第一集序幕
やぁ諸君。《《俺である》》。
いや、君たちの言いたいことはよくわかる。初対面であるにもかかわらず、ここまで馴れ馴れしく話しかけてくる輩は誰なのかと問いたいだろう。しかし、人に名前を問う時にはまず自分から名乗るのが礼儀ではないか。さぁ名を名乗れ。
……フムフム 。それは良い名前だ。微塵も聞こえないんですけどね。
連綿と連なる文字列に対して自己紹介されたとしても、俺の耳に届くことはないし、そんな無駄なことをしているぐらいなら親御さんを温泉にでも連れて行きたまえ。親孝行は大事だ。
もし、この序幕をここまで読んで、何やらめんどくさそうな話やなぁとか、もっと純粋に楽しみたいなぁとか思ってしまっている読者がいたとするならば、悪いことは言わない。今すぐこの小説を読むのをやめて、別のもっとわかりやすい小説達を読むことを強くおすすめする。もしくは親御さんを温泉に連れていけ。ついでに俺も連れて行ってくれると嬉しい。
さて、まだこの小説を読んでいるということは、諸君らはとても忍耐強く、それでいてひどく物好きな人達なのだろう。もしくは、「読むのをやめる」という行為すらめんどくさくなったぐーたらであるかだ。むしろそっちのほうが良い。たぶん良き友人になれる。
最初に断っておくが、この物語に明確な主人公はいない。もちろん、これから起こる「あらゆる事項」を華麗に解決する俺の姿は、まごうことなき主人公と言えるのかもしれない。
しかし、この物語における主人公はその「あらゆる事項」に巻き込まれた人々、巻き込んだ人々のほうなのだ。彼らには一人一人の物語があり、その人なりの感情、考え、真実、嘘が絡み合っている。どれも称えるべきものばかりなのだ。どれも正しく、どれも間違っている。
今回は、俺と彼との出会いの物語を諸君らにお見せしよう。彼が俺の元を訪れた時、彼は迷い、助けを求めていた。その彼に仕方なく付き合った俺の話をどうか見届けていただきたい。
ところで、ここまで読み進めてきた諸君は当然のように疑問に思っているだろう。終始偉そうな口調で、なおかつ名前を諸君に聞いておきながら自分の自己紹介を忘れ、ためにもならない前置きをだらだらと吹聴しているのはいったいどこの誰であろうかと。まぁそこまで焦る必要はない。きっとすぐに分かる。少しあとのことだが、君たちと彼の来訪を桜嘉高校図書準備室でお待ちしている。
それまでしばしのお別れだ。