01. Grinning Mask / 笑う仮面
さっきまでうっすらと感じていた既視感の正体が、今、分かった。
似ている。
この頑丈な檻も、あの、息の詰まるような社交界も。
どちらも、一度閉じこめられてしまったら、容易に逃げ出すことはできないという点で。
競い合い、評価に縛られ続ける。
いかに上手く上っ面を取り繕えるか。
いかに上手く微笑むことができるか。
いかに上手く高貴な殿方に気に入られるか。
いかに上手くステキな令嬢を演じられるか。
いかに上手く振る舞えば──一体いつになったら、お父さまとお母さまは褒めてくださるの?
でも、この気取った世界から逃げ出せなくたっていいじゃないか、とも私はたしかに思っていた。
それでも私はお父さまとお母さまのそばにいられることが、幸せだったから。
そのとき、突然に光がさして、目が眩んだ。
同時に、どこかから指笛と大きな声が響く。
「さあ、みなさまお待ちかね、今宵の目玉商品の登場です! この類稀なる美しさをご覧ください!! 陶磁器のように白く滑らかな肌、大きなサファイアのような瞳、蜂蜜のように透きとおった美しい髪! 用途は様々、雑用をさせるのはもちろん、夜の奉仕にも……」
暗がりから、群集のどよめきが聞こえる。
小汚い奴隷商の男に誘拐されたときから、とうに覚悟はできている。
──いや、そうじゃない。
お父さまとお母さまのそばを離れたときすでに、神様は消えたんだ。
「実は、当競売場では非常に珍しいことに、元上流の貴族です! そのため……」
「もっと近くで見てもいいかい」
暗闇から、男の声。
どよめき立っている群集の中で、一人淡々とした声音が妙に頭に響く。
「勿論です! どうぞ檻の近くへ!」
競売人がそう言った途端、暗がりからどっと大勢の人間がこちらへ流れこんできた。
思わず後ずさるが、逃げ場はない。
「本当に、美しい……!」
「今時これほどの上物が……!」
「これなら10ポンドも惜しくはない!」
──覚悟できていた、はずだったのに。
今さら、手足が震える。
檻の間にひしめく顔はすべて、いやらしい笑みをたたえ、目のおくが欲望でじくじくと燃えている。
この男たちのうちの誰かに、私は買われるのだ。
奴隷は物で、所有者の思いのままに、何をしたって許される──。
「ではみなさま、10からです!」
「15!」
「20!」
「40だ!」
「50でどうだ!!」
興奮に沸き立った声が次々と上がる。
恐怖で叫び出したくなる。誰か助けて!ここから出して!!お父さまとお母さまのもとに帰して!!と。
でも、誰も助けてなんかくれないことも、誰かの奴隷にならなければ檻から出られないことも、もうわが家には帰れないこともどこかで分かっていた。
この猛り狂った地獄を、恐ろしくもやかましく思っていると、ふと、群集の中の仮面に目が止まった。
その仮面は、この中でただ一人、私を静観している。
不気味だ。
どこか異国情緒あふれるその仮面は、にんまりと笑い過ぎて、口が裂けている。
私がそれに視線を奪われていると、男性の白い手袋の上からでも分かる骨張った手がふとその仮面にふれ、ゆっくりとそれを外した。
不気味な仮面のおくから、現れた男のかお。
その美しさに、息をのんだ。
まさにそれは、人類の理想であるギリシア彫刻のよう。
──でも、その完全なる美しさに目を奪われている暇はあまりなかった。
私が思わず見惚れていると、そのかおは人の間を縫ってどんどんとこちらのほうへ近付いてくる──。
今度は緊張が始まり硬直するしかできないでいるうちに、あっという間に、筋のとおった鼻先は檻の間から覗き、私が悟るに──私の匂いを嗅ぎはじめた。
まるで犬のように、クンカクンカと──。
私は、檻の中でできうるかぎり後ずさった。
や、やめて──!
絶対クサいから──!
もう三日も湯あみできてないから──!
愕然としている私に、そのとき男は笑った。
え?
「100」
そしてたしかにそう言った。
ひゃっ──100ポンド──?
私の脳内は混乱をきたし、荒れ狂っていたはずの群集は途端にしずまりかえる。
「なんと100!! 他は?!」
競売人が問うと、一人の男が叫んだ。
「ひゃ、110!!」
「200」
えっ──?
100ポンドから10ポンド上がっただけで、今度は一気に200ポンドまで──それも軽々と──。
見るとすでに不気味な笑みの仮面をつけなおしていて、本当の表情は分からない。
──じつはどこかの国の王族か何か?
「200!! その上は?!」
競売人が問うが、もはや誰も声を上げられなくなっている。
しばらくの沈黙の後、競売人がハンマーを振り下ろして叫んだ。
「これは当競売場の最高金額を大きく塗り変えました! 200ポンドで落札!!」
ここまで読んでくださり有難うございます!
昔から師弟ものに憧れがあって、これを書きました。
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