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16.『複雑』

読む自己で。

 僕は「ごめん」とすぐに謝った。

 抱きしめるのなんてできるわけがない。

 自分からしたことなんてないし、ホイホイすることではないと分かっているから。

 彼女は俯いて「そうですか……」と残念そうに小さく呟く。

 なんかそれが逆に申し訳ないことをしている気分になって、でもなにもできなかった。


「どうして急にそんなことを?」

「美幸さんにはされたと聞きましたから。文さんとは手を繋いで頭を撫でて、涼さんも同じだと全て……」

「……君が僕のことを好きならともかくとして、そうでないならできないよ」

「好き……でも最近少し分かってきた気がするのです。常に一緒にいたいと思うのはそれに該当するのではないでしょうか」

「うーん、詠は僕を友達として好きになってくれてるだけじゃない? 僕だって君や仁、文ちゃん、涼姉とかといたいと思うしさ」


 あと必要とされていたいと思う。

 一方的な関係では満足できないのだ。

 特に相手が優しいから続けられている関係は嫌だった。


「先程手を繋いでもらった時も恥ずかしかったですよ?」

「えぇ? 全然伝わってこなかったけどなぁ……僕ばかりがドキドキしているだけだったでしょ」

「そんなことはありませんよ、部屋に逃げたいくらいでした」


 そう言った彼女は確かに複雑そうな笑みを浮かべていた。

 どんな種類のものであれ、彼女の笑顔は魅力的だと心底そう思える。

 ……抱きしめたら違う、更にレアな笑みを見せてくれるのだろうか?

 彼女が求めているなら応えるのも……。


「詠、君が後悔しないって言うならまあ……」

「一応言っておきますと、こんなことを他の人に言うのは初めてですからね?」


 何故に安堵したのか僕も。

 いちいち仁の名前を出して遠ざけようとしてきたのは、実は惹かれていたからなのだろうか。

 小さいけど優しくて、冷たいようで暖かくて。

 そういうギャップにやられてしまっていたのかもしれない。

 彼女が頻繁に僕のところに来てくれる、というのも大きかった。

 ……恐らく、これをしたらどちらにしても多少の変化を見せることだろう。

 僕か彼女か――間違いなく僕の方が。

 手を繋げた、頭を撫でられた、抱きしめられた。

 そうなった瞬間に気持ちが変わるなんて、本当に浅ましい人間だなと言いたくなるが。


「……嫌だったのです、わざわざ川上さんの名前を出して離れようとするあなたのことが。関係ないじゃないですか、あなたが私と……い、たいなら、それでいいではですか。私はあなたといたいです、離れたくないのです。あなたは私といるのが好きだと言ってくれたではないですか、それは嘘だったのですか?」

「はははっ、告白みたいだね」

「これもある意味、私にとって告白みたいなものですよ」


 あの海の時はきっぱりと「楽しくない」と言ってくれた。

 それがどうしてこう変化を見せたのかは分からない。

 それでも無理やり挙げるとすれば、離れようとしたのがいい方向へ繋がったのかもしれない。

 ずっと一緒にいることよりも、距離が離れてやっと気付ける大切さというか。

 いや、自惚れなのは分かっている。

 けれど彼女は確かにこう言ってくれているというのが現状で。

 彼女がはっきりと言ってくれたことを、僕の心もはっきりと喜んでくれていた。


「もう1度聞くよ? 君がいいならする」

「はい、大丈夫です」


 僕らはわざわざソファの前まで移動して向き合った。

 それで小さく柔らかい彼女を抱きしめて「言ってくれてありがとう」と本音をぶつける。


「なるほど、こういう感じなのですね」

「うん、君は少し抱きしめにくいかな」

「これ以上、背は伸びないと思います」

「牛乳飲んだ方がいいよ」

「それは眉唾ものの情報ですよ」


 まあそれでとたとた来てくれるのが愛らしいとも言えるけれど。

 僕は彼女を離して勝手にソファへと腰を下ろした。

 ただ……僕も彼女も、どうすれば特別な意味で好きになれるのだろうか。


「詠、どうすれば特別な意味で好きになれるかな?」

「触れ合っていくしかないのではないでしょうか」

「うん、そうだね」


 彼女の暖かさに触れていけば変わるのかも。

 仁も言っていた、真剣に向き合ってみろって。

 少し踏ん切りがついた今の僕ならそれができる。

 というかもう、しっかりと向き合いたいと真面目に思っていた。


「さて、そろそろ帰ろうかな」

「待ってください、私も行きます」

「あ、今日はってやつ?」

「はい、偽りでもなく本心から思ったことですから」


 僕は「そっか」と口にして、彼女と一緒に中原家をあとにする。

 で、家に着いたらお母さんに挨拶を――


「新年早々イチャイチャを見せてくれるわね」

「美幸……お母さんは?」


 相変わらず彼女は神出鬼没だ。

 お母さんはどうやら近所の人とお出かけをしているらしい。

 僕はソファから彼女をどかして、詠に座ってもらった。


「分かるわよ? 元カノより今カノの方がいいことは」

「そうだったのですか? 付き合っていたのですね……」

「嘘だよ嘘、美幸は昔からずっと仁のことが好きだったからね。言い方はあれだけど、君が僕の方へ向いてくれてありがたいと思っているんじゃないかな」

「それこそ嘘よ、だって私が好きなのはあなただもの」

「平気でペラペラ嘘つかないでよ……」

「嘘じゃないわよ、あなただからこういうことしたいの」


 よりにもよって詠の前でこちらを抱きしめるなんてどうかしてる。

 あ、こういうことを考えるということは彼女に気に入ってもらいたい、不機嫌になってほしくない、からだろうか。

 

「たけー! あけおめー!」

「たくくん! あけおめー!」


 ……鍵を閉めたはずなのにどうして入ってこれたんだろう。


「「最低だね!」」

「あ、これは違うよ……それに僕がするなら詠にしてるし……」

「「ふぅん」」


 姉妹って凄い。

 表情も雰囲気も動作も、全てがそっくりで本物だ。

 美幸は依然として離さない。

 詠は僕の袖を握ったまま離さない。

 ふたりは僕を冷たい視線で貫き続けているまま。

 やっぱり僕には仁に備わったスキルがない。

 平等に扱える自信はなかった。


「ねえたけくん、私が気になってる人のこと教えてあげるね」


 ――彼女に外に連れて行かれて急に言われたのがそれだった。


「私ね、昔は健くんのことが好きだったんだよ?」


 どうして今更それを言うのって口を挟みたくなるのをぐっと抑えて。

 というのも、ずっと優しくしてくれていた彼女のことを()()だと考えていた自分もいたような気がするからだ。

 でも、ないと決めつけていた。

 だって彼女は本当に仁と仲良くしていたから。

 支えて、支え合えられる関係であったから。

 僕は頼るしかできなかった、支えてもらうしかできなかったから。


「過去形、だよね?」

「……たけくんは詠ちゃんのことが好きになったんだよね?」

「向き合いたいとは思ってるけど」

「だから言わない! だって邪魔になっちゃうもん!」


 それは答えのようなものではないだろうか。

 言葉を発した時の顔は笑顔だったが、泣きそうな感じなのを僕は見てしまったから。

 ……最初から優しくしてくれていれば……いや、こんなの意味はないし失礼な話だろう。


「ありがとう、気持ちは嬉しいよ」

「だからなにも言ってないってばぁ! それにさ、私は当たり散らしちゃったし有りえないことだったよ。とにかくさ! 真剣に向き合えよっ!」

「うん、ありがとう」

「えへへっ、じゃねー!」


 彼女は走っていったので僕は振り返る。


「たけ」

「うん」

「詠ちゃんのことを見るって決めたんだよね?」

「仁には悪いと思ってるけどね」

「私、待ってたかもしれないこういう時を」


 なんで、そう聞くことはできなくて。

 僕は彼女が続きを言うのをとにかく待った。

 体感的に言えば5分くらい経ってから、


「中途半端なこの気持ちを捨てられるからだよ」


 そう言ってお姉ちゃんの方は涙を流してしまう。

 そもそも大学へ進学するからというのもあったのだろう。


「なんかさ、たけには甘えちゃってたというか……絶対拒まないし優しくしてくれるしご飯も美味しいの作れるしで、一緒にいたかったんだよね。恋心かどうかは分からなかったけど、うん、そうだった。でもさ、本当なら私がそうであるべきだったのにね」

「涼姉は優しくしてくれたよ」


 彼女は笑みを浮かべて首をゆっくりと左右に振った。


「別にこんなこと言っても関わりを絶つわけじゃないけど、いやもー遅いからさーたけにもやっとこういう時が来たんだなーってさ! ま、大切な人を失っちゃってるから臆病になるのは仕方ないと思うけどね……」


 彼女は「私には分からないや」と今度は苦笑いを浮かべる。


「とにかくさ! ちゃんと詠ちゃんのこと見てやれよっ!」

「涼姉、ありがとう」

「んーお礼を言うのはこっちの方だよー、ありがと!」

「ははっ、涼姉は笑ってくれてる方がいいよ」

「だろ~? 私にはこれくらいしかないからな~。ま、じゃあね!」

「うん、またね」


 いいじゃんか、気持ちのいい笑顔しか浮かべられなかったとしても。

 勿論、ここで「そんなことないよ」と言うのは簡単で。

 実際に言うべきかと僕が少し頭を悩ませたのは本当のことだ。

 でももし、僕にそう吐くことで楽になれるのなら。

 いちいち僕からの言葉は期待していなかったのなら。

 だったら、水を差すようなことをしない方がいい。

 お礼を言っておけばそれで十分だったのだ。

 その証拠に彼女の最後の笑みは素敵なもので。


「ふたりを振るなんてね」

「美幸……」

「私のことも振るの?」

「大体、君は僕のことなんて好きじゃないでしょ。僕、知ってるよ? 君のお財布の中に仁の写真あるの」


 しかも小学生の頃のふたりきりで撮った写真を。


「プライバシーの心外ね。ふふ、でもそうね、詠さんがあなたに向いているのならアタックしても問題ないのかしらね」

「応援するよ」

「あら、詠さんを仁君から遠ざけられるから?」

「君が従姉妹で、君のことも一応! 大切だと思っているからだよ」


 気を使う必要がない相手だからこそ、こういうことを言うのは非常に気恥ずかしいが。

 

「ふふふっ、まさかあなたから大切なんて言われると思ってなかったわ。私のことを1番ぞんざいに扱っていたあなたからまさかねぇ。……………………健、頼めるかしら、私はずっと仁君のことが好きなのよ」

「だったら僕なんか抱きしめちゃ駄目だ、もうやめると決めたら協力するよ」

「自意識過剰ね、するわけないじゃない」

「はははっ! 分かった、できる限りで協力する。そうだね……4人で新年早々お出かけしようか!」


 前回は別れてしまったし、海の時もなんか中途半端だった。

 今度こそきちんとしたお出かけってやつを、達成させたいものだと考えての発言だ。


「ダブルデートってことかしら?」

「そうだね、途中で別れる前提でだけど」

「あら、それじゃあ全然協力してくれないってことじゃない」

「多分、必要なくなると思う。君ならできる、それくらいの魅力はあると思ってるよ」


 中途半端な状態で留まってしまっている彼を、彼女なら動かすことができると思う。

 って……まあ僕が言うのは良くないが。


「ふふ、口説いても振り向かないわよ?」

「いらないよ、詠を振り向かせるつもりだから」

「だそうよ、良かったわね詠さん」


 いや待て待て、3人が出てきたことは知っていたが、まさか彼女もいるとは。

 恥ずかしいことを言ったわけではないものの、少し気まずいのは確かだった。


「お出かけするということですが、どこに行こうとしているのですか?」


 通常通りなのが助かるところだろう。


「どこ行こうか? 前の喫茶店に行ってもいいけど」

「ゲームセンターとかもいいですよね」

「あ、営業開始時間が多分1時間くらいずれるから、まだ行ったら早いけどね」

「元日から喫茶店はやっていないのではないからしら」

「あ、確かにね……それじゃあ4~6日のどこかしようか」


 冬休みはそこで終わってしまうので、それでもせめて休み中にどこか行きたかった。

 というか、7日は学校で8日が休みなのだから、そこも休みにしてくれればいいと思う。

 ま、まぁ、学校にも色々事情があるんだろう、そう割り切っておけばいい。


「いいわね。私は仁君の家に泊まるわ」

「おぉ、積極的だね」

「だってあなたの家だと床に寝転がらされるもの」

「仕方ないでしょ、ベットになんか寝かせられないよ」


 前回のはルール違反だ。

 別に僕が許可したわけではないし問題ないと言えば問題ない。

 親しき中にも礼儀ありと言うし、適度な距離感を保つのが重要で。


「健、仁君のところに行ってくるわ。あ、だからってこんな外でいちゃいちゃするんじゃないわよ?」

「しないよ、頑張ってね」

「ええ。恐らくあなたはなにもしてくれないでしょうから、楽しむわ」

「頑張るじゃないんだ?」

「頑張るより自然体でいる方がいいと思うのよね、さようなら」

「うん、じゃあね」


 僕は黙ったままの彼女に向き直る。


「少し冷えるけど散歩でもしようか」

「いいですね、行きましょうか」


 ゆったりした時間を過ごそう。

 そうすれば彼女への気持ちも固まるはずだ。

もう告白みたいなものだこれ。


……俺は10万文字=最低限と思ってる。

まあ内容的には5万文字で事足りるんだけど。

でも、5万文字だと微妙感があるんだよなあ、なんでだろうか。

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