13.『難解』
読む自己。
僕はソファにしっかりと座り直して周りを見てみた。
普段から掃除をしているため年末だからといってする必要のない空間。
お母さんは仕事に行っていて家には僕しかいない。
やることもなければやりたいこともないなんて、こんなのでいいのだろうか。
ちなみに、仁や女の子達を呼ぶというのも不可能だ。
何故なら皆で遊びに行っているから。
決してハブられたわけではなく――
「仕方ないなぁ……歩きに行こ」
暖かい格好をして外に出た。
街中を歩いていて僕は「凄い話だな」と内心で呟く。
昨日まで『クリスマス』といった感じだった街から1夜で雰囲気が消えているのだから。
そのかわりもう年の終わりということでゆったりとした感じが漂っている。
お、手伝おう。
「おはよう高橋君」
「おっ? おぉ、えと……仁といる……内川だよな?」
「内山だよ……荷物持つよ」
「お、悪いな! いや、買いすぎちゃってさあ」
こんもり丸いスーパー袋を4つも持っていた。
2つ受け取って持たせてもらい中身を確認してみると、
「お、お菓子買い過ぎじゃない?」
チッ○スとかポ○キーとか、しょっぱいのと甘いのがバランス良く選ばれているようだった。
「はははっ! 俺と母ちゃんと妹の分なんだよ。これから3日まで家から出ないからな」
「家から出ないって……え、皆?」
「おうよ! 母ちゃんは専業主婦だし妹は受験だからな、部活もねえし基本的にインドア派だからさ」
「なるほどね。高橋君もそうなんだ? なんか外でスポーツやってそうだけど」
恐らく身長が175~6センチ。髪型は坊主なのでてっきりスポーツ少年かと思いきや、
「よく言われるけどなそれ、でも、基本的に俺も学校以外では外出ねえぞ? 内川……内山こそ家にこもってそうだと思ったが……今日はどうしたんだ?」
意外な結果を僕は聞くことになった。
「いつもの面子に置いてかれちゃってさ、散歩してたら君を見つけたから手伝おうかなって」
「なるほどなあ、良かったら家くるか?」
「え、いいの? それじゃあお邪魔させてもらうかな」
――高橋家。
袋を台所まで持っていて息をひとつ吐く。
お菓子ばかりだと言っても非力な僕には少し重く感じていたのだ。
「ありがとな! 母ちゃんも妹も部屋から出てこないからゆっくりしてくれよ」
「あ、出てこないんだ? 挨拶しようと思ってたんだけど」
「おいおい、俺はお前と結婚する気はねえぞ?」
「僕だってする気ないよ! あ、妹さんってどんな人?」
「妹かぁ……あ、丁度下りてきたんじゃないか?」
え、そういう急襲は予想していなかったので高橋君の後ろに隠れる。
「お兄ちゃん、チッ○スちょうだい」
「おう、買ってきたぞ」
「ん? なんか後ろにいるよ?」
「ああ、違うクラスだけど同じ学校の内か、内山だ!」
「よ、よろしく……あ」「あ」
えぇ……あの彼氏君とやることやってた彼女が高橋君の妹さんだったとは……。
ゲスな話だが胸がでかい、顔はそこそこ、身長は155くらい、髪色は亜麻色で長さは胸の下辺りまで。
正直、あの彼氏君には似合わないような子だ。
草食系と肉食系、彼女は後者に当てはまるということになる。
「高橋君、この子が中原詠さんの家でね、こう彼氏と――」
「だ、ダメですよ! それに……別に最後までしたわけじゃないですし……大体! もう別れちゃいましたから。くっそあいつなにも手を出してこなかったくせにぃ! 『最低だよ』とか言いやがってぇ!」
いや、分かるよ彼氏君。
あまり積極的すぎるのも問題なんだよね。
少し抜けているところを除けば理想なのは詠みたいな女の子だろう。
……まあそれはそれで全然影響を与えられず、彼女の元彼氏君みたいに心が折れることもあるわけだが。
「紗耶香、迷惑をかけたら謝らなければ駄目だぞ」
「……うん、今度詠先輩にも謝っておく」
「おう。内山、少し部屋に戻ってもいいか?」
「うん、適度なところで帰るから安心して」
「おう、荷物持ってくれてありがとな!」
「いや、寧ろありがたかったよ」
兄妹仲はいいようだ。
言い訳することなく「謝る」という単語が出たということは音はいい子なのだろう。
だからってその気のない彼氏君に胸を見せるのはどうかと思うが……、ま、逆じゃなければ自由か。
「お菓子好きなんだね」
高橋君が去った後に話しかけた。
最悪ここで拒まれても構わない。
「先輩にはあげませんよ~?」
「僕が払ったわけじゃないから貰えなくて当たり前だよ。ちょっと座っていいかな?」
「あ、どうぞ」
うん、畳というのも悪くない気がする。
家は全空間フローリング仕様なので和を感じられるからだ。
それにしても……さっきからブブブブ通知が止まらない。
これは自分も入ってるグループ間でメッセージのやり取りが交わされているからだが、自分の行けていない場所の写真を共有されても寂しさがこみ上げてくるだけだろう。
だから通知を一時的にオフにしようとしてスマホとアプリを起動したら彼女に取られてしまった。
「えぇ……」
「えと……………………よし、どうぞ!」
「うん? うん」
グループの通知をオフにして戻った時に①の表示が気になって確認してみたら――
「えと、どうして?」
新しい友達欄に『紗耶香♪』という名前が登録されていた。
聞いてみると「どうでもいいじゃないですか~」と言って彼女が笑う。
別に嫌だとかそういうのではないけれど、登録して意味があるのだろうか。
「君ってどこの高校を志望してるの?」
「どこって、お兄ちゃんもいるんですからあの高校に決まってるじゃないですか」
「あ、そういうことかー。要はブラコンさん、ということだよね?」
「いいえ、お兄ちゃんもいるし近いからですよ~?」
「あ、そう……」
あそこの利点はそれだけではない。
学費もかなり安いのだ。
他の所に比べて「え、こんなんでいいの?」と言いたいくらい安い。
でも、学べれば正直どこでもいいし近いならそれに越したことはないわけで。
「さてと、受験勉強の邪魔をしたくないし帰るよ」
「え、まだいてもいいですよ~」
「そういうわけには……」
頭の中が軽――そうじゃないとしても勉強を頑張るべきだろう。
後から後悔することがないよう万全を尽くしておく必要がある。
遊ぶのなんていつでもできるのだ。
お菓子なんていつでも、合格してからでも食べられるのだ。
勿論適度な休憩は大事ではあるが、恐らく彼女の様子から今日はまだしていないと予想ができた。
「今日まだしてないでしょ?」
「うぇ!? そ、そんなことないですよ~?」
僕はティッシュを勝手に拝借して彼女の口の周りを拭く。
「お菓子食べ過ぎだよ、太っちゃうから気をつけた方がいい」
「こういうこと気軽にできる人だったんですね~」
「あ、気軽にってわけじゃないけどね」
日高姉妹には何回もしたことがある。
美味しいと食べてくれるのは嬉しいが、少し食べ方に気をつけてほしいと思っていた。
「先輩、ご飯作ってください」
「え? なんで急に?」
「お腹空きました、勉強するのに空腹でいろって言うんですか?」
「でも材料勝手に使ったら……」
「ガッツリお肉が食べたいです! お願いしますっ」
一応高橋君にいいかどうかを聞きに行ってもらって、
「大丈夫だって言ってました! パック全部使っていいそうです!」
……許可が下りたのでいつもどおりの肉丼を作った。
ご飯は昨日の冷ご飯を温めて、その上にお肉を盛る。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます! いただきます!」
「あーあ……そんなにかきこんで……」
少なくとも味について不満がなければそれでいいか。
というか、どうして僕は休日に大して知らない女の子にご飯を作っているんだろう。
それもあまりいい印象は抱いていなかった女の子に、だ。
でもあれだな、こうして自分のご飯を嬉しそうに食べてくれるだけで評価が変わるのだから、僕もちょろいというもの。
「ふぅ、ごちそうさまでした! さてと、ここで食後のチップ――」
「駄目だよ」
「あぁ! 酷いですよ!」
「食べすぎだって、確かに食べたくなる気持ちは分かるけどさ」
そして何故か捗る掃除。
勉強をやっていたはずなのに模様替えをしていた、なんてことも沢山あった。
集中力というのは人によって長さが違うが、ずっと真面目に続けられるわけじゃない。
そういう時になにかを食べたくなったり、ついつい他のしたくなることは自分も体験してきたことだが、気づいたらどうしても「はい、どうぞ」なんて言えなかった。
勿論、僕にそんな権利は存在していないとはいえ、女の子のなんだからカロリー管理くらいするべきだ。
「太ったら勿体ないよ」
「あはは、なにが勿体ないんですか~?」
「え、だってせっかくいい感じなんだからさ、太ったら気にかけてもらえなくなるかもしれないでしょ?」
細すぎるのも問題、とはいえ太っているのも問題だと思う。
適度なところが1番で、今の少し肉付きがいいくらいなのが――なに考えてるんだろう。
「ふむ、つまり今の私が好きってことですよね?」
「まあ太ってるよりはね」
「あの、太ってるって言葉を女の子の前であんまり言わない方が思いますけど?」
「だったら気をつけないとね。食べるとしても1日1パックとかにしておきなよ、それか高橋君と分けて食べるのもいいと思うよ? 休憩時間を大好きなお兄ちゃんと過ごしたらブラコンとしても最適な時間でしょ?」
「だからブラコンじゃないですよ~そもそもお兄ちゃんには恋人さんがいますしね」
「あ、そうなんだ、全然知らなかったな」
僕にとっては仁、文ちゃん、詠がいてくれればそれで良かった。
他クラスに行く機会も必要もないため全然興味がなかったのだ。
「でもあれじゃない? お兄ちゃんを取りやがってぇ! とかって思ってない?」
「だから違いますよ~! ところで先輩、どうして私達はこうして普通に会話ができているんでしょうか?」
「それね、本当に僕もそう思う」
「うーん、じゃあ先輩が話しやすい方だったから、ということにしておきましょう!」
「それでいいならそれで、ありがとう」
一応言わなかったが、見てしまったからではないだろうか。
そのことに比べれば会話することくらいはなんら恥じることはない、ということかもしれない。
「ずるいですよ~」
「え? あ、ご飯を作れること? あんまり多く作れるわけじゃないけどね」
それでもスマホで調べて最初は頑張って失敗して。
で、分かった、無理するよりかは自分のできる範囲で頑張ればいいと。
捉え方を改めたら上手くいくようになって、最低限なご飯は作れるようになった。
……まあ市販の素を使ってしまうことも多いが、それで誰かを喜ばせるならやり甲斐があるというもの。
おまけに彼女はきっちりご飯粒を残さず食べてくれた、嬉しいのは言うまでもない。
「食べてくれる人の方がずるいんだよ? 雰囲気と言葉だけでまた作ってあげたいって気持ちにさせられるからさ!」
自分より上手く作れる人間がいようとどうでもいい。
僕を必要としてくれる人がいてくれるだけでいいのだ。
「なるほど~、詠先輩が言っていた理由が分かりました!」
「え、詠とまだ関わりあるんだね?」
「同中ってやつですからね! 連絡先も交換してもらって、まだ話すこともあるんですよ! でっ、あなたが問題なんですよね~。いやはや、なんとも恐ろしい方です。あの先輩とどうしてここまで違うのか、それが分かりませんね~。答えがすぐに分かる勉強より大変です」
そんなに難解な生き物だろうか。
あの先輩――というのは間違いなく仁のことだろうが。
真っ直ぐに生きられてないからそう言われるのか?
「残念だけど僕は仁と違うからね、分かりづらくて申し訳ないけど」
「で、無意識にしでかしているということも、気づいていないんでしょうね」
「しでかす……あー、誰にでもご飯を作るなってことか。でもさ、皆が喜んでくれると嬉しくてさ」
「そこですよそこ! ま、いいですけどね~」
しょうがない、必要とされることの幸せに気づいてしまったら追い求めるのが人間だろう。
「健先輩」
「うん?」
「メッセージ送りますね」
「あ、うん。それじゃあ帰るよ」
「はい、ありがとうございました」
あれ? 僕はこの子に自己紹介をした覚えはないけど……。
あ、でも詠と話をしているみたいなことも言っていたし、おかしな話ではないと割り切ろう。
僕は高橋家をあとにして歩いていく。
不思議な出会い、流れ、悪いことではないのだろうが。
「あ、詠から……大晦日の夜に会わないか、か」
これはふたりきりではなく皆で行くのが良さそうだ。
仁はそういうのに興味ないから無理やりでも連れて行く必要がある。
頑張ろう、絶対にふたりきりにはなってはいけないから。
お、俺の作品なのに喧嘩してないぃ……。