02.『中原』
読む自己。
チャイムが鳴って弛緩ムードが広がった。
部活動に行く生徒はどんどんと消えていく。僕はと言えば残る必要はないので、ゆっくりと教科書とかを鞄にしまって立ち上がった。
「健、帰ろうぜ!」
「うん、帰ろうか。あ……やっぱりふたりで帰ってよ?」
「ふたり? あ、日高か……まあ健がそう言うなら、気をつけろよ」
「仁達もね、じゃあね」
実は皆、家が近くなのでこのまま出ると追いつく可能性がある。
そのため僕は少し座って時間を潰していくことにした。
「ふぁぁ……」
「帰らないのですか?」
「あ、うん……ほら、追いつきたくないからさ」
いつも来てくれて声をかけてくれる優しい女の子だ。
彼女は何故か僕の前の席に座ってこちらを振り向く。
夕日に照らされた彼女の明るい髪がキラキラしていて実に美しかった。
「中原さんは帰ればいいんじゃないの?」
「実は私も日高さんから良く思われていないのですよ」
「そうかな? 『詠ちゃん』って呼ばれてるよね?」
「女の子はそうではないですか? 気軽に名前で呼んで凄いですよね」
「あーでも分かるかもっ、日高さんとか仁のことすぐに名前で呼んでたし」
まあ幼馴染だから当たり前と言えば当たり前と言えるが。
でも、仁はそれをしない。
彼が今、名前で呼んでいるのは目の前の子と僕くらいだけだ。
つまり相当彼女は仁にとって大切な人ではあるみたいだが、彼女は断ってしまった。
ま、それを責めるつもりはないし、権利もない。
また、付き合う気がないのに受け入れない性格で良かったと思う。
「内山さん、日高さんになにかしたのですか?」
「付き合いはそれなりに長いけど、そんなことないよ。昔からずっとこうなんだ」
日高ではなく彼女が昔からいてくれれば大変落ち着ける毎日だったのに。
ま、「仁の方がいい!」と言いたくなる気持ちはわかる。
あれだろう、僕とも幼馴染なことがたまらなく嫌なだけなんだ多分。
小学生の頃はそれでも優しくしてくれてたんだけどなぁ……。
「ま、別にいいけどね、あの子は仁のことが好きなんだし」
「でも、川上さんは私に告白してきてしまいました。それが、不満だった……ということでしょうか?」
「いや、僕に当たってくる理由は仁と比べてしっかりしてないからだよ。中原さんが悪いわけじゃないし、日高さんも……わ、悪い……わけじゃないから、大丈夫大丈夫」
「そうですか……」
「うん……」
あ、こうして話をしている間にもどんどん外は暗くなっていってしまう。
「危ないからそろそろ帰ろうか、送ってくよ」
「ありがとうございます」
下駄箱で靴に履き替え外に出る。
11月というのはどうしてこうも早く暗くなるんだろうか。
色々な意味で寒いし、どうしようもない。
「あっ……っと、ありがとうございます」
「いや、手に触れてごめん」
転びそうになったところを支えてすぐに離した。
学校を出て僕らは無言で歩いていく。
途中であのコンビニを見つけて「おでんでも食べない?」と聞いてみたら、
「あ、そろそろ夜ご飯ですので」
と、断られてしまった。
僕はそれに「そっか」とだけ答えて歩いていく。
基本的にそう、僕と彼女の間には1枚のガラスがあるみたいだ。
来てくれるけどこちらから近づくことはできない、そんな鉄壁なガード。
「内山さん、ありがとうございました」
「あ……もう着いたのか……じゃあね、こっちこそありがとう」
おでんを食べないかと誘ったのはお礼がしたかったからだった。
別に気にかけているからとかではなく、純粋に申し訳なかっからだったというのに。
……格好いい幼馴染が玉砕した瞬間に手を出す悪い奴みたいじゃないか。
僕はそんなもやもやと戦いながら家に帰ってリビングのソファに寝転ぶ――――ことはせず、ご飯を作ることにした。
調理をしていれば嫌な気持ちなんて吹き飛んでくれる。味見をすれば複雑な気持ちを『美味しい』で上書きしてくれる。
キャベツ、人参、ピーマンを切ってお肉と炒めれば野菜炒めの完成だ。
ご飯も炊けたタイミングでお母さんが帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま! いつもありがと!」
「ううん、こちらこそ。食べよっ?」
「うん! いただきます!」
「いただきます」
それで作ったご飯を食べ終えてお風呂へ直行。
「あぁ……」
湯船に浸かると息が零れた。
日高の方が余程対応がしやすい。
あの子はなにを考えて動いているのだろうか。
「健!」
「あ、どうしたの仁」
彼が訪れても驚きはしない。
……お風呂の時に来られるのは少し困るが。
「お前また詠と一緒に帰ってきたろ!」
「そりゃ暗いのにひとりで帰らせるのは不安だしね」
「お前さ、本当は詠のこと好きなんじゃないのか?」
「僕が? ないよそんなの、仮にあっても仁と同じ結果になるだけだよ。そんなに気になるなら一緒にいればいいでしょ、仁が日高さんにばかり構ってるから中原さんも行きにくいだけだよ」
日高は牽制してくるし中原さんも理解できないんだろう。
理解できないからこそ距離を置こうとする。……ま、それは僕に当てはまることだけれども。
「神に誓ってないんだな?」
「ふぅ、なにが終わっただよ、全然諦められてないんじゃん」
「当たり前だろ! 俺は詠のことが好きなんだよっ、だからお前にだって取られたくないんだよ」
「分かった、もう帰ってよ。僕は男の子に息子を見せるような趣味はないよ」
「俺だって見る趣味ねえよ! しっかり守れよっ、破ったら……お前でも許さないからな」
仁は扉を閉じて帰っていった。
「はぁ……そもそも微塵の可能性すらないってのに」
だって仁が誘えば彼女だって受け入れていたんだ。
その点、僕ではお礼すらもできない。
そりゃ口で言うくらいならできるが、口での謝罪なんてどれくらい誠意が込められているのかすら分からなくて伝わらないだろう。
「許さないからなって、中原さんは仁のじゃないのに」
ま、頑張ってほしい。
僕は出しゃばれないのだから、牽制なんて必要ないんだよ、本当に。
「内山、これも頼むぞー」
「え……ど、どうして僕なんですか!? それにもう1回した――――」
「だって内山は暇そうだからなー頼んだぞー。あ、教壇に置いておいてくれればいいからな」
翌日の放課後、僕は教壇横に崩れ落ちた。
教室には既に誰もいない。そして1回もう頼まれたことを終えた後だったというのに……。
「追加の仕事……」
もう18時になりかけているというのに、外は暗いのにぃ!
それでも僕は仕事をこなしていった。ま、単純にプリントを分けていくだけだが。
「終わったぁ……」
空腹具合も終わっていた。
僕はしっかりプリントを目的の場所に置いて下駄箱へ行く。
「寒い……」
暗い、地味に怖い、省エネが心がけられているのか校舎内は真っ暗だ。
下駄箱に着いて靴に履き替え外に出る。
「うぅ……」
「うん? あ、ひ、日高……さん?」
壁に背を預け彼女がうずくまっていた。
「なによ!」
「いや、君こそなにしているの? もう19時になりそうだけど」
「丁度良かった! 私を送ってよ!」
「別にいいけど……君は……いいの?」
「は? 声小さい!」
「だからさ、君はいいのっ?」
「私が言ってるんだからいいの! 早くして!」
彼女が歩いていったのを追いながら思う。
夜が苦手なのは高校生になってからも変わっていないようだな、と。
それにしても仁はどうしたんだろうか。
もしかして中原さんと帰るために「お前は邪魔!」とかって――――いや、そんなことが言うわけない。
で、ずっと寒い中外にいたせいなのか、彼女の耳は赤くなってしまっていた。
「耳、大丈夫?」
「はっ?」
「いや、冷えすぎてないかなって、ほら、赤いから」
「問題ないよ別に」
「そっか、なら良かった」
彼女とこうして一緒に帰るのは凄い久しぶりだ。
それこそ小学6年生の時が最後ではないだろうか。
面白いのが身長も髪の長さも髪型も大して変わっていないことだろう。
身長は155センチくらい。髪の長さは恐らく下ろしたら肩より少し下くらいある。髪型は両サイドで結んでいるため、一応『ツインテール』というやつ……かなぁ。
兎にも角にも、全体的に柔らかめの見た目はしている。目は丸っこく大きいし、出るところもしっかり出ているという、結構ハイスペックな女の子だ。
「ねえ」
「あ、どうしたの?」
「仁が告白したって……本当?」
「そうだね、中原さんに昨日したよ。振られたけど、本人はまだ諦められないみたい」
それにしても仁はなんで彼女のことを名字呼びに戻したんだろうか。
僕が全然一緒にいられてなかった時になにかがあったのかもしれないと、勝手に予想した。
「残念だね」
「は?」
「だって日高さんは仁のことが好きなんでしょ? だから残――――」
「そういうのうざいんだけど! だから嫌いなんだよ君は! もういい、じゃあね!」
「あ……行っちゃった」
間違ったこと言ったのかな。
本人としてはそれで諦めてほしかったんじゃないのかな。
でも実際は違ってて、仁は諦めきれずまだ中原さんに向き合おうとしている。
自分が好きな子が別の子を好きだった苦しいだろう。
だから「残念だね」って言ったんだけど……。
これはあれか、僕に言われるのが気にならないということだろうか。
それなら余計なことを言うのはもうやめよう。
元々自分に関係ないことでどうでもいいことだ。
「でもね、素直にならないと取られちゃうよ、文ちゃん」
中原さんは告白されて嫌ではなかったと言っていた。
どうすれば人を好きになれるのか、その疑問を抱えている今だからこそ文ちゃんは動くべきなんだ。
なのに余計なプライドを優先して他のことにかまけていたら負ける、負けてしまう。
けれど、もう昔と一緒の関係じゃない。
「仁くんと仲良くしたいの、どうしたらいいかな?」
と、彼女がよく聞いてきてくれていた頃とはもう違うんだ。
黙って見ているのが僕の仕事だった。
翌日の放課後もまた残ることになった。
「はぁ、なんでこんなプリントばかりあるのかなー……」
それでも今日は18時前に仕事を終えて学校を後にする。
ひとりで下校は僕にとっては当たり前のことで、なにもおかしなことではない。
ただ、冬ということもあって暗く寒い夜道は結構精神に攻撃を仕掛けてくるわけだ。
「こんばんわ」
物理攻撃は正直ビビる。
「え……危ないよひとりで出てたら」
「実は内山さんが来るのを待っていたのです」
「だ、だったら連絡してくれれば早く帰ったけど……」
彼女は公園のベンチを指差して「少しお話しませんか?」と誘ってきた。
断る理由はないので大人しく座ると、彼女も横に腰掛ける。
「寒いですね」
「そうだね、冬だからね」
夜空には沢山の星が瞬いていて「綺麗だな」と内心で呟く。
「今日、川上さんに『もう1度チャンスを来れないか』と言われました」
「あ……そうなんだ」
「はい、それでどうしたらいいのでしょうか」
「ふぅ、中原さんが嫌なら断って、嫌じゃないなら『分かりました』と答えておけばいいんじゃない?」
どうしていちいち僕に言ってくるのかは分からないが。
だってそうだ、こんなの結局、僕がなにかを言ったところで決めるのは彼女だ。
彼女次第で文ちゃんの結果も変わるということ、果たしてどうなんるんだろうね。
「私は正直、今のままでも十分だと思うのです。挨拶をして、会話をして、ご飯を食べて、下校をして、それだけで満足できると思いませんか?」
「いや、だから僕に言われても……」
「内山さんはそう思わないということですか?」
「僕はだって関係ないでしょ? 君が仁のことを受け入れるかどうかという話なんだからさ」
それで満足しているということなら、しっかり仁に言ってあげればいい。
そう思っている自分もいるけれど、もやもやしている自分もいるということなら、それも言えばいい。
好きな子のために時間を割きたいと思うのは当たり前の思考だ。仁なら必ず応えてくれる。
「でも、日高さんが川上さんのことを好きなのですよね? それならやめるべきではないですか?」
「あのさ、他人が好きだからって理由で考えを放棄するのは失礼だよ。あ……ごめん、言い方が厳しくなっちゃって……。でもさ、仁はそうやって諦めず頑張ろうとしているんだから、向き合ってあげてほしい。その気がないならきっぱりと言ってあげて? じゃあね」
「待ってください、どうしてそんな逃げるように帰ろうとするのですか?」
「お、お腹へっちゃってさ……お母さんも心配するし、それに君だって外にいたら風邪引いちゃからさ」
一緒に帰るだけで疑ってくるくらいだ。
こんな現場を見られたら“許さない”ってやつが発動してしまう。
「と、とにかく、気をつけてね、じゃあね!」
彼女も分からない。
だったらそのまま仁にぶつけてあげれば良かったというのに。
……どうなるのかねえ、案外、仁と上手くいきそうだけどなぁ。
メインヒロインどうしよっかねえ。




