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桜嘉高校推理部のひまつぶし手帖  作者: 下鴨哲生
第一集「夢破れた少年」
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第十節「第一集がこんなに長くなるとは思わなかった」

 蛍からお願いされて、俺は部活終わりの剣道部員たち門谷先輩。そして西城先生を格技場内で呼び止めていた。

「おい夏目。もう部活は終わったんだ。くだらない用事で私たちを呼び止めているんなら承知しないぞ」

 西城先生が相変わらずの鋭い眼光(がんこう)をこちらに向けてくる。その他の部員たちも睨みとまではいかないが疑念(ぎねん)のまなざしを向けてきた。

 前の俺ならば、この状況に対してただただ「帰りたい」と思っていただろうが、残念ながらこれよりも「帰りたい」と思わせる状況を俺はオカルト研究部という魔境(まきょう)で体験している。


 しばらくして、蛍が格技場に入ってきた。

「やあやあみなさん!ご機嫌いかがかな?」

 長いこと待たされていた面々に対して、ご機嫌いかがなんてことを聞けば、その答えはおのずと決まってくるのだが、そんなことを気にするような彼ではない。

 蛍は俺の隣へと歩いてくる。剣道部員たちとは対面で向き合う体勢だ。

「さて、みなさまに集まっていただいたのはほかでもありません。二週間前、この隣にいる夏目剣志君に災難がふりかかりました。みなさんも知っての通り、その事故によって夏目君は大きなケガを負い、夢への道を閉ざされたわけです」

「おいおい、ずいぶん探偵らしいじゃないか」

 蛍の演説ぶりに、俺はイヤミまじりに言った。

「もちろん!俺は名探偵だもの」

 その答えに俺は言いしれない違和感を覚えたが、そんな俺の違和感など露知(つゆし)らず、蛍は演説を続けた。


「俺たちが事故のことを調べていたことは、みなさんご承知の通りでしょう。そして、問題の懸垂幕を調べたとき、俺たちは懸垂幕をひっかけておくためのロープが鋭利もので切られたようにまっすぐに切れていることに気が付いたのです。そんなことは自然には起こりません。つまり、これは誰かが意図的に切ったものだと結論づけたわけです」


 蛍の言葉に格技場内が喧騒(けんそう)に包まれる。


「ということで、犯人はお前だ!」


 蛍はそうして、犯人を指さした。前置きからのこのセリフまでが早すぎる。まだなにも推理を披露していない。俺は思わず「は?」と言ってしまった。

 蛍が指さした人は門谷周治先輩だった。指をさされた門谷先輩は、当たり前だが激しく動揺している。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!俺にはアリバイがあるだろ!それに、なにか証拠でもあるのか!?」

 門谷先輩は自分の潔白(けっぱく)を必死になって叫んでいる。

「証拠……証拠ねぇ……犯人はお前だ!」

 門谷先輩に叫ばれた蛍が次に指をさしたのは、一年生部員の北条樹。

「あぁ!?なに言ってんだテメェ!一年全員で体育倉庫で作業してたってお前に言っただろうが!」


「そうだった。じゃあ、お前が犯人だ!」

 次は西城明彦先生。

「おい、神野……」


「ごめんなさい。ホントは犯人はお前なのら!」

 最後に蛍は浪江英人に人差し指を突き立てた。

「あっ、まじで?俺が犯人か」

 英人は笑いを堪えるのに必死だった。


「まさか、本当は犯人がわかってないのか?」

 腕を下げてもじもじしている蛍に俺は問いかけた。蛍はウソを見破られた女子高生のように指を組んで体を揺らしている。

「いや?わかってるよ?だって俺は名探偵だもの。わかってないわけないでしょ?」

 蛍のその姿によって、格技場内は名状しがたいふわふわした雰囲気に包まれた。西城先生を除いて。

「くだらん。まったく、時間の無駄だ。今日はもう解散させてもらう。神野。お前への処罰は明日、きっちりさせてもらうからな」

 西城先生はそう言って、剣道部員たちへ解散を指示した。部員たちはぞろぞろと格技場内から退出し始め、最後の西城先生は俺たちが残っているにもかかわらず、格技場内の電気を消していってしまった。


     〇


 真っ暗な格技場内を月明かりだけが照らしている。俺以外の全員が出て行ったあと、蛍はため息をつきながら、その場へあぐらをかいた。ポケットからとりだした棒付きキャンディを取り出してくわえる。

「なぁ。君はほんとうに……」

「俺は探偵ではない」

 俺が蛍に声をかけた瞬間、聞き覚えのあるセリフで彼は俺の言葉を遮った。

「俺は探偵ではないけど、ときとしてそれを演じなければいけないことがある。大抵はなにか理由があるときだ。探偵の姿はどんな人にも多少なりとも影響を与えるからね」

「じゃあ、今日のこともなにか意味があったってことか?」

 そこで、蛍から初めて微笑みが消える。彼は目を伏せて、俺のほうを決して見ずにこう言った。

「夏目君。ごめんね。明日は君の人生最悪の日になるよ」

 俺はそのとき、この言葉の意味を理解することができなかった。


     〇


 蛍が見事な迷探偵ぶりを発揮した翌日のことである。

 屋上にひとりの男が現れた。手にはナイフを持っている。

 男は屋上に足を踏み入れると、屋上に入るためのドアのカギをカチャリと閉めた。男は屋上のフェンスへと近づいていく。そして、ベンチに足をのせて、そのフェンスに(くく)り付けられている懸垂幕のロープをつかむと自分の持っているナイフをあてがった。


「だから、俺は最初に言ったんだよ。あんたが犯人だってね」


 蛍が塔屋のへりに腰掛けて男に向かって言った。男は俺たちにどこから入ってきたのかと叫ぶ。


「入ったんじゃない。あんたがしたように俺たちもやってみただけさ。用務員さんの鳥越さんがいなくなるまで、この塔屋の上でずっと隠れていたんだろ?剣道部……いや、正確には元剣道部員の門谷周治先輩」

 たじろぐ門谷先輩に対して、蛍は仰々しく言い放った。

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