04.『修復』
読む自己。
翌朝、僕が家から出ると何故だか中原さんが立っていた。
こちらに気づくと「おはようございます、内山さん」なんて呑気に言って礼をする。
僕も挨拶を返して学校へと向かうことに。
……ただ、いるんだよなぁ、後ろにいるんだよなぁ、問題の人が。
今近づいたら容易に雰囲気だけで切り傷をつけられそうなそんな人――――仁が後ろを付いてきている。
それでも一応気にせず頑張って学校まで歩いて、僕は無事に教室へと着くことができた。
「内山さん、明日お出かけしませんか?」
「あ……君……この状況に気づいてないの?」
僕は今、席に座って彼女と話しているという状況だが、ふたりから睨まれていることは分かっている。
それだというのにこの子ときたら……。
「川上さん、日高さん、もし内山さんになにかしたら、私が許しませんからね」
彼女はこちらを見てそう言った。
その表情と声音は正直言って怖すぎる。
震えて「ひゃ、ひゃい!?」と僕が答えそうになったくらいだ。
「さあ、気にせずお出かけしましょう」
「君、凄いよ……」
「本屋さんとか喫茶店とか色々なお店に行きませんか?」
「まあ、君がいいならいいけどさ」
了承しておいてなんだったが――――
「さあ、行きましょうか」
「う、うん」
「ああ」
「そうだね!」
翌日、集合場所に現れた面子の前に泡を吹きそうになってしまった。
と、とにかく、殿を務めておく。
最悪1番最初に逃げられればそれでいいと決めてっ。
まず最初に向かったのは近くの本屋さんだった。
ここは結構品揃えが豊富で、僕が好きな漫画やライトノベルが沢山置かれている。
少し静かな店内に響く落ち着くBGMと店員さんの声。
……メンバーがこの4人でなければ落ち着くのだが……。
「た、た……け……く、くくく……くん」
「あ、はい……たけくんです」
漫画を適当に見ていたら横に彼女がやって来て喋りかけたきた。
彼女はあれだ、基本的に柑橘系の匂いがしている。
だから彼女がぷるぷる震えた度に髪がふわふわ揺れて、……いい匂いだった。
「ま、漫画とか好きだったよねっ?」
「そ、そうですねっ、ずっと昔から好きですね!」
引っ叩くとか言っていた彼女はどこに行ったのだろうか!
うーん、おかしいのは自分だけなのかもしれない。
向こうでは普通に仁と中原さんが仲良さそうに本を見ているわけだし。
「ちょっと、え、えっちなのが好きだったよね?」
「え? それは仁の趣味じゃない? 僕はあくまで健全のやつがいいかなあ」
最近の漫画やラノベは女の子の肌色率が上がりすぎている気がする。
これでは正直買いづらいし、色々と誤解されてしまうのではないだろうか。
……でもまぁ、気になるのは確かかなぁ……。
「た、たけくん……その、昨日までごめんなさい」
僕はつい自分の頰を強くつねってしまった。
「痛いっ!? ……えと、夢じゃないんだよね?」
「うん……夢じゃないよ、ほ、ほら」
「うぇっ!? ちょ、手っ……」
中原さん程ではないけど小さく柔らかい手。
彼女は顔を真っ赤に染めつつ「夢じゃないでしょ?」と無理して笑っていた。
服はなんかワンピースみたいな感じで、髪色と同じく深い藍色の物だった。
そのスカート部分をくしゃりと握っていることから、緊張しているのだろうということは分かる。
一応、褒めるべきだろうか。……今の雰囲気は悪くないことだし……やるぞっ。
「服……よく似合ってるよ」
ついでに調子に乗って彼女の頭も撫でてみる。
ま、今日が命日になったとしても、最後に女の子を褒められたということでいいのではないだろうか。
「ちょっと……他にも人いるんだから……」
「ごめん」
殺される――――引っ叩かれることはないまま彼女は少し距離を作った。
「昨日ね、お姉ちゃんと仲直りしたの」
「お、そうなんだ! 良かったねっ」
「うん、それで……」
「あ、これってこと? もう無理だと思ってたから嬉しいなあ」
「嬉しい?」
「そりゃ幼馴染だしね、仲が悪いよりはいいでしょ?」
喫茶店に移動することになったので本屋さんををあとにする。
ただ……、
「ど、どうしてわざわざ席を別にしたんだろうね」
「そうだね……」
そう、まるで最初からこれが狙いだったかのようで。
とりあえずメニューを一緒に見ることに。
「えと……ふ、文ちゃんはココアが好きだったよね?」
「うん……ずっと好き」
「僕も同じでいいかな。なんか軽食でも食べる?」
「うーん……お腹空いてないかも……」
彼女の自分のお腹を抑えてふにゃっと笑う。
「ならサンドイッチ分けて食べようよ。ちょっとお腹空いてて、でもふたつは多いからさ。僕が払うからお金も気にしなくていいし……どうかな?」
「たけくんが言うなら……」
というわけで店員さんを呼んで注文を済ました。
というか……なんで彼女は真横に座っているのだろうか。
普通こういう時というのは対面に座るような気がするが。
「ねえ文ちゃん、仁は向こうだけどいいの?」
それでもせっかく怒鳴らず大人しく昔の文ちゃんでいてくれているので、別の話を出してみる。
「大丈夫だよ、それにあのふたりの邪魔をしたら申し訳ないし」
「いや、僕が君の邪魔をしてしまっていて申し訳ないんだけど……」
文ちゃんが好きなのは絶対に仁だ。
ろくに関わりがなかった中学生時代、ずっと彼女と仁は一緒にいた。
高校に進学してからは彼が中原さんに一目惚れして多少減ったが、関わりは依然として続いていた。
恐らく、あの背の小ささとしっかりさに彼は惹かれたのだろう。
では、文ちゃんは彼のどこに惹かれたのだろうか?
「文ちゃんは仁のどこが好きなの?」
「え? あ、言っておくけど特別な意味で好きじゃないからね?」
「え、何回も『仁の方がいい!』と言ってたじゃん」
「そりゃまあたけくんよりは仁の方がスペック高いし」
「あ、さいですか……まあ、分かっていますけどね」
頼んだ物がやってきてココアをちょびっと飲む。
「あ、現実は苦いけどココアは甘いなあ」
「だね~」
だねって……主にあなたのせいですけども!
「サンドイッチどっちがいい?」
片方はハムとレタスサンド、もうひとつは卵サンドだ。
とちらにしても好きだと言えるので、正直どちらでも構わなかった。
「え、たけくんが頼んだんだから好きな方を選びなよ」
「いや、君に好きな方を食べてほしい」
「……じゃ、じゃあ……卵」
「うん、どうぞ」
片割れを食べてみるとレタスはシャキシャキしてるしハムも美味しくて、ふた口で食べてしまった。
……語彙力……がないのは問題だが、美味しくて頼んで良かったと思う。
「文ちゃん」
「ふぇ……? もぐもぐ……」
「あ、ごめん」
女の子って食べ物を食べているだけで可愛く見えるのだからずるいものだ。
小さな口を一生懸命動かしてもぐもぐもぐもぐ、なんかハムスターのように見えた。
だから自然に彼女の頭を撫でてて、彼女もまた拒むことなく食べ続けている。
スマホのバイブが鳴ったため確認してみれば――――
『いちゃいちゃしすぎだ』
「ちょ……」
仁からでその内容に声が出てしまった。
幸い横の子はまだ一切れを一生懸命食べているので興味を持たれることはなくて安心する。
『一昨日は悪かったな』
『いや、僕こそごめん』
『本当はさ、お前らの関係を元に戻したかったんだよ』
『あ! それって僕が中原さんに近づかなくなるからでしょ!』
『違う、純粋に仲良くしてほしかったんだ。お前が悪く言われるのは嫌だからな』
『いや……あなたが最近1番悪く言ってくれましたけど?』
胸倉掴んできて「てめえ!」とか言ってくれたのはあなたです。
『そう言ってくれるな! 反省しているんだから!』
『はははっ! ありがと!』
『なあ、ここで別れないか?』
『結局それじゃん! まぁ……いいけど』
『よし、それじゃあそういうことで。気をつけろよな』
『そっちこそ』
アプリを終わらせスマホの電源を消した。
「ん……ふぅ、どうしたの?」
「あ、うん、なんかここで別れようだって」
「あ、そうなんだ」
「多分頼めばあっちに参加させてもらえるよ?」
「いいの! だったらさ、ゲームセンターに行こうよ!」
「いいよ、お金払ったら行こうか」
一応ふたりに挨拶をしてから会計を済まし喫茶店をあとにする。
「近くていいね!」
「そうだね!」
その目の前にゲームセンターがあるのは確かに楽だろう。
ただ、中は過剰にうるさくて大声で会話しなければならないのは辛い。
「リズムゲームやりたい!」
「じゃあ後ろから見てるよ!」
「魅せてあげるよ!」
わざわざ「見せてあげる」宣言をするくらいだから上手いんだろうなあ。
……一生懸命なのは伝わってきていた。あ、こら、そこの子ども笑うんじゃない!
「ふぅ……どうだった?」
終わった彼女は非常にやりきった感を見せてくれている。
「あー、良かったよ!」
「えへへっ、そりゃ私がやったんだもん、当たり前じゃん!」
その気持ちの良く柔らかな笑みの前に僕は敗北し、さっと視線を逸らす。
しかし意地悪な彼女は僕の正面に回ってまたもや最恐(強)の笑顔を浮かべた。
「もう!」
「えへへー!」
これはやはり夢なのではないだろうか。
文ちゃんが僕にこんな気持ちのいい笑顔を向けるような子ではない。
僕は無言でゲームセンターから出ると、入り口の側面で崩れ落ちた。
「ちょっ……なんでそんな反応……」
「いや……なんか現実じゃないなって」
みっともないので立ち上がり彼女を見て――――
「いふぁいいふぁい!」
「あ、やっぱり本物だよね……」
頰を引っ張ってみたものの、先程と同じくハムスターみたいに膨らむだけだ。
「ねっ、久しぶりにたけくんのお家に行きたい!」
「そんなんでいいの? あ、でもさ、今行くとふたりきりになっちゃうよ?」
「別にいいじゃん」
「それなら行こうか」
金銭に余裕があるわけではないのでその提案はありがたかった。
割とすぐに家に着いて鍵を開け中に入る。
「お邪魔します!」
「ははは、誰もいないって」
リビングのソファに座ってもらい用意したお茶を手渡すと「ありがとっ!」と言って彼女は受け取った。
「さてと、たけくん覚悟してね?」
「え」
立って近づいて来たと思ったら頰に柔らかい衝撃。
……彼女の手はやはり柔らかくて小さいのだと分かる。
「余計なことしたら引っ叩くって言ったでしょ」
「ああ、頭撫でたの怒ってたのか」
「いきなりああいうのは駄目だよ、分かった?」
「うん、分かった」
それからふたりでソファに座って正面を見ていた。
「なんか昔に戻れたみたいで落ち着くよ」
「うん……」
「こうしてさ、よく家に来てたよね。それでふたりでご飯を作ったり、お母さんの肩を揉んだりとかね」
でもすぐに手が疲れて自分達の方が多く揉んでもらってたっけ。
優しい手付きですぐに眠たくなって、お母さんに体重を預けてふたりで寝ていた。
「あはは、懐かしいなぁっ」
「ねえ文ちゃん」
「ん?」
そこだけはしっかり彼女を見て、
「昔みたいに仲良くしたい、いいかな?」
真っ直ぐにそう口にする。
こんないい機会は恐らくもうない。
この機会を逃せばまたあの怒鳴られる生活に戻るだろう。
いや、あるいはこのままでいてくれるかもしれないが、正直なところを伝えておく必要がある。
「……でもさ、私が一方的に怒っちゃってたんだよ?」
「いや、いいかどうかで答えてくれないかな?」
「……たけくんがいいなら……」
「ありがとう! ふぅ、中原さんのおかげだなー最初はどうなることかと不安だったけど、凄い嬉しいよ」
深く腰掛けて天井を眺めた。
仁とも謝りあって仲を戻せたし、なにより文ちゃんに怒られなくて済むと思えば今日は天国と言える。
「こら!!」
「えっ!?」
「ちゃんと座らなきゃ駄目だよ?」
「あ、はい……」
ソファの上に正座をして背筋をぴんと伸ばした。
「仁、上手くいくといいね」
「こら」
「え?」
「文ちゃんは素直にならないと駄目だよ?」
「心から思ってるよ? だって詠ちゃんは可愛いし、しっかりしてるでしょ? お似合いだと思うけどね」
そこを否定するつもりは僕にもない。
少し堅物感のある中原さんが照れたら可愛いだろうし、それを仁なら引き出せることだろう。
なにより『人を好きになるにはどうすればいいか』を気づけて中原さんのためにもなるわけだ。
……ずるいくらいいい感じじゃねえかよっ、仁、頑張れ!
「案外、今日に付き合いだしたりしちゃうかもねっ」
「いや~仁はもう少し慎重に動きそうだけどね、あれで相手のことをしっかり考えられる人だからさ」
「たけくんってさ、ホモさんなの?」
「違うよ、僕は仁を信用しているんだ」
「そういえばさ、好きな人っているの? 昔はいないとかいってたけど」
そういえばそんなことをよく自分は言っていた。
本当は魅力的な女の子、文ちゃんとか他の子もいたのに強がっていただけだったんだよなあ。
……痛い奴だとしか言いようがない。
「いないかな、文ちゃんは?」
「いないかなー特には」
「僕らだけ遅れてるね」
「いいんだよ、人は人、自分は自分だもん!」
「はは、そうだね」
僕なりに求められたら協力していきたいと考えているし彼女の言うとおりだろう。
そんなこんなで非常に僕ららしからぬ落ち着けた時間を過ごせたのだった。
仲がいいのが1番。




