 幽霊のような憎悪の声が聞こえる。その質問は、ベンチに座る蛍へあてられたものだ。


「最初っからかな。俺が依頼を断ったとき、夏目君は真っ先に帰ろうとしていた。もし夏目君が俺に依頼することを提案したのなら、もう少し俺に食い下がってきてもいいはずなのにね。でも、実際に食い下がってきたのは君の方だった。そこで、俺に依頼することを提案をしたのは君のほうだと仮定して話を聞き、三つの偶然が君によって作られたものだとわかったとき、君の目的がなんとなく理解できたんだ。その目的は、君自身で言ってあげたほうがいいんじゃないのかな」


 推理を全て披露し、なおかつ美香はこれ以上隠す気がない様子。それを理解した蛍は、美香へ優しい微笑みを向けた。

 美香が顔を上げる。俺のほうを向く。前髪は乱れて顔にかかったままだ。そこから覗く彼女の瞳はかすかに潤んでいた。


「大好きだよ……けんじ……昔からずっと……」


 彼女は笑っていた。ずっと胸に秘めていたものの(せき)を切ったように、涙と共に言葉があふれだす。


「ずっと好きだったずっと一緒にいたずっと見てきた。私がそばにいたのに剣志は剣道のことばっっかり。私が……どれだけ苦しかったかわかる?どれだけ好きか……わかる?私はね、剣志から剣道を奪いたかった。そうすれば、きっと私に振り向いてくれるって思ったから。でも……事故が起きても剣志は剣道を忘れきれなかった……だからそこの変人のことを教えたの。調べてやっぱり事故だったとわかればよし、最悪、門谷先輩が犯人だってバレても、きっとアレは私のことは言わない。だから……」

 目の前にいる美香は、今まで見てきた美香ではなかった。その瞳には涙が流れているが、あきらかに正常な人間の目には見えない。狂気を秘めた女の目だ。


「わかんねぇよ……ヘタをすれば俺は死んでたかもしれないんだぞ!?」

 俺は叫ぶ。

「それでもよかったっ!もし死んだら私も後を追ったんだから。そしたら、きっと、あの世で剣志と結ばれてたでしょう?きっと……きっと……」

 狂気(きょうき)悲哀(ひあい)怒気(どき)。渦巻く感情の波は容赦なく彼女にふりかかり、やがて彼女はその場に泣き崩れた。

 

 風の音だけしていた屋上に彼女の泣き声が響いていた。

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