09.『煩悩』
読む自己。
会話しかない。
「仁に用があるならさ、向こう泊まったら?」
彼女も僕もご飯を食べ終え入浴を済ました後に口にした。
「別にいいわよ、あなたのベットで寝るわ」
「えぇ……勘弁してよ」
「なんでよ?」
「君は仁が好きなんだから、好きでもない男のベットに転ぶなんてやめた方がいい。これは君のために言ってるんだよ?」
「……なら床で寝るわ、連れていきなさい」
まだ19時を超えたくらいだ、全然帰れるだろうに……。
仕方ないので腕を掴んで連れてって、自室の床へと放り投げる。
「もう少し大切に扱いなさい」
「知らないよ、どうして美幸に気を使わないといけないのさ」
「……健、文は?」
「元気だよ? てかさ、早く仲直りしなよ」
そう、彼女もずっと文ちゃんと喧嘩中。
文ちゃんとは小学6年生以降会っていないはずだ。
「それで? どうして今日は来たの? 明日も学校でしょ?」
「明日は特別お休みだからあなたの顔を見に来てあげたのよ」
「うわぁ、嬉しいー」
まあ、どストレートに言えば綺麗なので目の保養にはなる。
それもそれだけ、彼女はあくまで従姉妹というだけでしかない。
「うざいわね。で?」
「うん?」
「好きな子のひとりでもできたの?」
「いや……寧ろ距離感の分からなさに困惑中」
そりゃ大して知りもしない奴に「家が嫌いなんだ」なんて言われたらむかつくだろうが、それでも僕は間違ったことを言ったつもりはなかった。
人を簡単に信用するな、危ないからやめろと、普通のことを言ったつもりだったのだ。
確かに僕に言える権利はなかったのかもしれない。
ただ……仁が言えば届くんだろうなと考えたら、複雑な気持ちになるんだよねどうしても。
「昔の文はあなたのことを好きでいたわよね」
「友達としてはね」
「どうかしらね」
「いや、昔も今も皆が仁ラブでしょ。文ちゃん、涼姉、中原さん、そしてあなた、凄い話だなあ」
分かっていないだけで他にも沢山いるかもしれない。
近くにいつも文ちゃん&中原さんがいたら近づきにくいだろう。
ここはしゃきっと仁が動いてくれればいいのだが、今は本当に分かりづらい状況で。
「涼はどうなの?」
「元気だよ。あ、でも、後輩に舐められたって不機嫌だった」
「なるほどね、よく分かったわ」
「凄いね、それだけで分かるなんて。流石『仁君にお似合いNO.1の子ね』って言われるだけあるね」
惜しむべくは同じ学校ではないことか。
彼女だっていたかっただろうに、市外の高校を志望して引っ越してしまった。
なにかがあったのだろうか? 昔は引っ付き虫みたいに一緒にいたというのに。
「ふぅ、もう寝るわ」
「おやすみ、ちゃんと3枚くらいかけてね」
「ええ」
ま、僕も寝てしまおう。
ベットに寝転び電気を消して目を閉じたのだった。
翌日の放課後、校門で待ち合わせをしていたので居残ることなく教室をあとにした。
「待ってください」
「あ、中原さんも一緒に来てよ」
「あ、はい……」
こういう機会でないと紹介することができなくなってしまうので丁度良かった。
校門に行くと彼女は澄まし顔でそこに立っていて、
「遅いわよ、もう30分も待っていたわ」
と、言う。
まあそう言いたくなる気持ちも分かる。
だって彼女は向こうへと帰らなければならないのだから。
「好きな子いるんじゃない」
「中原さんは違うよ。紹介するよ中原さん、僕の親戚の子で斎藤美幸って名前なんだ」
「初めまして、中原詠と言います」
「初めまして。ん、これまでの誰とも違う感じねあなた」
「そ……うなのですか?」
「ええ」
確かにこれまで関わってきた子の中では堅いし、美幸がそう言いたくなるのも分かる気がする。
「あの、あなたはどうしてここにいるのですか?」
「健から頼まれたのよ、紹介したい子がいると」
「え……そ、そうだったのですか?」
「まあね、最近はともかくとして、優しくしてくれた子ではあるからさ」
とりあえず僕らは歩き始めた。
「健、駅まで送りなさい」
「はいはい、それじゃあ中原さん」
「待ってください、私も行きます」
「あ、そうなの? それじゃあ行こうか」
なにからなにまで離れているというわけではないため、駅にはすぐに着いた。
「健、きちんと人と向き合うのよ?」
「そっちこそっ、気をつけてね」
「ええ、ありがと。中原さんも機会があったらまた会いましょ?」
「はい、その時はよろしくお願いします」
美幸は小さく手を振って歩いていく。
見えなくなるまで見送ってから僕らは家の方角へと歩を進めることに。
ただ――
「あれ……鍵が開いてます……」
問題が起きたのは彼女の家に着いた時だった。
一応、彼女には後から来るように言って、僕だけ先に入らせてもらう。
嫌な雰囲気、嫌な声、この先に踏み入れるかどうか――なんて悩む必要はないだろう。
「人の家で合体とか、常識がないね君達」
男の子の方は慌てたものの、例の女の子の方は一切動じることなく乱れた衣服を直すだけだった。
「あなたこそ女の子の家に勝手に入るのは良くないと思いますけどね~」
「僕は本人から許可を貰っているからね」
いやでもまさかねえ、人の家でするなんて最近の子は大胆だな。
ただ、羨ましさどころか気持ち悪さしか抱いていない。
「合鍵、返しなよ?」
「でもいいんですかね~? 先輩は私の見ちゃいましたよね?」
「はははっ、君のなんか興味なくて、そんなこと言われてもどうしようもないなぁ。どうせ見られるのなら中原さんの方のがよっぽど見たいけどねー」
「……まあ、鍵は返しますけどね。さようなら~」
「中原さんに迷惑をかけないならそれでいいよ。もう暗くなってるし気をつけなよ」
「ふぅん、ま、どうでもいいですけどね~」
おろおろと震えて固まるしかできない彼氏君にも「気をつけてね」と笑いかけておいた。
すると慌てて「すみませんでした!」と彼は出ていき、代わりに彼女がリビングに入ってくる。
「ほらね。全然素性も分からない人に合鍵なんて渡しちゃ駄目だよ? 僕も帰るよ、お腹空いたから」
合体なんて大袈裟に言ったが、あくまで膝の上に乗っていただけだったみたいだ。
……まあ上ははだけていたものだから……あのおろおろ彼氏君も結構やるというわけで。
「あの……」
「今日も早く寝なよ? それじゃあ」
「待ってください!」
彼女らしからぬ大きな声の前に足が止まる。
「あ、また余計なことするなって?」
「違いますよ……その、ありがとうございました」
「僕はそれが聞けただけで元気になれたよ、テスト頑張ろうね」
「すぐ帰ろうとしないでください!」
「え、でも……もう帰るしかやることないし」
その場を切り抜けるために言った爆弾発言もあって、一刻も早く僕は家に帰りたかったのだ。
いやまあ、あの子のに比べたら中原さんのを見た――なに言ってるんだか……。
「あの……内山さんが作ってくれたご飯が食べたいです」
「あ、食材ある?」
「えと……お肉くらいなら」
「あとお米はセット……してないか。中原さんが良ければ僕の家に来ない? お母さんの分のご飯も作りたいし、あっちならもう炊飯始めてるからさ」
「……分かりました、お邪魔させてもらいますね」
――自宅へ帰宅。
今日は玉ねぎのお肉を焼いてシンプルな肉丼を作ることにした。
基本的に触れず焼けたらひっくり返し、ごま油、醤油、生姜、にんにくを混ぜたタレをかければ――
「できた! いい匂いだなぁ……」
ご飯は炊けているので丼に盛ってお肉をドバっとかけて彼女のところに持っていく。
「どうぞ! ま、普通に焼いただけだけど」
「ありがとうございます、いただきます」
「うん、ゆっくり食べてね。僕はちょっと鏡でも磨いてくるから」
気恥ずかしさと煩悩を消さなければならない。
でも、動こうとした僕のわざわざ立ってやって来てから彼女が掴んで止めてきた。
「……行かないでください」
「いや……わ、分かったから……」
彼女は柔らかい笑みを浮かべて肉丼を食べ始めた。
……そりゃあお腹も空くだろう。お昼だっておにぎりひとつしか食べてないんじゃ当たり前のことだ。
僕は対面に座って彼女を眺める。
なんか父親になったみたいで彼女の頭を撫でたくなる。
味わって食べてくれてありがとうと抱きしめたくなる。
「あの……そんなに見つめられると……」
「ごめん。ちょっと部屋行ってくるね」
「……はい」
僕は落ち着いて冷静に部屋に行って、あくまでベットに転ぶ時もゆっくを心がけた。
「うん、なに考えてんだよ僕は……」
枕で頭を押さえていないと、どうにかなってしまいそうだ。
「あの……」
「えっ!? あ……中原さん……」
どうしてここに来てしまったんだろうか。
彼女を自分の部屋に入れたのは初めてというのもあって、僕はそのままの形で迎えることになった。
「ご飯……美味しかったです、ありがとうございます」
「うん……ありがとう」
「あの?」
「あーこれは気にしないでよ……」
「そうですか……」
気まずい……。
さっきみたいに強気できてくれた方がマシだろう。
「あ、そっか、送らないといけないんだよね」
「……泊まってもいいですか?」
「ごめん、それは駄目だよ。君の家に泊まったのも問題だったしね」
気軽に泊まったり、泊まらせたりするべきなんかじゃない。
それに……僕とこの子はあまり仲良くないのだから。
「仁がいるだろうからさ、仁なら泊めてくれるよ」
「……送ってくれませんか?」
「それならいくらでも構わないよ、行こうか」
この距離感でもひとりで帰らすのは心配だ。
けれど……一緒にいるほど、彼女を送るほど仁に申し訳なくなる。
「内山さん、どうしてあなたはそうなのですか?」
「……僕はさ、あくまで見る側でいいんだよ」
ギスギスしていなければそれでいい。
皆が仲良くしていて、その雰囲気を少し味わわせてもらえれば十分だ。
卑下しているわけではない。それでも事実、彼の方が上というだけのことで。
「ほら、家に入りなよ」
「……ありがとうございました」
「ちゃんと暖かくして早く寝てね、じゃあね」
しっかり引き受けてもらうために帰りに仁の家に寄る。
「おぉ、お前忙しいな最近」
「ちょっと家に来てくれない?」
「了解、行ってやるよ」
リビングに誘って一応飲み物を渡した。
「で?」
「中原さんのことなんだけどさ、仁が一緒にいてあげてくれないかなって」
彼の前に座って真っ直ぐ伝える。
「なんでだ? 詠も健こと気に入っていていいじゃねえか」
「頼むよ、好きだって言ってたじゃないか」
「……詠はさ、こっちが頑張っても影響を与えられないんだ、それって苦しいんだよ……」
「だ、だからって諦めるのかよ! 何回も牽制してきたじゃないか!」
「ふぅ。寧ろさ、健はどうしてそんな焦ってるんだ?」
それは過去に僕が彼へとぶつけた言葉。
人に言うからにはぶつけられる覚悟がなければならないが、まさか自分のことを焦ってる扱いをされるとは思ってもいなかった。
仁の方へ向いている女の子が沢山いて、昔からそれを僕は近くから眺めてきた。
今回も傍観者に徹しようとしているだけだというのに……。
「詠といる時はどんな気持ちなんだ?」
「どんな気持ちって……なんか抜けてるところがあって心配になるよ」
合鍵とかだってホイホイ渡すし、なんか頑固なところもある。
微妙な反応をしたりするくせに近づいくるよく分からない女の子だ。
「あくまで健からしたら、友達だからなんだろうな」
「そうだね、優しくしてくれた子に返したいと思うのは普通でしょ?」
「……詠と一緒にいろって健が言うならいいけどさ、それって詠のためになってんのか?」
「当たり前じゃん、彼女はまだ分からない状態から抜きけれてないだけだよ」
だからこそ近くで支えてくれる人が必要で、彼ならその役に相応しいというわけで。
好きならもっと真剣に諦めず向き合うべきだ。
だって「もう1度チャンスをくれ」と言ったのは彼なのだから。
中原さんがそういう子だと分かってぶつかりにいたったのだから、最後まで動く義務がある。
「それとも仁は文ちゃんのことが好きになっちゃったの?」
「違う。説得力はないかもしれないが、俺が好きなのは詠だ。ま、分かった、お前がそう望むならな」
「うん、ありがとう! あと、距離を作ってほしいんだ」
「そこまでしなくてもいいだろっ?」
「……邪魔をしたくないんだよ」
まだ好きではないからいいものの、万が一僕が彼女のことを好きになってしまったら最低野郎になる。
そういう自分を守るためでもあるのだ。……幼馴染に冷たくされて普通ではいられないから。
「仁、頼むよ!」
「……まあ俺だってライバルがいない方がいいしな、できる限り動いてみるわ」
「ありがとう!」
どうせ明後日には期末テストだ。
期末テストが終われば後は講座とかテスト返しだけ、冬休みもすぐにやってくる。
休みになれば意図的に会おうとしない限り顔を合わすことはない。
僕の計画は完璧だった。
メインヒロインどうなるんだ。




