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03.『裏腹』

読む自己。

「よっ、そこの少年、少しお姉さんにお金を貸してくれないかい?」


 昼休みにお弁当を食べ終えて校内を散歩している時だった。

 気づけば女の人に壁ドンをされていて、僕はポケットから財布を取り出す。


「あの、50円でいいですか?」

「くぅ! 乗ってくれる子待ってたよ!」

「待ってたって、すずさんにはいつもしてるじゃん」

「ちぇっ、可愛げねーやつー」


 日高涼――――まああの子のお姉さんだ。

 母親譲り、彼女も胸が大きくて可愛げのある人だが、母&妹と違って少しだけつり目となっていた。

 髪はサイドだけがキュッと結ばれている。色は親子揃って暗い藍色。


「たけさ、めっきり家に来なくなったよね」

「うん、文ちゃんに嫌われちゃってさ」

「文に? うん? うーん? 文がたけを嫌ったって言いたいの?」

「見てれば分かるでしょ?」


 そうじゃなければ一緒に帰っていることだろうに。


「えーそれは誤解なんじゃないの?」

「ないない、教室に来て見てくれれば分かるよ? 今から行こうか」

「りょー」


 教室に着いて仁や中原さんと盛り上がってる彼女のところに行って、


「文ちゃん、一緒に話さない?」


 敢えて怒らせるスタイルで話しかけてみた。


「はぁ!? 気軽に名前で呼ばないでよ!」

「いいじゃん、だって昔はこうやって呼んでたし」

「やめて! そういうところも嫌い! というかさ、よくあんな終わりだったのに君は普通に話しかけられたね? まずは謝罪するのが常識なんじゃないの?」


 僕は降参ポーズ、どうでもいいので教室から出る。


「ほらね、分かったでしょ?」

「それはたけがわざとしたからでしょ?」

「ちょっとまだ話は終わってな……お、お姉ちゃん……」

「よっ、たけと仲良くしろよーばいばーい」


 あ、に、逃げやがったなぁっ!?


「最低、お姉ちゃん使って私に怒ろうとしたんでしょ?」

「別に……名前呼びだってもうしないよ。話しかけるなって言うならもう話しかけない、戻るね」

「謝ってよ」

「ごめん、じゃ」


 涼さんが彼女に余計なことを言ってこちらが怒られても困るしこれが正しいんだ。


「驚きました内山さん」

「ん? なにが?」


 席に戻ったら彼女がやって来て言う。


「名前で呼ぶとは思ってもみなかったですから」

「あ、ははは……あれで最後だけどね。もうさ、昔とは違うんだよ」

 

 良くも悪くも歳頃、多感な時期というやつなんだろうね。

 安心できる点は彼女の心が仁に向いているということ。

 分かりづらいこの子とは違う、その点はマシだった。


「それで君はどうしたの?」

「あ、川上さんがそういうつもりならと答えておきました」

「ということは向き合おうとしているわけだよね?」

「え?」


 彼女はそこで「なんで?」というような表情を浮かべる。

 自分の髪の先をイジイジ弄って、こちらが反応するのを待っているようだった。


「えって……違うの?」

「私はただ、そうしたいならと思っただけですけど」

「え……君にその気がないならきっぱり断ってあげてねって言ったよね?」


 それともあれか? 彼女も「お前なんかの言葉なんか知らねーよ」というやつだろうか。


「私は言ったのですよ? 恐らく同じような結果になりますよと。でも、川上さんが『それでもいい』と言いましたから……」


 ……それなら確かに踏み込もうとした仁の自己責任で片付くか。


「……そこは僕に言う権利なかったね、ごめん……」


 仁のためなのか、彼女のためなのか、文ちゃんのためなのか、もうそれが分かっていない。


「詠、あんまりぺらぺら言わないでくれよ」

「あ、すみませんでした」

「ああ。で、ちょっと健とふたりきりで話したいからいいか?」

「分かりました」


 仁に腕を掴まれて廊下まで強制移動。


「……おい、余計なことするなよ」

「い、いや……これはあくまで仁のため――――」

「それが余計だって言ってるんだよ! はぁ……コソコソと詠と話しやがってっ」

「あのさ、なにをそんな不安がってるの? 中原さんが好きなら向き合っておけばいいじゃん! 僕に怒鳴っている時間が勿体ないと思わないの?」


 そろそろ悲しくなってくるんだ。

 そんな微塵も存在しない可能性のことについていちいち聞かれるのが。


「川上さん、内山さんは悪くないです」

「詠……」

「私が相談に乗ってもらっていたのです。だから、責めないであげてください」

「なんでいちいちこいつに相談するんだ?」

「え、だって本人に聞くわけにもいかないですよね?」

「そりゃそうかもしれないけどさ、別に両親とか日高とかでもいいだろ?」


 うわぁ……文ちゃんそこにいるのに馬鹿だなぁ……。

 どんだけ残酷なことをさせるつもりだよ仁は。

 中原さんはそれが分かっているから恐らく僕にしか言えなかったんだろう。


「川上さん、そういうのは良くないと思います」

「え?」

「……なんでもありません。とにかく、内山さんを悪く言うのはやめてあげてください」

「ちっ……やっぱり健のこと好きってことなのか?」

「はい?」

「だって毎回毎回健のところに行くもんな詠は」

「そんなことは一切ありませんよ」


 あの時と同じくらい冷たい顔、冷たい声音だった。

 強気だった仁もたじろぎ教室へと戻っていく。


「ごめんなさい、内山さん」

「いや」


 これだけ彼の目の前ではっきりと言ってくれればごちゃごちゃ言われずに済む、好都合だ。


「でも、仁が言うように両親とかにしておきなよ」

「……そうですね、確かに内山さんにご迷惑をおかけしたくないですから」

「うん、その方がいいよ。教室戻るね」


 入る前に体操座りをしたままの文ちゃんを一瞥した。

 彼女の身体はかすかに震えていて泣いているようだと分かった。

 でもなにも言えない、僕には怒らすことしかできないのだから。

 代わりに中原さんが「授業始まりますよ」と言ってくれた。

 僕はそれに安心し心置きなく自分の席へと戻ったのだった。




「たけー」

「涼さん」


 靴に履き替え外に出ると彼女が話しかけてきた。

 相変わらず姉妹でよく似ているなあと考えつつ、歩きだした彼女を追いかけていく。


「さっきさ……文が泣いて走り去ってった」

「なんで止めてあげなかったの?」

「だって私とあの子、仲良くないしね」

「嘘っ!? あ、有りえねー」

「それはこっちのセリフー。昔なんか毎日ように一緒にいたじゃん、たけと文は」

「いつの昔の話だよ……」


 彼女からしてみればほぼ6年前みたいなものだぞそれは。


「年取って記憶がやばくなっちゃったのかな?」

「たけ、そんなこと言ってるとここでズボン下ろすからね?」

「ご、ごめんなさい……。でもさ、なんでこうなっちゃったんだろうね」


 好き好んで不仲になろうとする人間はいない。

 ただ、理由が分からずにこのまま怒られるのは理不尽すぎて嫌だと言えた。


「人間同士なんてそんなもんだよ」

「とりあえずさ、涼さんは仲直りしてよ。別に怒鳴られるとかじゃないんでしょ?」

「いーでしょこのままで、多分向こうもそれを望んでる」


 僕も同じだから強気にでれない。

 そもそもそんなことをすればここで息子が公開されることになる。


「健はさ、誰か好きな人いないの?」

「いないよ、寧ろ文ちゃんのせいで自信喪失中……」


 何回も何回も「仁の方がいい」なんて言われたら誰でも堪える。

 分かっているからこそより精神に効く。

 あの子だって「詠の方がいい」とか言われたら傷ついて泣くはずなんだ。

 仁や中原さんに当たれないから僕を使っているんだろうが、勘弁してほしいのは確かだった。


「あの子のせいにするとか最低じゃんっ」

「はい、気持ちのいい笑顔いただきましたー!」

「文のことさ……あんまり悪く思わないであげてね」

「そう思いたいんだけど、残念ながらメンタルが強くないんだよ僕は」


 僕がなにかをしたのならともかくとして、行き場のない不満をぶつられるのは困る。


「言う時はガツンと言うからね? それはもう相手が泣いても遠慮せずに」

「あははっ、健にはできないことだね。だって知ってるもん、健が優しいの」

「重い信頼だなぁ……」

「残念ながら健を好きとかそういうの、いっっっっっっさい! ないけどねー」

「だろうね、落ち着くよ。僕のことを好きな人間なんていなくていいんだよ」


 勿論、友達としては好きでいてもらいたいが。

 ……できることなら仁には文ちゃんを選んであげてほしい。

 そうすれば僕に被害が及ぶことが少なくなるから。

 けれどもし、中原さんが好きになってしまった場合は、真っ直ぐ応援するしかないだろう。

 仁と中原さんの幸せ対文ちゃんの幸せなら、悪いけど前者を選ぶ。

 だって自分に優しくない人の幸せなんて寝返るわけがないのだ。

 ○○が失くなるならと言っているだけ、それだけでしかないのだから。


「あ、私こっちだから、じゃあねー!」

「うん、じゃあね」


 僕はそこで立ち止まる。

 後ろを隠れながら歩いていた彼女も同じように止まった。


「どうしたの?」


 話しかけないというルールは今だけ破ろう。


「涼さん行ったよ?」

「……名前で呼ばないでよ」

「……了解、君がいないところでもやめるよ」

「あとなに私のせいにしてるの? 君が仁より劣ってることは本当だよね?」

「そうだね、君の言うとおりだ」


 もう感覚が麻痺していて「そのとおりだ」としか思えなくなっていた。

 否定する気も起きない。したところで事実は変わらないのだから。


「お姉ちゃんに余計なこと言うとか最低」

「そうかもね。でもさ、それは直接涼さんに言ってよ、あの人が来たから一緒に帰ってるだけなんだから」

「あとまた偉そうに言ったよね、詠ちゃんに」

「そうだね」


 でも中原さんはもうやめるみたいなことを言っていたし大丈夫だろう。

 問題なのは仁とこの子、……いつもいつもそうだ。


「次に余計なことしたら頰引っ叩くからね」

「それは怖いな……ま、早く帰りなよ、言いたいこと言い終わったでしょ?」


 彼女は無言で歩いて行った。

 僕も真っ直ぐ歩いて出会いたくない人物NO.3に遭遇する。


「あ、内山さん、こんばんは」

「仁の家に寄ってきたんだ?」

「はい。あ、あなたのお家はどこですか?」

「そこ」

「え、こ、こんな偶然があるのですね」

「そうだね、君にとっては無価値な情報だけどさ。気をつけてね」

「あの……公園でお話し、しませんか?」

「もう帰ろうと思ってたんだけど?」

「す、少しだけ……駄目ですか?」


 ……その上目遣いは駄目だろう、いやまあ彼女の身長的に無理があるんだが……。


「あ、ありがとうございます」

「いや……」


 結局僕は負けてこんなところにいる。

 おまけにジュースまで買ってもらってしまったぁ!? はぁ……。


「それでどうしたの? 仁のことならもう相談に乗れないよ」

「えと……今日はあなたのことについて聞きたくて……」

「僕の? えっと、仁と違って役に立たなくてポンコツでしょぼくて、人に好きになってもらえなくてひとりで馬鹿にされて……これ以上は思いつかないなぁ」

「なんでそういうことを言ってしまうのですか?」

「だって事実でしょ? 現実逃避をする人間じゃないんだ」


 弱さを直視して生きている。

 この生き方を嫌だとは思っていないし、自分のことを嫌ってもいない。

 残念なのは他人には嫌われてしまうことだろう。


「中原さんはなにを聞きたかったの?」

「お誕生日はいつですか?」

「あ、そっか! 1年半もいたけど知らないよねお互いに」


 そう、僕はただのおまけ。

 主人公の友達でいられているのかどうかすら、分からなくなってきているのだから。


「必要なくないそんな情報、だって無価値じゃん」


 どう転んでも、彼女が仁を受け入れようが受け入れまいが、僕に興味がないことは分かっている。

 そんな人間の誕生日なんか聞いても無駄な義務感が発生してしまうだけだ。


「知らないままでいいよ、お互いに」

「……そうですか」

「うん、話は終わり? あんまり遅くなると両親に怒られるし、……僕なんかといるべきじゃない。ま。挨拶くらいはする仲ではいたいけどさ、じゃあね!」


 そして今度は――――不機嫌な仁の急襲か。


「おい」

「なに? どうぞ、いるよそこに」

「そうじゃねえよ、だからなんでお前が詠といるんだよ」

「……偶然すれ違ったんだよー」


 面倒くさい。文ちゃんくらい面倒くさいよぉ……。


「てめえ!」

「はぁ、だからなんで仁はそんな余裕がないの? なんであの子が僕に興味があるって思うの? 今日のお昼にはっきりしてくれたじゃん」

「ちっ……くそがっ」

「舌打ち良くないよ、中原さんに嫌われたくないならやめなよ」

「偉そうにアドバイスしてるんじゃねーよ」

「だったら僕に偉そうに突っかかってくるんじゃねーよ、じゃあね」


 全くもう、ただ生活するだけで大変だ。

 先程の態度とは裏腹に、あくまで普通に家へと帰ったのだった。

メインの登場人物、全員面倒くせえ……のかな?

ま、リアルでありそうだよね。

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