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11.『特別』

読む自己。



「ご飯、なにを食べたのですか?」

「生姜焼きとポテトサラダとわかめとお豆腐のお味噌汁、かな」

「なるほど。それもひとつの形、ということですよね」

「うん、僕の家はいつもどおりなんだ」


 いいのだ、特別感なんてなくても。

 そこにお母さんが元気良くいてくれればそれだけで十分だ。

 ま、今年は文ちゃんがいたわけだけど、それもまたひとつの形となる。


「中原さんは?」

「チキンを食べさせてもらいました」

「皆、好きだよね」


 今度、照り焼きチキンを作ろうと決めた。

 たまには仁にあげるのも悪くはないだろう。

 皆が「美味しい」と食べてくれるので、実は少しご飯を作るのは好きだったりする。


「内山さん、私はなにをすればあなたにお返しができるでしょうか?」

「お返しなんていらないよ、僕が『お世話になっているから』ということで用意したんだから」

「そういうわけには……あ、文さんはなにをしてくれましたか?」

「あ……手を繋ぐのと、頭を撫でさせてくれた、かな」


 別に見返りなんて期待していないが、……ま、まぁ、自分のそれに価値を見いだせるのはいいと思う。

 

「……内山さん、どうぞ」

「いや……別に僕から進んでしたわけじゃないし……」

「……た、……健さん」

「あ……はは、ちょっと気恥ずかしいな」


 というかこれって良くない気がする。

 散々仁を焚き付けておいて実は裏では~なんて、許されるわけがないだろう。


「か、帰るよ! 暖かくして寝てねっ」


 しかし、彼女はいつになく俊敏に動きリビングの扉の前で通せんぼをしてきた。


「そんなに逃げるようにして帰らなくてもいいですよね?」

「や……お母さんにちょっとしてあげたいことがあって」


 お金が失くなってプレゼントが用意できなかった。

 だから肩を揉むとか足をマッサージするとか、そういうことをしてあげたかったのだ。


「母親思いなのは素敵だと思います。けれど、それとこれとは話が別です」

「……君はなにを望むの?」

「名前呼び、ですかね」

「ふぅ……詠さん」

「呼び捨てで大丈夫ですよ、ありがとうございました」


 今度はあっさり解放されて暗い外に出る。

 これは所謂『NTR』というやつではないだろうか?

 ……僕にそういうつもりがないということは、ここではっきりさせておくが。

 と、とにかく、家に帰ってリビングに行くと、お母さんが突っ伏して寝ていた。


「起こすのも申し訳ないなぁ……」

「寝かせておいてあげなさい」

「うん……うん?」


 幻聴だろうか? なんだか()()()が聞こえた気がする。

 入り口の方を見てみたら、まあうん、彼女がいたというわけだ。


「美幸ぃ……」

「なによ、そんなに会いたかったのかしら?」

「はぁ……お母さんさ、風邪引いちゃうから部屋に運んでくるね」

「ええ」


 眠りが浅いわけではないので、すっかり慣れた輸送スキルで部屋に寝かせてきた。

 戻ると彼女がソファに座っていたので横に腰を下ろす。


「あ、そうそう、これあげるよ」

「プレゼント? 私は用意していないわよ?」

「いいから受け取っておけー」


 彼女はくすりと笑って、


「似合わないわね、あなたにも私にもマグカップなんて」


 なんて言ってくれた。


「嫌なら誰かにあげればいいよ、それかここに置いていくでもいいし」


 もうそれは彼女の物だ。

 使おうと捨てようと鬱憤発散のために割ろうと、彼女の自由。


「いえ、使わせてもらうわ、ありがとう」

「どういたしまして。……この時間までなにをしてたの?」


 現在時刻から考えて今に着いたというわけではないだろうし、少し気になっていたことだ。


「……お散歩、かしらね」

「何時から?」

「12時くらいからかしら」

「馬鹿じゃん……そんなことしたら冷えるでしょうが! さっさと家に来ておけよー!」


 女の子が夜にひとりで歩くのも危ないし、流石に美幸の心配だってする。

 彼女はまた笑って「珍しいこともあるのね」と言った。


「健、お返しをするわ、立ちなさい」

「え、うん、立った――やっぱり君は馬鹿だ」


 好きでもない男を抱きしめるなんてね。


「失礼な人ね」

「離してよ」

「どう? お返しになったかしら?」

「……もっと自分を大切にした方がいいよ」


 美幸って凄いな。

 こんなことをしたというのに、顔を赤くさせることすらなく普通にこちらを見ているのだから。

 僕は正直、頰が熱くなるのを抑えることができなかったというのに。

 

「顔、赤いわよ?」

「……そりゃ……」


 クリスマスの夜に抱きしめられなんかしたら……ドキドキだってする。


「なんか面白いからもっと攻めようかしら」

「やめた方がいい」

「あら? 『狼になっちゃうよ』とか言うつもりなの――」

「……僕がこうやって君をソファに押し付けて自由にしたらどうするの?」


 お互いの息がかかるくらいの距離。

 彼女の両肩を掴んで覆いかぶさるように僕は間近から彼女を見つめる。


「積極的ね」

「……とにかくやめてね」


 すぐに横に座って天井を仰いだ。

 うん、率直に言うと似合わないことをしたと思う。


「ごめん美幸……」

「いえ」

「……君は友達と過ごしたいとか思わなかったの?」


 昔は僕ら以外からのお誘いを彼女は断っていた。

 もし今も変わっていないのだとしたら、あまり良くない結果になるのではないだろうか。


「だから過ごしているじゃないこうして」

「じゃなくて、向こうの子とだよ」

「……正直、後悔しているわ、ここの高校で問題なかったというのに……」


 理想と違ったのかな? それともやはり過去になにかがあったということなのだろうか。

 ポジティブかネガティブな感情で向こうに行ったのかは分からないが、僕に言えることはなにもない。


「仁君、文、涼、そしてあなたが側にいる生活に戻りたい……」


 彼女は膝を抱えて小さく呟いた。

 慣れない土地、慣れない人、味方がまるでいない状況で押し潰されそうになっているのかな。

 でも、もうほぼ2年が経過しようとしている。彼女のスペックなら問題ないように思えるが。

 ……せっかく来てくれたんだしマイナスな感情でいてほしくない。


「美幸ごめんね」

「え……」


 彼女の手を握ってギュッと力を込めておいた。


「距離は離れてるけど心は離れてないよ」

「……気安く触るんじゃないわよ」

「うん、分かってるよ」


 長くする必要はない。

 それが伝われば良かった、これできっといつもどおりに戻ってくれることだろう。

 あれだあれ、彼女がしおらしいと調子が狂うってやつだ。


「もう寝るわ、疲れたもの」

「そっか、僕はもう少しゆっくりしていこうかな」

「あなたの部屋でいいわよね?」

「ま……あね」


 部屋が余っているわけじゃないのだから仕方ないこと。

 ただ、お客さんを床で寝かせるのは少し申し訳ないが。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 出ていったのを確認してからソファへと寝転び毛布をかぶる。


「一緒の部屋で寝られるわけないでしょうが……」


 早く寝てしまおう。

 風邪なんか引かないよう気をつけて。




「たーけー!」

「……うるさ……え……」


 目を擦って何度瞬きををしてみてもそこにいるのは涼姉だった。

 スマホで確認してみると現在は午前7時。……え、どういう状況だろうか。


「ど、どうやって入ったの?」

「プランター裏の鍵をちょちょいとね」

「ちょ、犯罪だよ……」

「……というかさ、なに文にだけプレゼントしてるんだよー」

「いや、どうせ今日会うから今日渡そうと思ったんだよ涼姉には」


 ひとつ伸びをして確かめると、どうやらお母さんはまだ起きてきていないようだった。

 洗面所に行って顔を洗う。


「(なんだかな……)」


 備え付けられた鏡にはなんとも頼りなさそうな顔が映っていた。

 見つめたところで無益なので歯をしゃこしゃこ磨き口をゆすぐ。


「たけ、私にもちょうだい」

「夜にと思ったんだけどなあ」

「なして夜?」

「ちょっと雰囲気が出るでしょ?」

「……そんなに暇じゃねーぞー」

「なら渡しておこうかなーちょっとリビングで待ってて」


 にしても、がっかりしないだろうか。

「皆、同じじゃねえかよ!」なんて言われたらショックで寝込――そうでもないや。

 部屋から取ってきた物を彼女に手渡す。ついでに言えば()()もあげたかったが、もう触れるわけにもいかない。また「積極的ね」なんて言われたら、それこそ部屋にこもる結果になってしまう。


「ありがとよー。でもさ、どうして文がハムスターで私のは犬なの?」

「餌をあげた時に美味しそうに食べる犬の姿に似てるから」

「ばか」

「いや、僕は涼姉がご飯を食べてるところを見るの気に入ってるからさ」


 好きとかは気軽に言えなかったので、少し濁した言い方になってしまった。

 けれど嘘は言っていない。本当に残さず食べてくれるところが好きなのだ。

 ……僕の分を狙ってこなければもっといい。


「たけ、まだ足りない」

「え、もうないよ?」

「手を握れよー」

「ごめん、僕からはできないかな」


 昨日の自分の特殊な雰囲気に流されていたということだ。

 好きでもなければ気軽にするべきではない。手を繋ぐのも、頭を撫でるのも、抱きしめるのも。

 過去に矛盾した行為をしたのは自覚している。だからこそ現在から気をつけようと決めていた。


「じゃーいい、私から握ればいいんでしょ?」

「……本当はそれもするべきじゃないんだよ?」

「元気がほしいの! たけは黙ってればいーの!」


 ……今度元気がなくなったら自分の手を握ろう。

 彼女は顔を何故か顔を赤くして僕の手を握ってきた。

 その手は熱く、風邪を引いているのではないかと心配になる。

 目は潤んでいて、それでも真っ直ぐにこちらを見ていた。


「たけ……」


 あ、駄目だこれ、多分直視していたらやられる。

 詠の必殺上目遣いと同じくらいのパワーを秘めている口撃――攻撃。


「朝からいちゃついているんじゃないわよ」

「わっ!? す、涼っ……」


 彼女が困惑して手を離してくれたのでソファへと座る。

 美幸の今の雰囲気は詠によく似ていた。

 こちらが凍てつくような表情と声音、つくづく僕に向けられなくて良かったと思う。


「ちょっと仁君の家に行ってくるけれど、変なことしない方がいいわよ」

「へ、変なことなんてしないゾー?」

「どうだか。私が止めてなかったらきっとキスをしていたわよね」

「き、キスゥ!? しししし、しないっての! だ、大体、私には気になってる人がいるんだから!」


 ついに涼姉にもできたのかと安心した。

 となれば、さっきのようなことはやめた方がいい。

 次こそは絶対に断ろう。


「そうだ、今日中に文を連れてきてちょうだい、仲直りしたいの」

「おーけーそれは任せてー」

「ありがとう、行ってくるわね」

「気をつけてー」


 文ちゃんもきっと嬉しいはずだ。

 だって昔は本当に美幸とも仲良しだったから。

 男ふたりに女の子が3人。バランスが悪いということもなくずっと一緒に僕らはいた。

 中学生になって文ちゃんが冷たくなったのは、心が成長したからだろう。

 これまた惜しむべくは美幸は2中だったこと、強制入部によって会える時間が少なくなっていたこと。

 それでも必ず僕らは時間を見つけて皆で会っていたわけだし、悪くないグループだと思っている。


「……たけ、文を連れてくるね」

「うん、気をつけてね」

「うん、行ってくる」


 お母さんを起こそう。

 部屋に行くとベットですやすやとまだ寝ているようだったが起きてもらわないといけない。

 ここは心を鬼にして――


「お母さん!」


 声を大にして叫ぶ。


「ふぁびっ!? あ……あれ? ここ……私の部屋だよね? 昨日は椅子に座ってたはずだけど……」

「風邪引いちゃうからって運んだんだよ、おはよ」

「おはよ! って、もう8時前……」

「まあいいでしょたまにはね。あ、そうだ、文ちゃんにも涼姉にも気になる人ができたんだって!」


 分かっていないのは詠と美幸か。

 仁か他の子か、分かるのは真面目そうな人を好むだろうということだ。


「え、本当に!? そっか~ついにか~」

「誰なんだろうね~優しい人だったらいいけど」

「あはは! 案外、健だったりしてね」

「ないないっ、有りえないよ。リビング戻るね、ふたりが来るみたいだからさ」

「はーい、うーん……私はそうだと思うけどなぁ……」


 そんなわけがない。

 男して見ていないからああいうことも平気でできるわけだ。

 好きな人にはどうしても奥手になってしまう子が多くなる。

 中には例外の子もいるだろうが、少なくともあのふたりは該当することだろう。


「健」

「あ、美幸戻ってきてたんだ」


 部屋から出た瞬間にいられると驚くからやめてほしい。


「私、分かったわ」

「うん? あ、仁を好きだってこと?」

「あなたが昔と同じでお馬鹿さんだと分かったわ」

「えぇ……酷いな……」


 馬鹿とは言うけど期末テストの結果は全て70点以上だった。

 そりゃ平均90点を取る彼女に比べたら馬鹿だ。

 とはいえ、その平均的な感じが自分は好きだと言える。

 特出していないものの、どれも普通にできるのはいいこととは言えないだろうか。


「お馬鹿さん」


 ……罵倒してきている割には彼女の顔は真剣そのものだった。

主人公を複数好かせると意味なくなるし、回収することなく終わっちゃうからね。

サブヒロインがかませというか、メインのためにいるというかなんというか。

あと、全然出した要素に触れないまま終わるのがあれだね。


問題なのはここまできているのに、メインヒロインが決まってないことなんだよなぁ。

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