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07.『疑問』(詠

読む自己。

 ボトルに口をつけて中身を少しだけ飲むと、温かい液体が下へと流れていった。

 私はここにいる理由が分からなかった。

 自分から誘ったというのに、無言の時間は恐らく既に1時間は経過しようとしている。

 横の彼を見てみると、少しだけ居づらそうに同じように座っていた。

 彼が「あのさ!」と言う。私が見たからこの沈黙を破ろうと動いたのかもしれない。


「……えとさ、帰っていいかな?」


 それが意外な言葉だとは思わなかった。

 だから私はこくりと頷き、「今日はありがとうございました」と返事をしておく。

 彼はゆっくりとした動作で立ち上がって、海とは反対方向に歩いていった。

 私はぼけっと代わり映えのしない光景を眺め続ける。

 どうして誘ったのだろう。

 なんで最近は彼といるのだろうか。

 いれば理解できるかもしれないと信じて続けていたものの、結局分からないままだった。

 私にとって、ひとりでいるのは当たり前だった。

 それでも何故だか寂しさを抱いてしまうのも確かだった。

 でも、分からなかった。

 どうすればお友達ができるのか、作れるのかが課題だった。


「(本当に嬉しかったのでしょうか?)」


 川上さんが話しかけてきてくれて「友達になってやるよ!」と言ってくれた時、私は純粋に心から喜べたかどうかを考えたら……申し訳ないけれど違うような気がした。文さんが言ってくれた時もそれは同じこと。

 私がその日で凄く変われたというわけではないのだから、当たり前と言えば当たり前と言えるだろう。

 それでもおふたりと関わるようになってから分かったのは、おふたりが優しいということ、自分と違って明るいということ、声が大きいということ、内山健さんという共通のお友達がいたことだった。

 けれど、文さんだけは内山さんに厳しくて、いつも「仁の方がいいよね!」と口にしていた。

 確かに事実、内山さんは川上さんと違って明るくないし、挨拶程度しかしてこなかったので、私も似たような印象を抱いていた。


「(特になにがあったというわけではないのですけど……)」


 本人が言っていたように川上さんの()()()だった。

 幼馴染だということはおふたりから聞いていた。でも、私にとってはそれだけだった。

 川上さんのところに行けば必ずいる男の子、というくらいのものだった。

 1年生の時は内山さんと別々のクラスだったから、というのはある。


「中原さん!」

「え、帰ったのではなかったのですか?」


 だらだら考えていたら彼がそこにいた。


「いや……1回帰ったんだけど、君を送らなきゃ気が済まないなって」


 私はくすりと笑みを零して「それはすみません」と口にする。


「内山さん。正直、私も川上さんの方がいいと思っていました」

「おっ! ということはやっと気づいてくれたんだね?」

「え?」

「だからさ、仁のことが好きってことだよね!? うずうずしてたんだよねえ、そう言ってくれるの待ってたんだよ」

「いえ……そういうつもりではなく……」


 1年生の時に抱いた印象をぶつけただけだというのに、彼は勘違いして笑みを浮かべていた。


「あの、普通は怒るところではないですか?」

「え、だって仁の方がいいのは当たり前だしさ!」


 あの暗かった彼はもうここにいない。

 怒ることなく肯定し、笑みを見せる彼は強く、私にとって憧れの対象であったのかもしれない。

 だから同じクラスで学ぶことになって近づいた可能性もある。


「それでさ、仁に向き合うんでしょ?」

「ふふ、もう向き合っていますよ?」

「そういう意味じゃなくてさあ、特別な意味で見られるようになったってことだよね?」

「いえ、そこはまだ変わっていません。正直なところを言わさせてもらいますけど、今日どうしてあなたを誘ったのかどうかすら、分かっていないのですから」


 彼は膝から崩れ落ちて「それは……酷くない?」と涙目を浮かべていた。

 それがどこかおかしくて笑ったら「もう!」と怒られてしまい。


「すみませんでした」

「いいけどさ……あ~なんだ違うのか~」

「そんなに川上さんのことを好きになってほしいのですか?」

「ま、一応仁だって頑張って告白したわけだしね、上手くいくならそれに越したことはないでしょ?」

「あなたはどうなのですか? 好きな方はいないのですか?」

「いないね~やっぱり特別とかよく分からないし……」


 あれ……何故だか胸の辺りがちくりと痛んだ気がした。

 分からなくて胸の辺りに触れていると、彼は横に座ってきて言った。


「それに正直さ、学校に行けば皆がいるでしょ? 君も仁も文ちゃんも、だからそれだけで十分なんじゃないかって思うんだよ。勿論、今のところはという考えだろうけどさ」

「あの……もし好きな方ができたらどうしますか?」

「そりゃ勿論その子に一生懸命になるよ、僕にできることを真っ直ぐにしてね。……というかさ」


 こちらを彼の表情は物凄く真剣なもので、今度は心臓の動きが少し早くなった気ようながして、私は海の方へと視線を向ける。


「あの……どうしてさっきからむ……ねをしきりに触ってるの?」

「あ……よく分からないのですけど、先程痛んだ気がしたのです」

「え、大丈夫? あ、寒い中に長時間いるからかな? 少し歩こう?」

「そうですね……ずっと座りっぱなしは良くないですよね」


 私が立ち上がると「ボトル持つよ」と彼は言ってくれたため、大人しく渡しておいた。

 それでゆっくりと私達は歩きつつ、けれども痛みや鼓動の早さはもう元に戻っていて違和感を覚えた。


「本当は気まずかったんだ……1時間半も無言だったからさ」

「え、あ、そうだったのですか……すみませんでした」

「い、いや! でもやっぱり君をひとりで残すのは心配だったんだよ。多分……背が低いからだろうね」

「馬鹿にしているのですか?」

「いや!? ち、違うよ……せっかく誘ってくれたのにって申し訳なくてさ」


 謝らなければならないのはこちらの方だろう。

 再度謝罪をして前を向き歩き続ける。

 来てくれたのはいいけれど、それで喜びなどは感じない。

 帰っても「帰るのですね」くらいにしか感じなかったわけだし、おかしくはないのかもしれないけれど。


「内山さん、私といて楽しいのですか?」

「え? うん、楽しいよ? あー暖かい? かな。心地いいのは確かかな。ほら! あのふたりはお喋り大好き! って感じだから、静かなのが落ち着けるというかね」

「私は内山さんといて楽しいと思いませんでした」

「うぇっ!? あ、そ、そう……まあいいよ、それならそれで」


 1度帰宅したのなら、そこにいてくれれば問題なかった。

 わざわざそれで来てもらうのは心から申し訳ないと思う。

 ……どうして申し訳ないと思うのでしょうか?


「それともあれですか? 本当は楽しいと思っているのでしょうかね?」

「いや……それを僕に聞かれてもなぁ……」


 私が本当に知りたいことを彼は答えてくれない。

 でも仕方のないことだ。

 彼は私ではないし、私も彼ではないのだから。


「ひとつ言えるのはさ、僕は君といるのが好きってことだよ」


 そう言った時の彼は真剣な表情で、今度は頰が熱くなるのを感じた。

 自分の柔らかい頰に触れていると「赤いよ?」と言って彼が笑ってくる。


「あの……風邪でしょうか?」

「うーん、寒いからじゃない? それか歩いているからかもね」

「なるほど……」


 冬でも動いたら身体が熱くなることもあるので、彼の言い分が正しいだろうと思考を切り捨てた。


「あんまり冷えると風邪引いちゃうし、そろそろ帰ろうか」

「そうですね、そうしましょうか」


 よく分からないことにあっという間になくなってしまう。

 一過性のものだと考えておけばいいのだろうと決めて、歩くことだけに集中した。




 その日の夜、私は改めて『ありがとうございました』とメッセージを送った。

 その傍らで今日気になったことを文さんに聞いてみることにした。


『すみません、少しいいですか?』

『なになに~?』


 チクリと痛んだこと、鼓動が早くなったこと、頰が熱くなったことを説明する。

 するとメッセージではなく電話がかかってきて応答ボタンを押すと、


「それってたけくんのことが好きってことなんじゃないの!?」


 と、彼女の声はいつもより大きかった。


「違うと思いますよ? 内山さんも寒いからではないかと言っていたので」

「えぇ……なんかドキドキとかしないの?」

「そうですね、基本的に楽しいなど思いませんからね」


 なにをもってすれば楽しいのかが分からない。

 相手のことを嫌だと思わなければ、それは『楽しい』に該当するのだろうか?


「文さんはどうですか? 内山さんといて楽しいですか?」

「うん、最近は楽しいよ?」

「それで好きとかは……どうですか?」


 好きの裏返しで意地悪してしまうこともある、ということは分かっていた。

 どうしていちいちそのような余計な工程を踏むのかは分からないけれど。


「たけくんのこと? んー、優しい子ではあると思うけど、それくらいかなぁ……」

「そうですか、答えてくれてありがとうございました」

「ちょちょっ、待って待って! 本当に特に思ってないの?」


 切ろうとしたタイミングで彼女が食いついてきて切るのをやめた。


「はい、今日もどうして内山さんを誘ったのか分かりませんでした」

「うーん……なんか心配になるなあ……だって自分から誘ったのに分からないっておかしいよ」

「おかしい……ですか?」

「うん、おかしいっ」


 それは自分が1番思っていることだ。

 ということは間違っていなかったということになる。

 どうして私は彼を誘ったのだろうか? …………この短時間で分かるはずがないか。


「ねえ詠ちゃん、最近はたけくんといっぱいいるよね? それはどうして?」

「あの、どうしてですか?」

「えっ? だ、だから私が聞いてる……」

「どうして私はいるのでしょうか……」

「えぇ……私、17年生きてきたけど、詠ちゃんみたいな人は初めてだよ」

「……もう少し考えてみますね、ありがとうございました」

「うん……ごめんね、大して役に立てなくて、じゃあね」


 電話を切ってみると彼からメッセージがきていたので開いてみた。


『こちらこそありがと! でも……楽しくないんだよね……』

「あ……」


 その『楽しい』の基準が分からなかっただけで、嫌というわけではない。

 少し誤解されたままだと嫌なので、しっかりとその旨を説明しておいた。


『そ、そっか……それなら良かったかなー?』

「……文さんのことが好きですか……いえ、送る必要はないですよね」


 もう挨拶をして終わらせようかと動いた時、


「え、インターホン……」

 

 インターホンが鳴って私は動きを止める。

 もう21時過ぎてる……けれど、出るべきだろうか?


『あの、この時間にインターホンが鳴っても出るべきですか?』

『え、駄目だよ! 危ないから出ないほうがいい!』

『けれど何回も鳴らされてて……』

『余計駄目! 僕が今から行って確認してみるから、出たら駄目だよ!?』

「今からって……それこそ駄目なのではないでしょうか……」


 両親は()()()し、私のお友達は彼と川上さんと文さんだけだ。

 仮にこんな時間に訪れるとしても、連絡をしてから来ることだろう。

 だから彼の言うように出ない方がいいのかもしれない、……でも、まだずっと鳴らされている状況で。

 ……1階に行ってチェーンをしてから扉を開けた。


「あの!」

「……はい?」

「あの……泊めてくませんかぁ?」

「あ、わ、分かりました」


 若い女の子の声だったためチェーンを外して扉を完全に開ける。


「た、助かりましたぁ……もう寒くて寒くて……」

「あ、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 私は完全に閉める前に見知った人を見つけて外に出た。


「こんばんは」

「……こんばんはじゃないよ中原さん! 女の子だったから良かったけどさ! 変なおじさんとかだったら襲われてたかもしれないんだよ!?」


 彼にしては珍しく怒っていたため、私は少し驚いた。

 あれだけ文さんに好き勝手言われても言い返さなかった彼が……どうしてだろうか。


「い、一応、チェーンをしましたよ?」

「もしかしたらそれも切られちゃうかもしれないでしょっ? 全く! はぁ……まあいいや、特に危ない目にあったとかじゃないならいいよ。さっきの子は2中の制服を着ていたし、まあ、見てあげて。じゃあね」

「あ」

「うん?」

「あの、寄っていきませんか?」


 わざわざ来てくれたのだし、そのまま帰すのも忍びない。


「え……でももう21時過ぎてるし……」

「泊まっていってください。部屋は余っているので大丈夫ですよ」

「……まあ、あの子の話が片付いたら帰ればいいか。入らせてもらうね?」

「はい、どうぞ」


 こうして、見知らぬ女の子と内山さんを家に初めていれたのだった。

自分が誘ったのに理由が分からないなんて人いるか?

もしいたら『やべーやつ』だわ……。

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