14.『強烈』
読む自己。
12月31日――現在時刻は22時50分。
僕はソファに寝転んで耳を小指でほじっている彼に土下座をしていた。
「仁……行こうよー」
「行かねーよ、なんでわざわざ寒い中行かなければいけねえんだよ」
「詠も来るからさー!」
「だから?」
「え? だからって……詠が好きならどさくさに紛れてふたりきりになればいいじゃん」
詠には「分かった」と言ってしまったのだ。
あくまで僕にとっては「仁も連れて行くけど分かった」ではあるので、来てくれないと計画が狂う。
というか高橋家に行った日からずっとこうしてお願いをしているというのに、往生際が悪い男である。
「なるほど。じゃあ俺も行くことにしました、それで俺のメリットは?」
「だから詠と……」
「お前だから誘ったんじゃないのか? 皆を誘うならグループの方で言うだろ」
「……ふたりきりは避けたいんだよ」
彼女のことは普通に好きではあるが、万が一のことを考えるとそれは避けたいのだ。
要所で仁も張り切ってくれればいいというのに、いつもこんな感じで困ってしまう。
「健、いちいち変な遠慮するなよ。そうだな、詠の意思はともかくとして、お前がいたいかどうかで考えればいい。行きたくないなら断れ、いちいち俺のことなんて考えないでな」
「いや……行こうよ仁!」
「……その雰囲気を出して詠にお前が嫌われるくらいな行ってやった方がいいか……分かった、行くよ」
「ありがと! いやマジ流石仁だなぁ!」
もうすぐで集合時間になるため僕らは家を出た。
「さむ……」
「お礼に手を繋いであげようか?」
「繋ぐか」
「う、嘘だよ……流石に仁が相手でもそれはしたくないなあ」
彼女の家の近くにある自動販売機でコーヒーを買って彼に渡す。
「はい、これくらいしかできないけど」
「ありがとよ……はぁ、あったけぇなぁ……」
「ねえ仁、お願いだからちゃんと詠に向き合ってよ」
しつこいとは思いつつも言っておかなければならない。
特に今からは頑張ってくれないと困るのだ。
「なあ健、お前こそちゃんと向き合ってやれ」
「……でも僕は仁の応援をしたのに……」
「変なこと気にするな、別に詠の相手がお前なら満足できる。大体、俺のはもう終わっているようなもんだろ? それを未練たらたらで生活しているのは自分勝手だと思うんだよな」
「別に詠がそう言ってるわけじゃないんだからさ!」
「いーから行くぞ」
「……うん」
彼が彼女の家のインターホンを鳴らして彼女もすぐに出てきて。
「あ、川上さん」
「おう、たまたま健と会ってな。俺も行っていいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「さんきゅ、ほら行くぞ健」
ふたりを追っていく。
彼女は前と同じもこもこコートと下は白色のフレアスカートで。
やっぱり寒そうで色々な意味で見ていられなかった。
神社にはすぐに着いて早速甘酒を貰う。
「温かいな」
「そうですね」
確かに温かくて身体に沁みる。
ベンチに座っているふたりで横目で眺めて、悪くない雰囲気にくすりと内心で笑った。
「先輩! こんばんわ~」
「あ、高橋さん……こんばんわ」
彼女も同じようにコートとスカート姿。
女の子の足は寒さを感知しないようになっているらしい。
「仁も詠もいるよ」
「こんばんわ、紗耶香さん」
「よお紗耶香」
「どうもです!」
受験生だし願掛けにでも来たのかもしれない。
なんかこのまま帰りたい気分になってきてしまった。
理由はなんだろう。文ちゃんが言ってた「沢山いるなら自分がいる必要ない」というやつなのかも。
「いたたぁ……」
「どうしたので――」
「先輩、どうしたんですか~?」
「……ちょっとお腹が冷えちゃってね……あっ!」
僕は口とお腹を押さえてアピールをする。
……やっぱりマイナス思考は駄目だ。
本当に痛くなってきて行くしかないという状況だった。
「トイレあるから行ってこい」
「う、うん……ごめんねふたりとも……痛いなぁ……」
胃がキリキリと痛む感じ、これを感じるのは中学生の時以降か。
このまま無言で帰る――なんてすれば必ず「なんでだよ」と言われる結果になってしまうわけで、流石にそれはできなかったので大人しくトイレの個室にこもった。
問題なのが時間経過で電気が消えること。
確かに常時点けているのは勿体ないが、今日くらいはいいと思うんだけどなぁ……怖いし痛い。
「健、どうしたんだよ?」
「……仁、いやなんかお腹痛くなっちゃって」
電気が点いて助かったものの、状況的には胸を張ってそうだとは言えない。
「もしかして帰りたいとか思ったか?」
「うん……なんか僕は必要ないなって……」
「……帰ってもいいぞ、痛いのに付き合わせるのは申し訳ないしな。大丈夫、詠と紗耶香には説明しておくし、ちゃんと送ってから帰るからよ」
「ごめん……僕から誘ったのに……」
僕がいなければ好都合だなんて考えてはいなかった。
彼がそんなことを思わない人だと僕は信じているから。
それでも、間接的にでもふたりきりでいられる時間が増えるのなら、役に立てるようで嬉しい。
「健、俺はお前のそういうところが好きで嫌いだ」
「え……」
話しかけてももう反応はなかった。
それどころか横に人が入ってきて黙るしかできなくなる。
仁に「嫌い」なんて言われたのは地味に初めてで、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
が、意味もないのに占領しているのは悪いので外に出る。
「健先輩っ」
「……どうして?」
「帰るんですよね、また来年もよろしくお願いします」
「うん……君さえ良ければね、よろしく」
今はこの子の明るさがありがたかった。
お腹の痛さもこの瞬間だけは吹き飛んでいたんだが――
「健さん、どうしてですか」
彼女が現れまた戻ってきてしまう。
横にいる仁を見ても気まずそうに視線を逸らすだけ。
どうしてはこちらが聞きたかったが、努めて冷静に「どういうこと?」と聞いておく。
「どうして帰ろうとなんてするのですか」
「お腹痛くてさ……ごめん」
「紗耶香さんとは普通にお話しをしていたではないですか」
「ただ来年もよろしくって言っただけで……」
紗耶香さんもどうしてそう言ってくれるのかは分からないが。
でもあれだ、ご飯を美味しそうに食べてくれる子なのでもう気に入っている。
「おい詠、腹が痛いんだから仕方ないだろ?」
「……そうですかね、本当に純粋にお腹が痛くなっただけなのですか? また距離を作ろうとしただけではないのですか?」
「詠、やめてやれ」
「……分かりました、気をつけてくださいね」
やっぱり仁は優しい人だ。
僕は謝って神社をあとにする。
あそことふたりから離れる瞬間に治るなんてどうかしてるけどね。
……ただ、
「なんで君も付いてくるの?」
挨拶も済ましたはずなのに紗耶香さんが来てしまっていたのだ。
「一緒に帰ろうと思いまして。ほら、あのふたりのところにいるのは少し気まずいですから」
「そっか、じゃあ送るよ、危ないからさ」
「……お腹が痛いの嘘だったんですか?」
彼女の横に並んできて聞いてくる。
その表情はいつになく真剣で茶化すことはできなかった。
「それがあのふたりから離れた瞬間に治ったんだ」
でも、お腹に触れて無理やり笑ってみせた。
彼女も少し複雑そうな笑みを浮かべて「そうだったんですか」と小さく呟く。
「あのさ、仁は詠のことが好きなんだよね。でさ、自惚れでもなんでもないんだけど、詠が僕のところに来ちゃって困ってるんだよ。どうしたらいいかな?」
「それを私に聞くんですか?」
「……僕は仁に頼んだんだよ、詠が好きなら一生懸命になってほしいって。今日だって本当は僕だけが誘われてたけど、ふたりきりは嫌だったから仁に土下座して頼んだ。僕は彼を応援したんだよ、それなのに裏で彼女と仲良くしてたら最低野郎でしょ?」
「あの、どうしてそれを私に話してくれるんですか? 全然仲良くない、初印象だって悪かったですよね」
なんで? あ、別に文ちゃんでも良かったのか。
気になる人の頭文字に該当しないため、彼のことを相談しても問題なかった。
なにより詠が関わっているとなれば協力してくれたことだろう。
「うーん、君が話しやすいのかもね」
「頼ってくれるのは嬉しいですけど、なんにも言うことはできませんよ」
「ううん、聞いてくれて嬉しかった。ありがとう、紗耶香さん」
「あ……呼び捨てでいいですよ~」
「ありがと紗耶香」
高橋家に着く。
「暖かくね」
「はい、ありがとうございました」
「って、もう年変わっちゃったみたいだね。明けましておめでとう」
1番最初に言うのが紗耶香にとは思ってなかったけど。
まあでもこれもひとつの形として悪くはないように感じる。
後輩の友達というのがひとりもいなかったので、実は地味にありがたかった。
「……健先輩」
「うん?」
彼女の髪を弄りながらなにかを言おうとしてやめるを繰り返す。
しかしすぐに「やっぱり言いますね」と言ってこちらをしっかりと正面から見つめて。
「……気にしなくていいんじゃないですか? いいじゃないですか別に、詠先輩があの人の特別な存在というわけではないんですから。それに私は聞きました、詠先輩はあの人からの告白を真っ直ぐに断ったって。おまけにあの人からも気にしなくていいって言われてるんですよね? なのにそこでウジウジしたらやっていられないですよ」
「それに、僕は彼女のことを別に特別視しているわけではないんだよ?」
「あなたも存外自意識過剰ですね、どうして詠先輩がそういう意味で近づいてきていると思うんですか?」
「僕が危惧してるのは……僕が彼女に変な感情を抱かないためにだよ」
頭を撫でたいとか、抱きしめたいとか、そういうのを抱かないようにって行動しているんだ。
僕が彼の彼女への想いを知らず応援なんてしてなければまだ良かった。
けれど僕はその気持ちを知ってるし、実際に応援してしまったから。
「変な感情っておっぱいを揉みたいとかそういうのですか?」
「いや……頭を撫でたいとか抱きしめたい……とか」
「あははっ! それくらい別にいいじゃないですか~詠先輩がいいなら大丈夫だと思いますけどね~」
……申し訳ないけれど彼女の胸は……慎ましやかだ。
てか、そういうのはどうでもいい、そんなの重要じゃないのだ。
「仕方ないですから、あなたに勇気を与えてあげますよ」
「うん? え……っ……」
やっぱり彼女みたいな女の子は苦手だ。
距離感が分からなくなる。
美幸と一緒で気を使わなくて済むものはいいのだが……。
「ふふ、どうですか? 私を抱きしめるよりかは簡単ですよね?」
「ちょ、離れてよっ」
「やれやれ~仕方ないですね~」
「……君はもっと自分を大切にした方がいいよ」
なんで好きでもない人間を抱きしめられるんだ。
どうしてドキドキすることなく笑っていられるんだ。
女の子という生き物が分からなくなってくる。
自分がおかしいのではないかとすら思えてくる。
「あなたは寧ろ自分を守るために動きすぎです。詠先輩を困らせたいんですか? 悲しませたいんですか? 恐らくあなたが同じ態度を貫くほど、詠先輩はきっと来てしまうと思いますけどね。困っているみたいな言い方をしていましたけど、全部自分に責任があるんですよ」
「そもそもどうして彼女が来てくれるのか分からないんだよ」
僕が文ちゃんに怒られていたから優しくしてくれていたのは分かっていた。
でもそれはもうとうに終わった。
もう近づいて来る理由はないはずなんだ。
なにができたというわけではない。
なにが返せたというわけではない。
なのにどうして――
「分からないなら向き合ってみるしかないですね。それで分からなかったら再度拒めばいいじゃないですか」
「厳しいなぁ……紗耶香は……」
確かに何度もあの冷たい表情を向けられるのは困る。
本心から作りたわけじゃないのに勘違いされるのは嫌だ。
「またまた~抱きしめてあげるくらい優しいですよ~」
「うん、本当に優しいよ紗耶香は」
「矛盾してるじゃないですか~」
「ありがとう、君がいなかったら冷えたままだったかも」
今日1番強烈だったのは仁から「嫌い」だと言われたこと。
文ちゃんには散々言われてて、でも、彼は言ってくることはなかった。
いつも僕のところに来てくれて、気軽に話しかけてくれて、遊びに誘ってくれることすらあった人。
そんな人から言われたら誰だって傷つく。
信用していた人物から言われることが1番響く。
……話を聞いてもらい、抱きしめられたくらいで同列に語れることではないが、彼女の存在はありがたいと素直にそう思えたから。
「なにかお返しをください! んーそうですね~、手を握らせてください」
「いや……そういうのは気軽にするのやめようって……あ、もう……」
「元気、あげますよ」
「……温かいね」
彼女は優しげな笑みを浮かべて凄いなと僕は感じた。
異性と手を繋ぐだけでどうしてここまでドキドキするんだろうか。
ま、問題なのは、誰ともそうであるということだろう。
「生きてますからね。さてと、ありがとうございました、おやすみなさい」
「うん……おやすみ」
「ちゃんと向き合ってくださいね、今日の朝からですよ?」
「……うん、分かった」
彼女は「約束ですからね」と言って中に入っていった。
朝からか、でも彼女の家はすぐ近くなんだよなぁ……いちいち朝行くのも面倒くさいしなぁ。
僕は少し移動して彼女の家ではなく公園の入り口で待たせてもらう。
何時になってもいい、少し話して謝れればそれでいいのだ。
幼馴染の好きだと言った子が近づいてきたらそりゃ素直に喜べないよなぁ。