19.『満足』
読む自己で。
朝――体を起こして目を擦る。
洗面所で顔を洗い、歯を磨いてリビングに戻って。
ソファに座ってどうするべきかと頭を悩ませた。
無理やり行くのは簡単だ。
何食わぬ顔をして彼の家を訪れればいい。
暇だった、寂しかった、側にいたかったと言っておけばきっと問題はない。
でも、がっついている人間だと思われたくなくて、動けずただ時間だけが経過していく。
そんな時だった、インターホンが鳴ったのは。
あまり期待はせずに扉を開けると、
「おはよ!」
元気いっぱいの文さんがそこに立っていた。
挨拶を返してリビングに来てもらう。
一昨日のことがあって私は少し緊張していたものの、文さんのテンションは高いままだ。
「詠ちゃん! 告白したよねっ!?」
「はい……それで昨日、正式に受け入れてもらえました」
「きゃー!! いいねいいねっ!」
「あの、高橋さんのお話ってなんだったのですか?」
ここに食いつかれると恥ずかしかったので話を逸らしてみる。
「あぁ……付き合ってくれって言われたんだけどさ~断っちゃった」
「それは……」
「あはは……やっぱりさ、私は……健くんが好きだったの」
「あの――」
「謝ってほしくて言ったわけじゃないの、あなただけしかいないから言わせてもらったんだよ?」
……驚きはしなかったけど、それを聞かされてもどう反応すればいいのか分からない。
謝罪なんて自己満足だ、言い方を悪くすれば無駄な行為で。
先程と違い真面目な雰囲気になった文さんを見るのが少し怖い。
「詠ちゃん、健くんのどこが好き?」
「えと……優しいところでしょうか」
在り来たりだと捉えられても構わなかった。
それが私にとって重要で、それ以外が誰かに負けていたのだとしても構わなかった。
だって人に偉そうに言えるほど自分が素晴らしい人間だとは思ってなかったから。
ひとりじゃどうすれば友達を作れるかどうかすら分からなかった人間。
健さんと話せたのだって川上さんが来てくれなければ恐らく無理だった。
そうしたらあの人の優しさにも気づけず、この無駄に冷え込む空間でひとりだったことだろう。
目の前にいる優しい文さんにも知り合えず、普通なまま終わってしまっていた。
「健くん優しいよね~私のことそう言ってくれたけどさ、健くんの方がよっぽど優しかったんだよ。支えていたようで支えられてた、仁はあんまりだったけど健くんはね」
「文さん、こんなことは言いたくないですけど、あなたにだって取られたくないです」
「あはは、取らないというか取れないよ。だってそんな子にほぼ5年も冷たくしてたんだから」
強気で来てくれないのが不満だったと文さんは言っていた。
確かに私が高校1年生の始まりから見ていた限りでも、嫌なことを言われても彼は怒るどころか否定すらせず「そうだね」と認める人で、側に川上さんがいたからこそより目立ったのだろう。
でも、それが文さんにとっては満足できなかったということ。
「健君もさ、仁くらい自信満々でいてほしかったの。でも、健くんにも言われたけど逆効果だった、逆に彼を自信喪失させるだけだったんだよ。ねえ、仁の告白を断った時、どうして詠ちゃんはそうしたの? もしかしてその時から彼のこと気になっていたとか?」
「いえ、その頃はただのお友達でした。でも、健さんはあなたに怒られていましたから、少しでも安心してもらえるように私と川上さんで支えていこうと決めていたのです。ただ、川上さんの近くにはあなたがいつもいたので偏る形になっただけですね」
「少し良く感じたのは海に行った後ってこと?」
「私は彼に酷いことを言ったのに、怒るどころか心配してくれたからです」
人に「一緒にいるの好きだよ」なんて言われたのが初めてだったから。
どこかふわふわしていて落ち着かなかった。
あの後は夜にわざわざ来てくれて、でも初めて怒られて少しだけ惹かれたのは確かだと言える。
優しさや気を使うだけではなく、駄目なことは駄目だと怒ってくれた彼に。
「あの夜に文さんと電話した後、わざわざ家に来てくれたのです。どうしてここまでしてくれるのですかと私は聞きました。そうしたら『一緒にいたいと思うような子が危ない目に遭ったら嫌でしょ』と言ってくれたのです。でも、私にはその時そういう人がいなかったので……冷たい反応になってしまって」
「でも、逆に考えたら詠ちゃんみたいな子だったからこそ健くんも惹かれたんじゃない?」
「……何回も距離を作ろうとしてきましたけど」
「それはしょうがないよ、だって仁の気持ちを聞いちゃってるんだもん。仮に私が『健くんのこと好きなの』って詠ちゃんに説明してたらどう?」
「……動き辛いですね……本当に私はずっと自分勝手でした」
文さんとの関係が直って焦っていたのかもしれない。
どうにかして切られないようにって動いていた。
近くにいる=優しさだと捉えてしまっていた。
とんだ自惚れ人間だった、近づく度に彼に負担をかけた。
距離を作られて、私も作って、でもそうしたら分かった。
彼といたのは楽しくて心地良かったのだということに気づいたのだ。
「だよね、でもそのおかげで気づけた、そうでしょ?」
「はい、そうです」
「良かったね」
「文さん、ありがとうございます」
「え~なんか複雑~」
彼女が相談に乗ってくれたのも大きかった。
自分ひとりだけじゃ結局、己の限界にすぐ到達して頑なになっていたことだろう。
「こっちこそありがとね! たけくんが嬉しそうにしているの見ると嬉しいからさ!」
「むぅ、ずるいです、分かり合っているみたいで」
「そっこそずるいよ! どうせ抱きしめられたりキスだってされたんでしょ?」
「あっ……」
「ほーらー! ま、いいけどさっ。たけくん呼んであるからもう帰るね!」
「えっ……あ、文さん!?」
彼女は舌を出してくすりと笑った。
嘘かどうかを聞く前に彼女が出ていきそして――インターホンが鳴る。
「ど、どうもー」
出てみたら少し気まず気な健さんの姿が。
「健さんのばか……」
「えぇ……は、入ってもいい?」
「どうぞ……」
リビングのソファに座ってもらい、私は飲み物の準備。
準備してきたのを彼に渡して横に腰を下ろした。
「文さんに頼まれた来るのですね」
「い、いやぁ……最初から来ようとは思っていたんだよ?」
「本当でしょうか……」
「うん、本当だよ」
うざ絡みしている場合じゃない。
自分が悪いのにこんなことを続けていたら愛想尽かされてしまう。
自分の側から人が、彼が離れてしまうことだけは避けたいのだ。
「不安なのです……どうしてくれるのですか」
「大丈夫、僕はいつでも来るから。昨日、今日会わないみたいな言い方したのも、単純に1日空いた方が新鮮だと思ったからだよ」
「もぅ……なら私が自分勝手ということですよね?」
「いや、嬉しいよ? ずっといたいと思ってくれるのはね。だって僕だって会いたいと思っちゃったしね朝」
彼は「掃除も捗らなかったよ」と言って照れくさそうに笑った。
「すみませんでした……どこかに行かないでください。自分勝手な人間でも許してください」
「大丈夫だって、僕の方が約束破りそうになってたんだからさ」
「あの……抱きしめてくれませんか?」
「好きだね、寂しいの?」
「はい……多分そうだと思います」
抱きしめてと言った割には自分から抱きついて勝手に安心感を抱いていた。
この人なら側にいてくれるって心から想える人に出会えて嬉しかった。
「ははは……僕はやっぱりまだ照れるなあ……」
……私だって恥ずかしくて仕方ない。
でも、それを超える良さがあるから、それもまた仕方ないのだ。
文字数稼ぎしてでも10万いきたい。