17.『迷惑』
読む自己で。
僕は壁にかけられたカレンダーとスマホを見て疑問を抱く。
あれ、今日は7日だけど? と。
結局家でだらだらしたり会話しているだけで時間が経ってしまった。
……仕方ないので制服に着替えて1階に下りる。
「おはよ~」
「おはよお母さん」
「今日ちょっと遅くなるかもしれないから、ご飯は作ってなくていいからね」
「あ、そうなの? 分かった」
朝の日課を済まして家をあとにする。
僕は彼女の家に寄って学校へ向かうことに。
「あ、おはようございます」
「おはよ、もう学校になっちゃったね」
「特別なことがなくてもいいと思います、行きましょうか」
「あ、うん、そうかもね。行こうか」
で、僕らが歩いていると前方に高橋君は発見した。
眠そうにフラフラ歩いており少しだけ心配になる。
……危ないし並んでおこう。
「高橋君、危ないよー!」
「あ……内山……なんで学校に行かなきゃいけないんだろなぁ……」
「学校、嫌いなの?」
「いや、そうじゃないけどさ……長い休みの後の登校がしんどいんだ、って……」
詠を見てから彼は僕に厳しい表情を向け「朝からいちゃつくんじゃねえ」と鋭く言った。
「いちゃついてはないでしょ」
「ま、分かってるけどな。行こうぜ」
一応詠に確認してから一緒に行くことにした。
彼は相変わらずだが、相変わらずさに関しては詠の方が上だ。
学校が離れているわけではないので一切問題なく着くことはできたのだが。
「あ、そうだ。内山さ、日高の好きな奴知らないか?」
「えー……仲良くても聞かないなあ」
「そうか、残念だな」
唐突な質問に濁すことしかできなかった。
残念ってそのまま捉えてもいいのだろうか。
単純に聞きたかったとか、他の人から相談を受けているとかだろうか。
とりあえず彼の話はそこで終わり別れることとなった。
「健さん、今日の放課後に喫茶店に行きませんか?」
「あ、そうだね、行こうか」
「その時は……手を……」
「あぁ……うん」
で、頭を優しく叩かれて確認してみれば文ちゃんが立っていて、
「朝からいちゃいちゃしてんじゃないよ!」
そんな感じでご立腹のようだった。
「おはよ」
「えへへっ、おはよ! 今日の放課後に行くんだね?」
「うん、結局冬休みにどこにも行けなかったみたいなものだからね」
別にデートじゃなくていいけど、ふたりきりで出かけるというのをしたいのだ。
「んー今日はお昼前で終わるし……私も誰かと行こうかな~」
「あ、高橋君とかどう?」
「高橋君? うーん、まあ別に友達だし行けるけどさ! ちょっと話をしてくるね!」
これで少しは役立てただろうか。
決してふたりだけが良かったから、とかではないから誤解はしてほしくない。
高橋君と関わったことで紗耶香と知り合い、紗耶香が支えてくれたからこそ詠と今こうしていられるのだから、なにかしたいと思うのは当然のことだろう。
「はよ……」
「おはようございます」
「仁、おはよ! あ、そうそう、美幸となにかあった?」
「は? なんでそんなこと気にするんだ?」
「え、い、いや~? 美幸が君の家に泊まってたからさ~?」
仁には悪いが彼女の本音を聞いたんだ。
少しでもいい結果になっていれば満足できるが。
「あ、そうだった……実はさ、美幸から告白されたんだよ」
「うぇ!?」
行動力の化身。
そこまで動けるのならばどうして消極的に行動していたのだろうか。
彼はなんとも言えない表情を浮かべていて、詠を見てから「どうすればいいんだ?」と聞いてきた。
「それは川上さん次第ではないでしょうか」
「と言われてもなあ、確かに美幸はいい奴だし嫌いじゃない。ゲスな話だが見た目もいいしな。でも、あれだけ真っ直ぐに詠が好きとか言っておきながらあっという間に変えるって、いいんだろうかってな」
「すみません、そこはなんとも言えなくて」
「いや、詠を困らせたいわけじゃなかったんだ、悪かった。健もそう思うか?」
「それってちょっと前までの僕なんだよ、困るよねその立場になると。でもさ、仁が言ってくれたように、結局自分がしたいように動くしかないと思う。仁が受け入れたいなら受け入れればいい、まだもうちょっと時間がほしいならもらえばいいし、可能性がないと思うならきっぱり言ってあげるべきだね」
僕と違って楽な点は、彼女を好きな人の想いを知らないということ。
あくまで自分がそうしたいか否かで考えればいいのだから、比較的やりやすいはずだ。
勿論、こと恋愛においては楽とかやりやすいとかがないから、大変ではあるのだが。
「そうか、ブーメランというやつか」
「言い方は悪くなっちゃうけどね」
「うん、でも健の言うとおりだ、向き合ってみるよ。それと詠、詠を好きだった気持ちは本当にあったからそこだけは誤解しないでくれ」
「はい、ありがとうございます」
彼は席に戻っていった。
ところで、美幸はどうして市外に言ってしまったのだろうか。
本人も後悔しているようだったし、本当は行きたいわけじゃなかったとか?
「凄いですね、告白するなんて」
「うん、そう思うよ」
要所での強さは見習いたい。
「健さん、もし特別な意味で好きになってくれたとしても、私から言うまで待っていてくださいね」
「え、じゃあ好きになってくれるってこと?」
「少なくともそうであれるようにと生活していますよ」
この子の真っ直ぐさも素晴らしいものだ。
無表情だからって無感情というわけじゃない。
恐らく今だって自分が大胆なことを言っていると気づいてその内側を多分……。
「ふふ、席に戻りますね、また放課後によろしくお願いします」
「うん、また後で」
彼女の後ろをなんとなく眺めていたら、戻ってきた文ちゃんに頭を叩かれてしまった。
「ガン見しすぎっ」
「ははっ、ごめん」
少し自重しよう。
店内の椅子に座ってゆったりとしていると彼女が不意に笑って「久しぶりですね」と言う。
確かに久しぶりなので「そうだね」と答えておいたが、文ちゃんと行ったことは言う必要はないだろう。
今日は大人しくホットコーヒーだけにしておいた。
理由は、簡単に言えば金欠だったから。
「それより同じので良かったの?」
「はい、家では飲まないですからね」
僕らの家では夜ご飯を食べた後に飲むことがある。
お母さんはブラックでも激甘でも問題ない人なので、その中間を狙って自分も作っていた。
「健さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「うん、どうぞ」
「……川上さんにもっと向き合うべきだったのでしょうか?」
難しい質問だ。
これをもっと早くに聞かれていたら「そうしてあげるべきだよ」と答えられたのだが、今の僕は振り向かせたい、振り向いてほしいという状況なので、即答することができなかった。
「詠は再度チャンスをくれないかと言われた時に仁がいいならって答えたんだよね? そうやって言ったってことは向き合っていたということなんじゃないかな? あ、いや……ごめん、正直なところを言っておくと、君がそうしてくれなくて良かったって思ってるんだ」
自分勝手な人間なのは分かってる。
ただ、今更白紙に戻されて仁と向き合われるのは嫌だった。
それに今から戻っても仁は美幸に告白されているという状況で、彼をより困らせるだけだと思うのだ。
「そう……ですかね」
「うん……」
コーヒーをちょびっと飲んだら苦かった。
……待て、これだけでは自分勝手な糞野郎だ。
「……君がそうしたいと言うなら僕は協力するよ」
これが本来の形、自分が当初理想としたもの。
自分が傍観者でいられればいいと考えたのは嘘ではない。
なにより大切なのは詠の気持ちであり、こちらの気持ちなんか考慮されなくてもいいのだ。
彼女はこちらを真っ直ぐに見つめて口を結んでいた。
が、やがて開いて、
「聞きたかっただけですから」
そう答えてくれた。
おまけに「もう邪魔をしたくないですからね」言って笑う。
「そっか、少し安心したよ」
「横に座ってもいいですか?」
「あ、うん、どうぞ」
女の子はこういう時に真横を好むみたい。
僕は正面から相手の顔が見られる方が落ち着くが、なにを考えて横に座るんだろう。
そうして座ってきた彼女だったが、いきなりこちらに体重を預けてきた。
「ちょっ、ど、どうしたの?」
「えと……カップルはこうするのですよね?」
「あーまあしないとは言えないね」
よく分からないけど、昔見たカップルはこんなことをしていた気がする。
……にしても、体重を預けてきたはずなのにまるで重みを感じないのは正直微妙だ。
「あと、手、いいですか?」
「うん……」
もう冷たいということもなく普通に温かい手。
今でも思うのは、小さすぎてどれくらい力を込めていいのかが分からないこと。
「私、健さんと手を繋いでいるの好きです」
「っ……うん……僕も君と繋いでいるのそうかも」
すっかりと優しげな笑みを浮かべるのがスタンダートになってしまった。
好きとか言われながらそんなこと言われたら、意識してしまうのは男として当たり前だろう。
「ただ、どうすればいいのか分からなくなりますね、ここから」
「あ、確かにそうかも……」
この絶妙に近くなった距離感で、普通の会話を心がけるというのはなんとも味気ない。
暖かいので喫茶店を出る気にもなれないし、とにかくお店の中で手を繋ぐ必要はないように思えた。
「あ、健さん」
「うん?」
「私のことを好きになってください」
「えっ……」
「ふふ、こうやってアピールしておけば本当にそうなるのではないかと思いまして」
いいのかこれ、やられっぱなしでいいのか僕は。
かといって彼女みたいに大胆なことを言えるメンタルはしていない。
だから恥ずかしさを誤魔化すようにして手を少し強く握っておいた。
「痛いですよ」
「ちょっと緊張しちゃってね……」
情けない……ここは「僕を好きになってくれ!」と返すべきだろうに。
「少し緊張しますが言いたいことを言っておきます。私も、あなたのことを好きになりた――」
「も、もう、いいから! 駄目だからこれ以上言われたら……」
いきなりがすぎるし、別人なのではないかと疑いたくなるレベルだ。
や、彼女は元々自分のしたいことを貫くタイプなのは知っている。
普段があんなんだから一生懸命になるとこうなるのも分かっているが、何度も言われたら緊張するし自分のヘタレさに嫌になってしまうのだ。
「好きになりたいと思っていますよ?」
「もう……」
「というか……」
「え?」
意味深に呟き俯く彼女。
僕の予想が間違っていなければ「もう」と言うつもりだったのではないだろうか。
「少し暑くないですかこのお店」
「あ、そうかな? って、手が熱いけど大丈夫?」
「ちょ……っと、離してもいいですか? ついでに言えば戻ってもいいですか?」
「ど、どうぞ」
彼女らしからぬ早さで対面に戻る。
そこからはこちらを真っ直ぐ見ることなく俯いてしまい……。
「私、大胆なことを言いましたよね」
「うん、そうだね。僕にはできないことを君はしたよ」
「……恥ずかしいですね……」
照れ笑いをしている彼女を見て僕は頰が熱くなるのを感じた。
可愛いとか言ったらもっと見られるかもしれない。
そういう欲と僕は今、戦っているわけだ。
「あーもう甘いなー甘すぎて困っちゃうなーお客さん!」
「うぇっ……ま、まさか……」
ギギギと横を見てみれば深い藍色の髪、ツインテール――日高文さんがそこに立っていた。
「よ、内山!」
「ど、どうも……あの何故ここに?」
「日高からふたりが放課後行くって聞いてな、リア充爆発させたい隊だ。それとな、中原にばかり言わせてなんで内山は黙ってるんだよ! そこはガツンと『俺はもう好きだ!』くらい言うところなんだよ。草食系ってやつなのか内山は」
正直、言いたくなったくらいだし抱きしめたくなったくらいだが、勢いだけでは駄目なんだ。
それに彼女から止められている。
彼女がしてこないということはまだ不可能というわけだった。
「そうそう、たけくんっていつもこうなんだよね~だから私の気持ちにも気づかなかったままでさ~」
「文さん、私の気持ちにも気づかないままでとは、どういう意味ですか?」
「ひぇ!? か、過去のことだからねっ? わ、私がたけくんを好きだったのは」
「へぇ、どもるということは本当は今も好きなのですよね?」
「ちがっ!?」
というかこれ以上は喫茶店の人に迷惑だ。
だから彼女の分もお会計を済まして、僕らは4人で外に出た。
本来ならこれをするのは仁と美幸との4人であってほしかったものだが。
「日高、あの話、真面目に考えてくれよな、じゃあな!」
「うん……じゃあね」
どの話と聞くよりも先に彼女の相手をしなければ。
「まあまあ詠、落ち着いて」
「健さん、あなた本当は文さんが好きなのではないですか?」
「詠ちゃん、それはないよ」
僕がなにかを言うよりも早く文ちゃんが答えた。
「……本当は昔、僕も文ちゃんが好きだったんだ」
これを抱えたまま彼女に一生懸命になることはできない。
迷惑をかけるとは分かっていても、言わなければならないことだった。
今更好きとか言われてもあれだ。
でも、健はこうしないと生きていけないということで。
……隠したのもあるけど。