15.『完全』
読む自己。
「仁……」
彼らはすぐに現れた。
有名な神社というわけではないので、やることがなくなってしまったのだろう。
「健、後は頼んだぞ」
「いや、謝りたいだけだからさ」
「や、俺が眠いんだよ……あとさみぃ……」
「……分かった。あ、今日はごめん、あと、ありがとう」
「おう、また明日の朝にでも行くわ家に」
「うん、じゃあね」
せめてこちらが謝ってから帰ってほしかったものだが!?
……俯いている彼女にさっさと謝って僕も帰ろう。
そろそろ冷えすぎてて風邪を引いてしまうかもしれないから。
「詠、さっきはごめんね」
「……どうして急になのですか? 紗耶香さんがいてくれたからですか?」
「うん、元気もらったんだ、僕ひとりじゃこうはできてなかった」
あの子は僕の力になってくれた。
だったら僕も動かなければいけない。
隠す必要もない、嘘ついたってどうせバレるだけだ。
「僕は君に変な気持ちを抱かないよう距離を作ろうとした、それは本当のことだよ。だって仁が君を好きだって分かっていて応援もしたというのに、裏でコソコソ仲良くなったら最低野郎でしょ? でも、分かってほしいんだ、僕だってすすんで距離なんか作りたくなかった。優しい君といたくないわけないでしょ? それに僕は君といるのが好きだって言ったはずだけど」
届いていなかったのなら何度だって言おう。
もうここから先は自己責任の領域ではないだろうか。
彼女が来てくれてるだけですが? と、開き直るのもいいかもしれない。
おまけに仁は「気にしなくていい」と言ってくれているという状況で。
「……つまり、嫌だと言うわけでは……」
「うん、ないよそんなの」
「……私、言いましたよね、距離を作られるのが嫌だと。もう2度と……しないでください」
彼女は僕の袖を掴んでそう言ってきた。
……上目遣い+涙とか卑怯すぎでしょ……。
自分のせいだと分かっていても胸が痛くなる。
今こそ抱きしめたくなったがぐっと堪えて、
「帰ろうか」
背を向けて僕はそう口にした。
正直言って泣くほどのことか? と、困惑しっぱなし。
相手が僕でなくても距離を作られること自体が嫌なのかもしれない。
だって彼女の家に誰かが帰ってきている形跡が全然ないから。
その穴を友達といることで埋めようとしているのだろうか。
仁、文ちゃん、僕がいてやっと通常なのだろうか。
……兎にも角にも歩きだす。
公園から家までの距離はとことん短いが、彼女は袖を掴んだままだった。
「あ、そうだ、明けましておめでとう」
彼女の家の前で挨拶をする。
「……おめでとうございます」
「うん。それじゃあね」
「……今日はいてください」
「え……」
なんで即答しないんだよぉ……。
彼女もどうして今日はこうも積極的なんだ。
「今日はいたいです」
「……同じ部屋じゃなければ……」
「はい、それでいいですから」
僕の矛盾野郎っ……。
……彼女の家、リビングに入って感じるのは精神的な冷たさ。
ソファに座らせてもらって深く腰掛ける。
彼女も横に腰を下ろしてひとつ息をついていた。
「……健さん、ご飯を作ってくれませんか?」
「あ、うん、それはいいけど」
「今日はちゃんとご飯炊いておきましたから、最初から作って貰う予定だったのです」
「はは……それは悪いことをしたね……お肉でいいの?」
「はい、ガッツリ食べたいです」
彼女も肉食系なのかもしれない。
ぱっと作って温めたご飯の上にお肉を盛った。……ついでにネギもパラパラっとかけてみたりもした。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
深夜に肉丼とか飯テロだなぁ。
冷たい部屋に漂う生姜やにんにくのいい匂い。
彼女は丁寧に小さい口に運んで食べている。
これ以上見ると確実にイカれるので、僕はその対面に座って突っ伏した。
「眠たいのですか?」
「ううん……心地いいだけだよ」
「……あの、どうぞ」
「えっ!?」
「お、美味しいので、食べた方がいいですよ」
箸の上に小さい肉丼を作って差しだしてくれている。
……それを勢いで口に含み、すぐに突っ伏して猛烈な恥ずかしさを押し込んだ。
「……美味いね、自画自賛だけど」
全然それどころではないけれど。
味が分からないし亜鉛サプリを飲んだ方がいいのかもしれない。
究極的に恥ずかしくなると本当にそうなるんだなぁ。僕はまたひとつ知識を蓄えた。
彼女が食べ終え食器を洗っている間、僕の眠気が訪れていた。
「詠……また毛布貸してくれる?」
「すみませんが、私が寝れるまで手を繋いでいてください。最近、また寝れてなくて寝不足で……」
「あ、それなら仕方ないね、もう部屋に行こうか」
「はい……」
あ、そうだよ、僕が彼女の部屋に入るのは初めてで。
でもだからこそ酷く驚いた。
なんでベットとクローゼットしかないんだろうなあって。
壁は白、床は茶色、カーテンは日に焼けており微妙な色。
女の子の部屋っぽくない、それが正直な感想だ。
「健さん?」
「あ、うん、手を握っておくから大丈夫だよ」
「……お願いします、今日はもう離さないでください。嫌なのです、起きたら誰もいないのは」
だから毛布を持っていかされたのか……。
中々酷なミッションだ、ずっと座っているのは正直辛いぞ……。
「……君が寝るまでは付き合うよ」
「ダメです」
「座りっぱなしはキツいよ……」
「なら2組床に布団を敷いて寝ましょう」
「……まあ、それなら」
彼女がテキパキと動いている間、あれ、同じ部屋じゃなければという条件ではなかっただろうか、そうやって真剣に悩んでいた。
「終わりましたよ」
「あ、じゃあ窓際の方でいいかな?」
「はい、それでは手を」
「うん……」
誰かにいてほしいだけなら手を繋ぐ必要はないと思うが。
……とにかく、彼女の冷たさを意識することなく寝ればいい。
寝ればいいって思うのに……。
「君の手が冷たいのは……嫌だな。だってさ、君は暖かい人なんだから、こんなの似合わないよ」
「……私と関わる人は『冷たい人』と言ってきました」
「そんなことはないよ。仮に誰かがそう言ったとしても、仁や文ちゃんや僕は思わない。そうじゃなければほぼ2年間も関わっていないでしょ」
僕らが特別優しいわけじゃない。
人間だから合わない人は平気で切ることだろう。
それがなされていないということは、つまりまあそういうことだ。
「大丈夫、僕らはいるよ? 最低でも仁と文ちゃんはいてくれる! だからさ、お願いだ」
「あなたもいてくれないと嫌です」
「はは、それが君の希望ならもう仕方ないね」
少しだけギュッと握ると彼女は「あ……」と小さく声を漏らす。
そして何故だか凍えるように冷たかった手が急に温かくなり始めた。
「良かった、一応僕の言葉でも届くみたいで」
「あなたは……ずるいですね」
「ずるいのは女の子だよ」
こちらを簡単にドキドキさせてくるんだ。
自分の武器を分かってて上手く使ってくるんだ。
正直言って、手を繋ぐだけではなく抱きしめたくなるくらいなんだ。
でもそれは言わない、せっかく信用してくれただろうって時に出すべきではない欲だ。
「あの、私が寝たらやっぱり……」
「うん、じゃあそうするよ」
こういうことは気軽にするべきじゃない。
僕が寝たら不味いので座っておくことにした。
なるべく彼女の方を見ないよう手を繋いだままで。
「そういえば……いいですよ?」
「え?」
「頭……撫でてもいいですよ?」
「紗耶香か……」
優しい子とか思った僕を殴りたい。
……いや、彼女なら言おうとするか……。
「……いい子は早く寝てね」
「……おやすみなさい」
優しく彼女の頭を撫でる。
彼女もきっと手入れを頑張っているんだろう、触り心地はとても良かった。
寝不足と言っていたことから彼女はすぐにすぅすぅと寝息を立て始める。
また手を優しく離して、僕は部屋をあとにして。
「泊まるのだって気軽にするべきじゃないんだよなあ」
紗耶香が言っていたが僕にとっても彼女が特別な存在というわけではないんだ。
これからは頼まれても――
「いや、無駄か……寝よう」
ソファへと寝転んで目を閉じる。
ひとりだと冷たさがより強く感じる空間だった。
でも、少し捉え方が変わったのかあまり問題はなかったのだった。
「健さん、起きてください」
声が聞こえ目を開けるとほぼ顔がくっつくくらいの距離に彼女の顔があった。
……ベタに驚いたりすると痛い結果になるので、目を閉じてから「近いよ」と言っておく。
「……紗耶香さんがこうすればいいと……」
「ぶつぶつ言ってるの全部聞こえちゃってるよ……」
というか、あれ? 明日僕の家に行くとか仁が言っていたような気が。
で、僕の現在の居場所は中原家リビング、と。
「やばいなぁ……」
あんな態度を見せておいてすぐにこれ。
しかも、
「あ、インターホンが鳴りましたね、出てきます」
「あ、あぁぁぁ……」
分かる、分かってしまう、来訪者が仁だと理解してしまった。
そりゃあ朝に僕が家にいなかったら、……ここくらいしか有りえないよなぁ。
リビングに彼女が彼を連れてきた。
ニヤニヤした笑みを浮かべて彼はこちらを見ている。
「いや、大胆だな健!」
「ち、違うんだよ仁……これは決して君を裏切るつもりじゃあ……」
「だから気にすんなって! 詠、台所使っていいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「健、飯を作ってくれ! 最近、お前の飯食ってねえから食いたかったんだよ」
……許可を貰って余っていたお肉を全部焼いた。
全部昨日と同じ手順で詠の分も用意しておいた。
「どうぞー」
「さんきゅ! いただきます!」
「ありがとうございます。いただきます」
うんただ、詠にはあまりお肉ばかり食べさせたくない。
野菜とかも食べないと駄目だし、早く寝ないと身長も伸びなくなってしまう。
「おい健、詠のことガン見してんじゃねえぞ」
「いや、しっかり栄養摂って寝ないと身長が伸びないなって」
「と言ってもなぁ、高校ほぼ3年でこの身長ならもう伸びないだろ」
確かに……本人も「ずっと伸びてないのです」と遠い目をしていたし……。
「ああほら、またついてるよ」
僕がティッシュで彼女のを拭くとまたもや仁に笑われる始末。
「なあ、ここで言うのなんだけどさ、お前らってお似合いだと思うんだよな」
「ちょ、仁……」
慌てて彼女を見てみると、もぐもぐと食べているだけだった。
無表情で、一定のペースで、美味しいと思ってくれているのか分からない感じで。
「いやいや、マジで真剣に向き合ってみろって! 詠もだぞ?」
「ご飯美味しいです」
「「マイペースな子……」」
僕だったら慌てて「そ、そそそそんなことないよ!?」と驚いているところだ。
「ごちそうさまでした。川上さん、お似合いとはどういう意味ですか?」
しかし、彼女はあくまで冷静にそう聞き返すだけだった。
「そのままの意味だ。気が合いそうっていうかどっちも抜けてるっていうかさ、でもそれだけじゃなくてしっかり互いが相手のことを思いやれると思うんだよな。それに、詠が健のところに行くのは一緒にいたいからだろ? だから積極的に行動してみろって」
「私が健さんとですか? そういえばなんででしょうか……昨日は、あ、今日は離れたくないと思いまして、泊まってくださいと頼んでいました。健さん、川上さん、どうしてですか?」
「というかひでぇよなぁ詠は、俺のこと名前で呼んでくれねぇもんなぁ」
「それも何故でしょうか……」
「詠……お前、全てが分からなそうだな」
「失礼です、分かることもありますよ」
そういえば仁のことだけ名前で呼んでいないのかと気づく。
それで僕は名前呼び……いや、自惚れはやめておこう。
「そうだなあ、これからは一緒に通うとか帰るとかしてみろよ」
「朝はともかく帰りは一緒に帰っていますよ?」
「健てめえ!」
「えぇ!?」
「嘘だよ、知ってるからな別に。なんか新鮮さってのがねえな……飯だって一緒に食ってるしなぁ……なら行ったり帰ったりする時に手を繋いでみたらどうだ? おいおい、まさか手を繋ぐぐらいでドキドキするとか言わねえよな? 健君」
そんなことはない。
女の子と手を繋ぐのはドキドキする行為。
それに彼女は無表情娘だ、ひとりだけ恥ずかしがってたら恐らく軽く死ねる。
「……それは無理ですよ」
「なんでだ?」
「だって……恥ずかしいじゃないですか」
「「よ、詠が……」」
彼女に羞恥を感じる機能が備わっていたなんて!?
……人間だから当たり前だが、なんか少し嬉しく感じるのは父親目線だからだろうか。
「長時間が無理なら少ない時間からでいい、少しずつやってみろ」
「……少し……なら」
ここまで歯切れの悪く感じる彼女は初めて見る。
変わらない部分ばかりではないようだ。
「おう、なんかもやもやすんだよなーお前らがとろとろしてると」
「それは詠のことが好きだからでしょ?」
「分かった、俺は健のことが好きなのかもしれねえな」
「おぇぇ……」
「冗談だ。ふぅ、なんだろうなあ……詠のことを好きでいたはずなんだけどなあ……振られてから完全に向けきれてないっていうか……ま、俺のことはどうでもいい、お前らが一緒にいたいなら遠慮すんな」
仁は「美味かったぜ」と言ってリビング及び中原家から出ていってしまった。
「健さん……少し試しませんか?」
「あ……まあ……」
差しだしてきた手を握る。
「お、温かいね」
「はい、もう大丈夫ですよ」
「嬉しいなぁ」
「嬉しいとは?」
「えと、これって信頼の表れだと思うんだよね。ほら、緊張とかすると手が冷たくなるって言うでしょ? でもさ、今の君の手は温かい。ということは、僕といても嫌じゃないってことだよね?」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
ここまで痛い人間だったのかと聞きたくなるくらいには。
彼女はこちらを見つめたまま少し口を結んでいたが、やがて「そうですね」と答えてくれた。
その時に浮かべていた笑みが優しくて柔らかいもので、僕はぼけっと見てしまう。
「君の笑顔って普段は見られないからレアだよね」
「私も笑いますけど」
「いや……好きだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
届かないぃ!!
やはり彼女はいつもどおりだ。
できるのだろうか僕に。
彼女を振り向かせることが果たして。
「そういえばさ、昨日すぐ寝てたよ? あ、今日か」
「最近寝れてなかったのです、あなたのせいですよ?」
「僕のか……距離を作ろうとしてたしね」
「責任、取ってください」
「え……な、なにをすればいいの?」
「……少し、抱きしめてくれませんか?」
僕は今度こそ完全に固まった。
あんまり一緒に寝るとか抱きしめとか手を繋ぐとか頭を撫でるとか。
そういうのを気軽にやらない健に仕上げてるけどさ。
俺の作る主人公らしくて、らしくないというか。
理想は読者を全く気にしなかった昔みたいに書けることなんだよなぁ。