10.『綺麗』
読む自己。
期末テスト最終日、僕は終わった瞬間に息をついた。
用紙を全て鞄にしまって文ちゃんのところに行く。
「お疲れ」
「あ……お疲れ……」
「はははっ! あ、文ちゃん、今日あの喫茶店に行かない?」
「うん、いいよ!」
――喫茶店。
また僕はサンドイッチを注文して今日はひとりで食べることにする。
「うん、美味しい」
「たけくん、私にもちょうだい!」
「じゃあ今度はハムね」
「うん! ありがとっ」
彼女が食べているところを見るとやっぱり頭を撫でたくなるなぁ。
……というか案の定、僕の横に座るんだからよく分からない。
「文ちゃん、頭撫でていい?」
「ふぁめ」
「じゃあしない」
ココアを飲んで窓の外に視線を向ける。
あと1週間もすればクリスマスだ。
僕は大人しくお母さんとだけパーチィを繰り広げておけばいいだろう。
ピザとかチキンとかケーキとか、そういうのは内山家には相応しくない。
あくまで普通のご飯でいい。白米は最強だ。
「たけくん。クリスマスイブ、家に行くね」
「来なくていい」
「もし行かせてくれたら頭撫でさせてあげる」
「いらない」
自分のそれに自信を持てることは素晴らしいが。
「詠ちゃんを連れていくって言ったら?」
「いらない、仁と約束して今は距離を作ってるんだよ。中原さんが来るくらいなら、君が来てくれた方がマシだ。でもあれだよ? ピザとかはないからね」
「え、で、いいの?」
彼女はコップで口を隠しつつ聞いてきた。
……少しだけ可愛いと思ってしまった僕は末期と言える。
「しつこそうだし別にいいよ、涼姉も連れてきたら?」
「あ、お姉ちゃんはお友達と過ごすって」
「ついに涼姉にも彼氏か~」
「違うよ、女の子のお友達!」
「だろうな~……」
可愛くてもそういうの1回も聞かないんだよなぁ。
文ちゃんもそういう点では謎の女の子だ。
……仁は中原さんのことを好きだと言いきってしまった。
さて、彼女はどうするんだろうか。
「文ちゃんもさ、気になる男の子とかいないの?」
「うーん、気になる子だったらいるかなあ」
「へぇ、だったらその子に打診してみればいいじゃん」
「ぅん……」
彼女はそこで完全に顔を覆ってしまう。
「こら! 素直になりなよって言ったでしょ!」
「……いーのっ、家だと寂しいから付き合ってよ!」
「ちょっ!? こ、声が大きいよっ……」
「……とにかく、約束だから」
「うん……約束だ」
お会計を済まして店の外に出た。
だが、どうして僕の奢りなんだろうと頭を悩ませる。
彼女の方が多くお小遣いを貰っていて余裕があることは知っていたというのに、頼まれたら断ることができなくてそのままお支払い……。
「えへへっ、ありがとっ!」
「うん。そうだ、家に来る?」
「んー行かなーい」
……彼女を家まで送ってあの境目に戻ってきた時だった。
「よっ、女の子を弄ぶダメ少年」
涼姉が人の家の石壁に背を預けているのを発見したのは。
「涼姉……弄んでないよ! で、クリスマスに女の子と集まるって本当?」
「そうだぞー、来てほしかったかー?」
「ま、妹が来るならそのお姉ちゃんにも来てほしかったんだけどなあ」
彼女が最後に訪れたのも小学校くらいだ。
お母さんが喜ぶだろうからと考えての判断だが、まあ無理なら無理で仕方ない。
それにもう高3だし男の子のひとりでもきっちり見つけてほしいと思っていた。
「ん、文が行くんだ?」
「うん、無理やりね。しかも奢らされたからね!」
「あははっ! ……そうだなーどうしてもと言うなら、クリスマスに行ってやってもいいよ?」
不意に彼女の表情が真面目なものになる。
……高校3年生をこのまま過ごしたらなんか一生――
「上から目線だな~」
失礼な妄想をかき消すようにおどけてみせた。
「なんだよーお姉さんが行ってやるって言ってるんだぞー」
「おでこ突っつくのやめてよ!」
「たけ、久しぶりにご飯が食べたい。いや、食べさせろー」
「じゃあ家来なよ。とはいえ、ただの市販の麻婆豆腐だけどね」
「別にいーよ、行くぞ!」
家に到着。
手を洗ってフライパンに向き合う。
液体投入、お水投入、煮だったらお豆腐を投入、最後に片栗粉を投入しとろみをつけたら完成だ。
「はい、どうぞー」
「んーこれたけが作ったって言えるのかねー?」
「だから言ったでしょ、まあ食べてよ」
「いただきー!」
涼姉を食べているところを見ると安心する。
彼女ははっきしと言ってくれる人物なので、無駄に深く考える必要がないからだろう。
「ちょっとちょっとー! 女の子の顔をそんな眺めたらダメだぞー!」
「いや、安心するんだよ」
「安心?」
「それに嬉しそうに食べてくれるからね」
彼女は犬、中原さんは猫、文ちゃんはハムスターだ。
「ばっかっ、見てんじゃねー」
「口が悪いなぁ……ちょっと掃除してくるよ、ゆっくり食べてね」
「あっ……」
今日は廊下の床をピカピカに磨き上げる。
やましい理由は特にない、磨きあげればあげるほど心が綺麗になる気がするだけだ。
タタタと何回も行ったり来たり――
「あの……重いんですけどー」
つるっと滑ってうつ伏せになった際、上に座られてしまった。
「……ご飯食べてる時に掃除とか有りえねーし」
「ごめん」
「いや……あ、お、下りるよ」
「うん」
僕は体勢を直して動き始める。
なんか距離感が気恥ずかしかったのが大きい。
決してラキスケ展開にならないよう気をつけ、20往復はしておいた。
「ふぅ、掃除って楽しいよね」
「そうかな? うん、でもあれだなー、一生懸命やっているところを見るのはいいかもね」
「ならしてくれればいいのに」
「知らねー」
「姉妹で似てる。送るよ」
「……そうだね、そろそろ帰るかー」
何度も言うが外は暗く冷え切っている。
横に彼女がいてくれても多少マシになる程度で、大した変化を見せてはくれない。
僕と仁の家の近くにあるのが幸いと言えるだろう。
「たけ、好きな人ができたら教えろよー?」
「できるかな? そっちこそできたら教えろよー?」
「あはは、偉そうに」
「はは、そっちこそ」
僕がそう言うと彼女がこちらに向き直った。
それから手を差しだしてきて、
「……元気がほしいから手を握ってくれる?」
「うん? はい」
そう言ってきたので握っておく。
彼女のは自分より少し小さいくらいの手。
柔らかいし温かい、生きてるってよく分かる。
「元気でた?」
「まだ……片方の手で頭も撫でて」
「うん」
姉妹で揃ってサラサラとした暗いけれど綺麗な髪。
撫でるとこれまた同じように柑橘系の匂いが少し広がる。
「……ありがと」
「どういたしまして。でもさ、好きな人を見つけてその人にしてもらった方がいいよ」
「……そうだね。ま、じゃあね」
「うん、暖かくして寝てね」
彼女と別れて帰路に就いた。
着いたら部屋のベットに寝転んで――
「触り心地いいなぁ」
ついひとりで呟く。
元気ないようには見えなかったが、やはり僕には察する能力というのがないみたいだ。
少しずつでも気づけてあげられたらいいのだが……。
未来の僕に期待をしよう。
クリスマスイブ。
僕はお母さんと協力して生姜焼き、ポテトサラダ、わかめとお豆腐のお味噌汁を作った。
「んーチキンとか欲しいよー!」
「ワガママ言わないで、食べようよ」
「そうだよー文ちゃん! これが内山家の形なんだよ!」
「でも美味しそう! いただきます!」
「「いただきます!」」
やはりお母さんの腕には追いつけそうにない。
食べている彼女だって凄く嬉しそうで、それを見ているだけで笑顔が溢れる。
ゆっくり食べればいいのに沢山口に含んでもぐもぐもぐもぐ、正にハムスターがそこにいた。
僕も結局同じように食べてあっという間にお皿の上の物を胃へと流し込んだ。
「ごちそうさまでした。はぁ……幸せだなぁ」
「ごちそうさまー。うん、分かるぅ……」
そうだ、お風呂に行く前に僕にはすることがあるのを忘れていた。
部屋から持ってきてソファでゆったりとしている彼女に手渡す。
「どうぞ」
「え……わ、私、用意してないけど……」
「いいんだよ、自己満足だから。どうぞどうぞ」
「あ、開けていい?」
「うん」
彼女は丁寧に封を開けていく。
箱の中身に気づくと笑みを浮かべて「ありがと!」と言ってくれた。
「君に似てるからハムスターがプリントされてるマグカップね」
ちなみに涼姉にも、……中原さんにも買ってある。
彼女を送ったついでに涼姉には渡させてもらって、中原さんには仁経由でプレゼントさせてもらおう。
「……もう帰る、送って?」
「了解。お母さん行ってくるねー」
「はーい、気をつけてねー」
で、外に出ると不意に彼女が手を握ってきて少しドキリとした。
「お、お礼っ」
「ありがとう、優しいね文ちゃんは」
「……どうせ私だけにじゃないんでしょ?」
「そうだね、涼姉と中原さん、あと一応美幸にも買ってあるかな」
なんであんなワガママな子にも買ったのだろうか。
それにいつ渡せるかどうかすらも分からないというのに、僕はマゾってやつなのかもしれない。
「美幸ちゃんか……」
「仲直りしてよ」
「うん……相手にその気があれば」
「大丈夫、次に美幸が来たら協力するからさ」
僕の手を両手で掴んで彼女は己の頭の上に乗っける。
「……撫でていーよ?」
「文ちゃんがいいなら」
お姉ちゃんとの差異は少ないが、撫でると両サイドの房が小さく揺れる。
電灯に照らされて暗い色のはずなのにキラキラ輝いて見えるそんな綺麗な髪。
「綺麗だね」
「毎日ちゃんと手入れしてるもん」
「うん、大変なんだろうね」
もう手を離して彼女を家に入れさせた。
「あれ、渡さなくていいの?」
「うん、どうせまた会えるから」
「そっか、おやすみ!」
「おやすみ」
次は川上家。
「仁、これ中原さんに渡し……て、なんだいたんだ」
彼は自分の横に立った女の子を見て「まあな」と言って笑った。
「内山さん……」
「これ、プレゼント」
ただの友達としてはこれくらいがいいだろう。
本命の邪魔をしてはいけないわけだし、というか僕もどうして買ったのか分からないが。
「あ、ありがとうございます」
「おい健っ、俺には?」
「僕の笑顔かな~?」
「いらねえよ! 寒いから閉じるぞ!」
「うん、おやすみー」
僕が真横に自宅に入ろうとした時だった。
「内山さん、待ってください!」
何故だか彼女が外に出てきたのは。
「どうしたの?」
「あ、あの……ありがとうございました」
「ははっ、さっきも聞いたよ? それで泊まっていくの?」
「いえ……そろそろ帰ろうかと思っていたのですよ。それですみませんが、送っていただけませんか?」
え、そこで仁が聞いているというのにこの子は。
「仁が――」
「別に詠が望むなら仕方ないだろ? それにここは寒いしな」
「お願いします」
「……じゃあちょっと待ってて」
全く、僕も彼も大概だ。
明日会うというのに持っていってしまった涼姉用プレゼントを自室へと置いて、外に出る。
「お待たせしました」
「僕も出てきたところだから。行こうか」
「はい」
見方を変えてみれば僕が主人公みたいな1日だ。
流石に彼女は求めてこないだろうから安心できる。
やはり『クリスマス』というのは少し浮ついたテンションになってしまうようで、彼女達もきっと思い出したら悶絶することだろう。
役得と言えば役得だが、結構精神的にくるのは言うまでもない。
「仁が誘ったんでしょ? よく受け入れたね」
「何度も言われたので。でも、分かりましたよ私」
「おっ! ついに分かったかぁ」
ということは文ちゃんの可能性は潰えてしまったわけだ。
ま、見劣りはするものの片方の幼馴染として、彼女をフォローしていければいいと思っている。
「はい、分かりました」
「応援するからねっ」
「あなたといると楽しいということが分かりました」
「え……」
足を止めると彼女も同じように止めて振り返った。
電灯に照らされておらずとも、その髪がキラキラしていることだけはよく分かる。
「距離を作られるのは嫌です、やめてください」
「え、き、聞いたの?」
「いえ、それとなく雰囲気で分かるものですよ。それより今日は誰と過ごしましたか?」
「あ、文ちゃんとだけかな」
「なるほど、分かりました。すぅ……はぁ……た、たけくん!」
「なっ!?」
ど、どうしたんだ彼女は急に。
でも柔らかい感じにドキッとして大きな声が出てしまった。
「この後、家に来な――来ませんか?」
「あ、もう無理だったんだ?」
「……恥ずかしいです」
「はははっ、無理しないようにね。少しくらいなら寄っていけるよ? 泊まるのは無理だけど」
「はい、少しでいいのですよ。行きましょうか」
なにやってるんだよ僕は……。
「ソファに座ってくださいね」
距離を作るとか言ってすぐに破って、今こうして彼女の家にいるなんて。
「横、失礼します」
「ま、君の家のソファだからね」
相変わらずカチカチという針時計の音だけが響く寂しい空間だと分かった。
でも――
なんか今作で少し甘い感じ初めて書いたかも。
俺の作品にしては珍しい。
会話文ばかりですまぬ。