05.『絶妙』
読む自己。
日曜日。
僕の部屋に珍しく仁の姿があった。
僕のベットに遠慮なく転がって目を瞑っている彼に声をかけるべきだろうか?
「なあ……お前らは上手くいったか?」
答えが出る前に彼が話しかけてくれて安心する。
「うーん、仲直りはできたよ?」
「それだけじゃなくて、ほら、な?」
「そういうのはなかったよ?」
「はぁ? ……マジかよ……」
だって文ちゃんはきっと偽っていると思うんだ。
それにそれがなくても「いないかなー」と言っていたくらいだし、そんなのはないだろう。
「中原さんは相変わらずだった?」
「おう……いやマジで詠だわ」
「そりゃまあ、本人だからね」
無表情で事ある毎に「どうしてですか?」とか聞いてそう。
「……なあ健、もし詠と過ごしてその気になったら遠慮するなよな」
「は? なに弱気になってんの、あれだけ怒ってきたじゃんか」
「いや、まあ本人次第だろ?」
なんだよ……皆が変わりすぎて怖い。
直前に見せたのが自分の格好悪いところだったから、というのもあるかもしれない。
でもあれだ、勿論、仲良くいられた方が落ち着けるし、そうしたいと思う。
だから多少の気持ち悪さはこの際、どうでもいいのかもしれないね。
「そりゃそうだけど……てかさ、なんか文ちゃんめちゃくちゃ態度柔らかくなってたんだけど……」
「俺と詠で説得した。健が悪く言われるのは嫌なんだよ、俺も詠もな」
「いや、本当にありがとう!」
「とにかく、もう恐れることはないぞ? お前がしたいように生活してくれ」
「まあ……じゃあ普通にいさせてもらおうかな。中原さんと話すのも楽しいしね」
これからは公園とかに呼び出されて急に帰る必要もなくなるわけだ。
相談とかも乗ったり乗ってもらったりして、仲良くするのもいいかもしれない。
「なんかお前のベットって柔らかいよなぁ」
「そうかな? 普通のベットだけど」
「眠くなる……ちょっと眠ってもいいか?」
「うん、おやすみ。15時まで起きてこなかったら起こしに来るよ」
「おう……おやすー」
さて、どうしようか。
彼女達の連絡先を知っているわけではないし、出かけるのはなんか違う気がする。
「掃除するかー」
まずはいつもよく使うリビングから。
ソファの汚れをコロコロで取って、床は雑巾がけをしていく。
壁も忘れずに拭いて窓も――――
「こ・ん・に・ち・は、か。ははっ」
玄関の扉を開けると彼女が入って来た。
「すみません」
「いや、暇してたから。部屋に行けば仁もいるけど、どうする?」
「いえ、大丈夫ですよ。お掃除をしていたのですか?」
「うん、暇だからね。今、飲み物準備するから座って待ってて!」
手を洗って準備――――彼女に手渡して自分は床に座る。
「ありがとうございます。あの、昨日はどうだったのですか?」
「ふたりのおかげで仲直りできたよ、ありがとう」
「いえ、川上さんが言ってくれたことですから」
「いや、それに普段から中原さんにはお世話になってたからね」
「そうですか、そう言ってもらえるとありがたいです」
彼女から言われてしまったら意味がない。
なにかもう少し他の方法で返したいと思うのだが……。
「中原さん、なにかしてほしいことってない?」
「してほしいことですか? あ、私のことは気にせずお掃除をしてください」
「そういうのじゃなくてさ……了解です」
シンクやコンロを綺麗にしていく。
意外と楽しくなってきてお風呂場の鏡をピッカンピッカンにしたり、廊下の壁なども拭いていった。
「あっ! 16時過ぎてる……」
駄目な幼馴染を起こしに部屋へ。
「仁!」
「はっ!? あ……おはー健……」
「下に中原さん来てるよ?」
僕ではできないが、きっと彼なら彼女の望みどおりに動けることだろう。
なにより食いつくと思っていたのだ。しかし、
「そうか、なら挨拶して帰るかな」
あろうことか「帰る」なんてらしくないことを彼は口にした。
「え? 一緒に出かけてくればいいじゃん」
「もう16時過ぎだ、危ないだろこんな時間に出かけたら。ありがとな、また明日会おうぜ」
「あ、うん……」
なんだよ急に自信失くしちゃって。
布団を整えてから1階に戻ったら、もう仁は帰った後だった。
「中原さん、家まで送るよ」
「分かりました、よろしくお願いします」
外に出て歩いて行く。
家を知っているので、いちいち聞かなくても迷うことなんて一切ない。
距離が離れているというわけではないし、彼女の家にはすぐに着いたのだが……。
「あれ、今日も誰もいないの?」
前もそうだった。
彼女を家まで送ってきた時、リビングすら電気が点いていなかったのだ。
普通の一軒家だしひとり暮らしというわけでもないだろう。
「……共働き、ですから」
「そっか……僕の家もお母さんが頑張ってくれてるんだ。お父さんはいなくてさ……だから少しくらい役に立ちたいなと思って、ああやって掃除とかご飯とか作ってるんだけどね。でもあれだよね? こういくらやっても追いつけないっていうかさっ、家事をする度に凄いなって思うんだよ。当たり前じゃないことを当たり前のようにやってくれて、本当に暖かみに溢れている毎日が好きだなって、ね。ははは! ひとりでなに言ってるんだろうねー」
手が冷えたので擦り合わせる。
「冷えたのですか?」
「ちょっとね。それじゃあ、また明日!」
「……はい、ありがとうございました。また明日、よろしくお願いします」
恥ずかしさを隠すように僕は走り始めた。
なにペラペラひとりで喋ってるんだよ……。
月曜日。
学校に行って3人に挨拶をする。
「おはよー」
「おう、おはよ!」
「おはようございます」
「おはよう!」
なんだろう、たったこれだけで涙が零れそうになって……いや、実際に零れた。
皆が大袈裟だよとおかしなものを見たかのように笑う。
「内山ーん? 泣いてるのか?」
「あ、いえ……それでどうしましたか?」
「あ、今日の放課後も頼むぞプリント!」
「またぁっ!? ですか……」
先生は本当にプリント頼むの好きだね……。
そこまでプリント物が溜まってしまうこの学校も微妙なところだ。
「ふむ……じゃあ中原に手伝ってもらえ!」
「え、それは申し訳ないですよ。分かりました、ひとりでやるので大丈夫です」
「そうか? それなら頼んだぞ!」
「はい、それは任せてください」
――――というわけで放課後。
手伝うと言ってくれた中原さんをあのふたりに任せてひとりでやっていた。
ただ、あまりにやりすぎて慣れてしまったらしく、今日は17時半までに終わってしまう。
「終わったかー?」
「先生、まだないですか?」
「今のところはないなーいつもありがとな!」
「いえ、それではこれで失礼します」
「いや、ちょっと付き合え」
「え、先生と付き合う趣味はな、分かりました」
連れて行かれたのは職員室。
先生は机の引き出しの中からチョコを取り出しそれをくれた。
「ほい、チョコ」
「先生……子どもじゃないんですよ僕は」
「子どもだろ。よし、気をつけて帰れよー」
「ありがとうございました。失礼します」
職員室を出て廊下をひとり歩いていく。
すると向こうの角からゆらりゆらりとひとりの少女が歩いて来ていることに気づいた。
17時半過ぎとはいえ冬の夕方、薄暗い廊下に響く僕と少女の足音。
中々どうして怖いものがある。もっとも、
「遅いですよ」
「ごめん」
それが彼女でなければ、ということではあるが。
約束をしていたというわけではないが、待っていてくれたらしい。
とにかく校舎内及び学校から僕らは出た。
「あんまり勝手に待ってたりとかは駄目だよ?」
「まだいると確信していましたから」
「それなら教室にいてくれた方がマシだったかな、さっきのちょっと怖かったからね」
恐怖耐性の強さにはそれなりに自信があった。
でも、彼女ではなかったら恐らく……走って叫んで逃げて飛び出していただろう。
「仁は?」
「文さんと帰りました」
「ほぉーん、あ、名前呼びし始めたんだ?」
「はい、してと言われたので」
良くなったのは僕と彼女達だけではなく、彼女達同士にも影響があったみたいだ。
仲がいいっていいな、これからもずっと続けていきたいと思う。
「もうちょっとで12月になるね」
「そうですね、どんどんと寒くなってお布団から出にくい毎日です」
「はははっ、僕はそうでもないけどね。朝からお母さんの手伝いをどんどんしていきたいからさ」
「……私だってお手伝いをしていますよ?」
「疑ってないよ、寧ろ僕よりしっかりできてそう」
ま、こういうのは比べることではない。
大切なのは『お母さんに楽をしてもらいたい』ということだ。
彼女にとっては『ご両親に』ということになる。
手伝い=偉いと一概に言えるわけではないが、悪くない生き方なのではないだろうか。
「っと、君の家に着いたよ、また明日!」
「いつもありがとうございます、それではまた」
「うん、ちゃんと暖かくして寝なくちゃ駄目だよ?」
「子どもじゃないです。ふふ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ!」
で、家へと到着!
「ただいまー」
「おかえり!」「おかー」
「……何故に仁さんはおるのですか?」
リビングのソファに寝転んで携帯ゲーム機を弄っている彼にジト目を向ける。
「別にいいだろ」
「いやいいけどさ、くつろぎすぎじゃない?」
「あーなんかさーソファも柔らかいだろー……だから……眠くなる……」
「すぐ寝るキャラか!」
少しむかついたのでソファから彼を引きずり下ろし僕が座った。
「酷えな……で、どうだったんだ詠とは」
こちらを向きつつ床に座って聞いてくる。
意外にも真面目な顔だったので、
「普通に送ってきただけだよ、もう12月だねって話をしてた」
茶化すことなくそのままを伝えておいた。
そもそもここで嘘を言ったところでばれるだろうしね。
「お前さ、もう少し気を利かせた会話しような」
「でもさ、仁が好きなんだからあんまり大胆なことはできないよ」
「だから言ったろ、お前と詠次第だって。いちいち変なこと気にするな」
いや、それにそういうつもりで一緒にいるわけでもない。
彼女がいてくれたのは、先生に言われたのにそれができなかったからだろう。
義理堅そうな女の子だし、あのまま帰っていたらきっと寝られなかったに違いない!
……心配なのは彼女がほぼひとり暮らし状態ということだろうか。
お母さんは遅くなっても18時までには絶対いてくれるので、あ。
「ねえお母さん、もし可能ならなんだけど――――」
翌日の放課後、僕はなにも説明することなく彼女を家へと誘った。
意外にも「ご飯ですから」と言われることはなく、今はちょこんとソファに座ってくれている。
「あの、今日はどうしたのですか?」
「いやあのさ、中原さんが良ければなんだけど、来たい日にご飯を食べに来たらどうかな? ほら、家には遅くまで誰もいないって言ってたしさ、無理なら無理でいいんだよ? だから正直なところを言ってね」
「あの、それは申し訳ないですので」
「あ、そっか……なら今日だけは食べてってよ。大丈夫、食べ終えたら送ってくからさ。今日はカレーなんだよ? 沢山あるし中原さんに食べてもらったら変に余らずに済むしね!」
お母さんはまだ帰ってきていないのでてきぱきと切って、炒めて、煮て、少ししたら完成だ。
「ちょっと早めに炊けるようにしたし、そろそろ、あ、炊けたね! お母さんには悪いけど先に食べちゃおうか」
「……はい、温かい方が美味しいですよね」
「うん、冷めても美味しいけどね」
お皿にご飯と盛ってルーをかければ、うん、美味しそうだ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……いただきます」
……気恥ずかしいので自分の分は掻き込むように食べて食器を洗った。
「遅いので……すみません」
「ううん、ゆっくり食べてくれてばいいから」
この気恥ずかしさはお風呂場の鏡を磨いておけばいいだろう。
キュッキュと磨き、磨き磨き磨き磨き――――スポンジが失くなるまで磨いた。
「あのー」
「あ、どうしたの?」
「食器……洗った方がいいですよね?」
「ううん、後で僕かお母さんがやるからいいよ! あ、ちょっとごめんね?」
ティッシュを取って彼女の口の横を拭き取る。
「あ……す、すみません」
「い、いや、急にごめんね。それじゃあ帰ろうか」
「はい……」
ところで、1度家に入った後に外へと出るとどうしてここまで寒いんだろうか。
それでもすぐに帰る! とならないのはカレーパワーと横に彼女がいるからだろう。
「ありがとうございました、カレー美味しかったですよ」
「市販のルーだからね、それの少し君に返せた気がして嬉しいよ。食べてくれてありがと」
「はい。……あの、連絡先交換しませんか?」
「あ、いいよ!」
実はお母さん以外の異性の情報を登録するのは初めてだった。
「ありがと、嬉しいよ」
スマホを少しだけ強く握りしめて喜びを噛みしめる。
「そ、そうですか? こちらこそありがとうございます。あ、ここで大丈夫ですよ」
「うん、それじゃあまた明日ね!」
「……はい、さようなら」
うーん、仁と違うからあまり送ったら迷惑かもしれない。
……絶妙なラインを探していくとしよう。
僕は家へと走って帰った。
健も詠もいい子だと思う。




