視察8
ソフィーは、反射的に胃から嫌なものが込み上げくるのを感じた。
「ソフィー嬢。ここはあまり衛生的な場所じゃない。外に出ていてもいいぞ」
青白い顔で口を覆い、不安そうに教会内を見渡すソフィーを気遣ってか、クロームは外で待つことを勧めた。
「……いえ、殿下。私は大丈夫です」
喉元まで込み上げたものを気合いで飲み込んだ。
クロームは見慣れているのか、平然とした様子で指示を出している。
(殿下は慣れていらっしゃるのね)
ここでソフィーに命じられた義務はない。
だが、目の前の状況を前に何もしないことは、背徳感に似たものがあった。
青い顔をしながらも、近くにいたシスターに何か手伝えることはあるか聞くと、戸惑いながらも、軽傷者の包帯を巻くのを手伝ってほしいと言う。
シスターに教わりながら、不馴れな手つきで包帯を巻いていく。
「ありがとう、お嬢さん」
やつれて頬が痩けたおじいさんに御礼を言われたが、ソフィーは胸がつまり、頷くことしかできなかった。
ランデルに声をかけられてようやく、日が暮れたことに気づく。
(もうこんな時間?まだ手当ても終わらない患者がたくさんいるのに)
「殿下、もう少しだけ」
「……もうそろそろ発たないと。宿に着く前に日が暮れてしまう。この辺りは街頭もないから、遅くまではいられない」
(ここで駄々をこねるのは、ただの自己満足ね)
色々と教えてくれたシスターに礼をいい、日が暮れて、より一層影が濃くなった教会を後にした。
____
「食欲がないのか?」
「いえ……少し疲れただけです」
今日から数日は、町から少し離れたところにある宿に泊まることになっていた。
今回は事前にランデルに「絶対にクロームとは別々の部屋を」と伝えて、別々に用意してもらった。
なぜかランデルが不服そうだったが。
宿につくとすでに辺りは暗くなっており、食事も用意されていた。
宿の亭主が、騎士たちの精が付くようにと、肉料理のオンパレードだ。
教会でのショックと、旅の疲れと、異様に肉肉しい料理。
(全く食欲がわかないわ)
なかなか食事が進まないソフィーを見て、クロームが声をかけた。
「無理もないでしょう。王城やソフィー嬢のいらっしゃるカンデス領とは全く違う環境ですから」
ランデルは昨日ほど酔ってはいないようだ。
ケロッとした表情で、ジョッキを空けている。
「まあそうだな。俺も初めて目にしたときはそうだった」
(今日の殿下はよく喋るわ)
「……なんだか、殿下は変わりましたね」
「俺が?」
「はい。前は、なんというか、こう」
言葉にしようとして、ここまで正直に言っていいものか迷った。
「いい。言ってみろ」
「つまり……血も涙もない方だと、思っていました」
視界の端で、ランデルが酒をふき出したのが見えた。
「……そうか」
クロームは自分から促したものの、苦い顔をしている。
「で、でも!今日の殿下を見て、私が勘違いしていたのかもと」
「いや、君の言うことは正しい。以前の俺は、他人を思う気持ちなど持ち合わせていなかったからな」
「でも今は違う、ということですか?」
「そうだな……わからない。君の言うように、俺は基本的には冷たい人間かもしれない。未だ自分以外の人間は信じられないし、人に優しくありたいなどと思う気持ちもない」
「そうなんですね……なんだか少し、安心しましたわ」
「え?!ソフィーさん話聞いてました?」
懸命に存在感を消そうとしていたランデルが、ついに乱入してきた。
「はい、聞いてましたけど?いや、そもそも殿下が人にやさしい方が私には違和感というか……え?これ不敬罪ですか?」
「なんかソフィーさんて……意外とズケズケ言うんすね……」
ソフィーの言葉を聞いて、クロームがくっと笑った。
「いや……君には正直に言われる方がいい。変におだてられる方が気味が悪いからな」
そう言うクロームは、なぜか少しだけ楽しそうに見えた。
「……やっぱり以前の殿下とは違う気がします」
(あ、また、ムズムズする)
クロームの前では、やはり緊張もするし警戒を解くつもりもない。
昔のように、彼によく思われたいという気持ちもないし、彼の前で自分を偽る必要もない。
ただ、今日初めて見るクロームの一面に、少しだけ戸惑った。
☆更新遅くなりました…汗
バタバタしていたらこんなに期間が空いてしまい…(言い訳)




